Cyclone class coastal patrol craft PC-11 Whirlwind
サイクロン級哨戒艇ホワールウィンドが停泊する桟橋に来ると、3000t近いクイーン・オブ・ザ・ウエストとの大きさの違いを改めて実感することができた。全長52メートル、満載排水量360tの小さな船体には20名ほどの乗組員と7人の海兵隊員が並んでいる。
代表して海兵隊の指揮官が桟橋に下りてヒューイットを出迎えた。クアンチコ(海兵隊基礎学校)を出てきたばかりといった感じの少尉で、名をランディ・シンプソンと言った。
「ヒューイット伍長。復帰おめでとう。君のような歴戦の勇士を迎えられて実に嬉しいよ」
そういうシンプソンの方は頼りなさげであった。
「艦内を案内しよう」
シンプソン少尉に続いて一等軍曹が下りてきた。
「先任下士官のルイス・オベロン一等軍曹だ。伍長、荷物を持ってついてこい」
オベロンの後ろ姿はいかにも歴戦の兵という風情である。この小部隊を実質的に仕切っているのは彼なのであろう。
サイクロン級の武装は主に機関銃ないし機関砲である。艇に乗り込んだヒューイットが真っ先に目にしたのは小さな艦橋ウイングに設置された|12.7ミリ重機関銃M2《マドュース》の銃座であった。M2は起源を第一次世界大戦まで遡る古強者である。旧式であるが威力、信頼性は抜群で、現在でも各国軍で使われている。
最大の火器は船首と後部構造物上に搭載されている25ミリ機関砲Mk38mod1である。これは陸軍がブラッドレー歩兵戦闘車用に開発したブッシュマスター機関砲を海軍向けに改修したもので、近代海軍相手に有効な兵器とは言いがたいが小艦艇に対しては威力を発揮する。17年前にイージス艦コールが遭遇したテロ以降は自爆ボート対策にアメリカ海軍の多くの艦艇に搭載され、アメリカ海軍艦艇の標準装備と化している。
オベロンはヒューイットを船尾に案内した。そこにも銃座があり左右に1丁ずつ40ミリ自動擲弾銃Mk19が設置されている。Mk19はベトナム戦争時代に開発された重火器で、簡単に言えば小型の爆弾を発射する兵器だ。弾が爆発すれば半径5メートル以内の人間は死傷するし、装甲車程度の装甲なら貫通する能力を秘めている強力な火器である。
そして、25ミリ機関砲が装備されている後部構造物の後ろに、Mk19銃座に挟まれるように小さなボートが置かれている。それがヒューイットたち海兵隊乗り組み員の仕事道具である。
「これが俺達の使うRHIBだ」
RHIBは日本語では高速機動艇とも称される全長7メートル程度の大型ゴムボートである。45ノットの高速で移動でき、船首の銃架に武装を載せることができる。実際、今でも7.62ミリM240機関銃が搭載されている。この種のボートは臨検などに重用され、各国海軍の艦艇に従来の内火艇に代わって載せられている。
つまりヒューイットら海兵隊の任務とは、怪しい船を発見したらこのRHIBを使って乗り込んで、異常がないかを調べる事なのである。当然、危険な任務だ。
オベロンは今度はヒューイットを船首に案内した。二段の小さな艦橋だ。ヒューイットは艦橋に上がる階段を上りながら、艦橋の屋根の上に女が1人立っているのに気づいた。女はこっちに気づいたのか、振り向いて顔をこちらに向けた。そしてヒューイットと目があった。ヒューイットはすぐに目を逸らすと、艦橋の中に入っていった。特に気にも留めなかった。今時、海軍には女が珍しくない。艇長からして女だ。他に女性の乗員がいてもおかしくは無い。
艦橋にはヒナタ艇長が待ち構えていた。
「どうだ?ホワールウィンドは?」
艇長はにんまりと笑った。
「なかなか良い船だろ?」
ヒューイットも笑顔で応じた。
「えぇ。乗員の訓練も行き届いているようですし。良い船です」
するとオベロンがヒューイットの方を叩いた。
「今度はお前が訓練の行き届いているかどうかを確かめる」
ヒューイットは他の海兵隊とともに船を下りた。また艦橋の屋根の上を見たが、女は居なくなっていた。
海兵隊たちはベトナム海軍陸戦隊基地に戻り、射撃場に向かった。そして、それぞれの武装を手に持った。
