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CYCLONE/JOKER  作者: 独楽犬
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Return to Base

 ホワールウィンドがハイフォン港に戻る頃には、すっかり日も暮れていた。手持ち無沙汰の海兵隊員たちは艦首に集まり、夜風にあたりながら港の風景を眺め、そしてあの戦闘によって心に生じた傷を慰めようとしていた。

 ヒューイットはそこから離れてホワールウィンドの艦舷を歩いていた。特に目的が合ったわけではない。ただじっとしていることに飽きただけであった。そして前に2人で密談をしたあの死角で再び彼女の姿を見つけた。そこで前に見たホワールウィンドが傷を負っていたことを思い出した。

「大丈夫か?」

 何気なく彼女に声をかけた。

「大丈夫じゃないさ。最悪だよ」

 ホワールウィンドは腕には幾つもの傷ができていた。だがヒューイットが見る限りは、どれも浅い傷でそれほど酷いようには見えなかった。

「ただの擦り傷だ。深くはない」

 そう言いながら目線を傷口から離したヒューイットはホワールウィンドがやけに深刻そうな顔をしているのに気づいた。彼女はうずくまって身体を震わせていた。

「どうした」

「だから大丈夫じゃないって言っただろ!」

 ホワールウィンドは凄まじい形相で睨み返してきた。驚いたヒューイットはそれ以上追究するのは止めてその場を離れた。ただホワールウィンドの奇妙な言動だけが頭から離れなかった。



 しばらくしてホワールウィンドはハイフォンの桟橋に辿り着いた。係留作業をしているとアフマド中佐がやってきた。オベロンが出迎えて敬礼すると、アフマドは答礼のかわりに握手を求めてきた。

「ご苦労だった」

 指揮官の登場に海兵隊員たちは目を丸くした。アフマドは彼らが集まるのを待って話を続けた。

「大変な目にあった後に気の毒だが、早速君たちには基地の警備にまわってもらいたい。こちらでもトラブルがあってね。今、待機部隊を出動させたところなんだ。ここの防備も固めたいのだが、なにぶん人手が足りない。やってくれるか?」

 口調は“要請”の形をとっていたが、それは明らかな“命令”であった。オベロンたちが断れるわけがない。

 生き残りの海兵隊員はホワールウィンドを降りた。臨検隊主力は1個分隊として海兵隊の基地警備部隊と合流した。狙撃手であるヒューイットは臨検隊からは離れて基地の屋上に上がり、単独で警戒任務にあたった。

 屋上に腹這いになって基地に面する通りを監視していると、背後に人の気配を感じた。振り向くと、そこにはレユニオンが立っていた。

「驚かすなよ」

「ごめんなさい」

 レユニオンは相変わらず感情のこもっていない抑揚のない声で言った。

「で、なんの用だ」

「貴方に1つ言いたいことがあって。それだけ」

「そうか」

 ヒューイットはまた伏せて視線を通りに向けた。

「1つ聞いてもいいか?」

「どうぞ」

 ヒューイットは昼の戦闘について話をして、それからホワールウィンドの異常な行動について説明した。

「まるでこの世の終わりみたいな顔をしてた。一体、なにがあったんだ?」

「なるほど。そういうことね」

 レユニオンは事態の全容を理解したようだ。

「それはその傷が致命傷になりかねないから。この世の終わりと感じても当然でしょ」

 思わぬ言葉にヒューイットは驚き、慌ててレユニオンの方へ振り向いた。

「擦り傷だぞ?ただの」

「そう感じるのは貴方が人間だから」

 レユニオンはヒューイットが伏せる横に腰を下ろして、ヒューイットがさっきまで監視をしていた通りを見下ろす。

「唾でもつけとけば治るとでも思った?でも私達は残念ながら船なの。傷を自分で癒せる船なんてありはしない。人間達が修理してくれることを祈るしかない。それにあの子は今年で22。あのクラスの船ならそろそろ寿命なの」

 通りを見下ろしていた目をレユニオンは、横に座る自身を見つめていたヒューイットの顔に向けた。

「為政者が船を1隻治すより、その分の支出を削減した方が有権者には受ける。そう思っただけで、ホワールウィンドには死刑宣告が下されるの。だから神経質になっているのよ。納得してくれた?」

 ヒューイットは無言で頷くしかなかった。

「それじゃあ、こっちの要件を伝えるわね」

 その瞬間、いつも無表情であったレユニオンの表情が強張った。

「貴方はもうこの仕事から離れた方がいい。私達のことを知ってしまった今、貴方にとって軍人として生きるのは苦痛でしかないでしょう」

 それからレユニオンは顔を綻ばせた。

「今まで貴方を批難ばっかしていたけど、今度は私の方から謝らないといけない。自分本位だったのは私達も同じ。貴方を理解してなかったのは私達も同じ。私達は貴方に私達が見えるのが分かった時、理解者が現れたと手前勝手に盛り上がっていたけれど、でも貴方にとって私達を知ることはそれまで只の任務でしかなかった行為が虐殺行為になることを理解していなかった。だから…」

 そこまで言いかけてレユニオンは言葉を中断せざるをえなかった。突然、港が騒がしくなり警報サイレンが鳴り出した。

「何事だ」

 ヒューイットは立ち上がって港の方へと目を向けた。警備中の哨戒艇から海上に機関銃が掃射されている。そして銃火の先には港内目指して全速で突き進む小さなボートがあった。



「畜生!自爆ボートだ!」

 港内警備用にアメリカ海軍が持ちこんだドントレス級哨戒艇の12.7ミリ機関銃銃座で水兵が叫んだ。

「威嚇射撃じゃ埒があかない。射撃許可はまだか?」

「兵装使用自由!兵装使用自由!」

 銃手はそれを聞いて手に力を込めた。これからは威嚇ではなく直接相手に当てることができる。12.7ミリ機関銃M2の銃口を不審船に向けた。だがそこから銃弾が飛び出すことは無かった。

「だめだ!射線上にメルボルンが!」

 銃手が戸惑った一瞬が命とりになった。自爆ボートはメルボルンに突っ込み、次の瞬間には搭載されていた大量の爆薬に点火された。その瞬間、港内は昼間のように明るくなり真っ黒なキノコ雲が空に向かって伸びていった。




 夜が明けて、ようやく騒乱が収まった。中国叛乱軍は国境線の向こうに消えた。

 あの村もベトナム軍が掌握していて、部隊の指揮官である将軍がトラヴィス大尉から状況説明を受けていた。将軍は寝ているところを叩き起こされたのが癪に触ったらしく、終始不機嫌そうな顔をしていた。

 説明を終えて将軍から解放されたトラヴィスは部下達のもとへと向かった。彼の部下はひとつにかたまって休息をとっていた。マルキーニはその中心にいて、あの少女が彼に寄り添って眠っていた。目の周りに涙の跡を残してすやすや眠っている少女を胸に抱くマルキーニも、周りの海兵隊員たちもどこか誇らしげで精気の溢れた顔をしていた。

 次回、最終回です

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