ヒューイットの得物は日韓戦争時と代わらないナイツSR-25である。セミオートマチック式の狙撃銃であり、外見的にはM16小銃の7.62ミリバージョンといった感じで実際に多くの部品をM16と共用できる。ボルトアクション式狙撃銃のような高い精度は無いが、連続した射撃が可能で市街地戦では威力を発揮する。
乗り組み隊の面々のうちヒューイットと同じ狙撃手のハトラー上等兵は同じSR-25を装備している。その他のメンバーはシンプソン少尉を含めて主にM4カービン銃を持っている。M16小銃の銃身を切り詰めて全長を短くした銃であり、小型なので屋内やジャングル、さらに狭い船内での戦闘には最適である。
ただオベロン一等軍曹だけはショットガンであるモスバーグM590を持っている。
「マスターキーですか」
ヒューイットが尋ねると、オベロンは無言で頷いた。相手の船の乗員が船内に立て篭もった時にオベロンがモスバーグで錠前を吹き飛ばすのである。
「よし。腕前を見せてくれ」
シンプソン少尉が遠くの的を指した。
「サー、イエッサー」
ヒューイットは肩膝を地面につけて銃を構えた。そして引き金を引く。5回。全ての銃弾が的の中央を貫いた。しかし回りの海兵たちは特に褒めもしなかった。実戦では揺れる船上で動き回る敵を狙うのだ。この程度できて当然ということだろう。
その後、いくつかの射撃テストを終えた。
「よろしい。では明日、ホワールウィンドとともに出撃するから、今日はゆっくり休むといい」
シンプソン少尉が乗り組み隊を解散させた。
ヒューイットは宿舎に入り荷物を整理した。そうしている間に日が沈み夜になっていた。宿舎の食堂で夕食を摂ると、なにもやることがなく街に繰り出したが、異国の街、それも海上の通商がだいぶ減ったために寂れた街では楽しむ事もできず、港に戻ってしまっていた。ヒューイットは港に停泊する各国の艦艇の群れを眺めるしかやることがないのだ。
昼に比べると船の数が増えている。任務から戻った艦艇だろう。ベトナム海軍旗を掲げたロシア製のタランタル級ミサイルコルベットが見える。おそらく自分達が明日やるような任務を遂行して戻ってきたのであろう、とヒューイットは考えた。それにステルス艦艇が増えている。シンガポール海軍の旗を掲げているところを見ると、フランスのラファイエット級フリゲートのシンガポールバージョンであるフォーミダブル級のどれかであろう。
港を一通り眺めたのでヒューイットは宿舎に戻る事にした。
「あんた。ちょっといいかい?」
不意に後ろから声をかけられた。振り向くとホワールウィンドの艦橋の上に立っていたあの女が居た。
「俺のことかい?」
「あぁ。あんたのことさ」
女はニヤリと笑った。
「あたいが見えてんだろ?」
ヒューイットは女が言っていることの意味が分からなかった。
「なにを言っているんだ?そこに居るんだから見えるのは当然だろ?」
すると女は怪訝な表情をした。
「だがよぉ…」
なにか言いかけた女を誰かの手が制した。
「ダメよ。そういう風に言ったって、彼は私たちが何者か、気づきはしないわ」
制したのも女だった。ヒューイットはその存在に驚いた。彼は歴戦の海兵隊偵察隊員だ。それがすぐ近くの人間の気配に気づかないとは、何たる不覚であろうか。
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
そんなヒューイットに構わずに2人の女は言い合っている。
「それじゃあ、こうしましょう」
制した方の女がヒューイットの方をむいた。
「私の名前はレユニオン、彼女の名前はホワールウィンド。この意味、分かるかしら?」
ヒューイットはその意味を考えた。すぐに港に泊まっている二隻の船の姿を思い浮かべた。
「冗談は止してくれ」
ヒューイットの言葉にレユニオンと名乗った女は眉1つ動かさず無表情に答えた。
「神様は私にユーモアのセンスを授けてはくださらなかったの」
というわけでクリスマスイブ記念というわけではありませんが、第二話です。当方、ノ-ラッド・サンタ・トラックスでサンタを追跡中w