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CYCLONE/JOKER  作者: 独楽犬
12/14

Rules of Engagement

中越国境地帯

 夜が訪れ中国とベトナムの国境地帯は闇に包まれていた。その闇に紛れ、ジャングルの中を進む者がいた。国連軍の国境監視部隊である。

 レオン・マルキーニ軍曹は街道を見下ろす小さな丘の上に前哨陣地を設けてトリガーや観測手とともに監視任務に就いていた。街道のさらに向こうには地元民の集落が見え、民家から灯りが漏れていた。その光景をボンヤリ眺めていると、マルキーニの肩を叩く者がいた。

「軍曹。本部から車輌縦隊が接近していると警告が」

 無線手の報告を聞くと、マルキーニは愛用のM14DMRを構えた。暗視照準機を覗くと、確かに街道をこちらに向かってくる中国叛乱軍のトラック縦隊の姿を認めた。上層部はそれをグローバルホークなどの無人偵察機でも使って認めたのであろう。

「確認した。武器を準備しろ。ただし使用は交戦規定の範囲内でだ」

 つまり相手が彼らを攻撃するまで一切攻撃してはならないということだ。“敵”を目の前にしてマルキーニは歯がゆい思いをしていた。

 だがトラック縦隊は彼らの前には来なかった。前哨の前にある分岐で針路を変えたのである。その先にあるのはあの集落だけだ。

「略奪をするつもりだ。本部に報告しろ。いくぞ!」

 マルキーニは部下達と共に前哨陣地を飛び出た。




ハイフォン

 海兵隊司令部にも中国叛乱軍出現の一報は届いていた。だが、どんなに無辜のベトナム人民に被害が出ても彼らにとっては書類上の数字に過ぎないという気楽さか、それともベトナム軍との折衝を重ねた上での諦観か、司令部要員たちは慌てる様子も無く淡々と処理を進めていた。

「トラヴィス大尉の中隊主力が現場に向かっています。それとベトナム軍への通報も完了しました」

 これまで何度も繰り返された空しい対応を終えたという報告を聞き、アフマドはとりあえずやるべきことはやったと一息ついた。後は協定によればベトナム軍の仕事である。彼らがそれを実施したことは稀であるが、もはや海兵隊に為すべきことは無い。

「念のために待機中の部隊に出撃準備をさせろ」

 アフマドはそう命じたが、待機部隊に出番があるとは到底思えなかった。すくなくともこの時点では。




国境地帯の村

 集落では略奪が始まっていた。家々に叛乱軍の兵士達は侵入すると住人を追い出して金目の物を漁った。集落の人々の財産など慎ましいものであったが、彼らは容赦なく奪い取った。そして強欲な兵士達はそれで満足はしなかったのだ。



 マルキーニは草むらの中から照準スコープ越しにその様を見ていた。銃に追い立てられて、父娘だろうか、中年の男と10代半ばくらいの少女が彼らの前に出てきた。すぐに叛乱軍兵士に取り囲まれ、娘が羽交い絞めにされて父親から引き剥がされた。父親は娘と取り戻そうと兵士に食って掛かったが、叛乱兵のカラシニコフの銃床に殴られて倒れた。

 そこへ叛乱兵の指揮官らしき男が現れた。男は父親を跪かせると、後ろに回った。手には拳銃が握られている。

「おいおい。やめろよな。ただの脅しだよな」

 マルキーニはそうではない空気を感じ取っていたが、頭は必死にそれを否定していた。だが指揮官らしき男は父親の後頭部に銃口を向けた。



<畜生、あいつらやりやがった!>

 トラヴィスは無線機越しにマルキーニの怒鳴り声を聞いた。ようやく集落を包囲するように展開したトラヴィスの部隊主力であるが、そこから見える光景は悲惨なもので将兵はみな唖然としていた。そしてマルキーニはそれ以上のものを見ているようだ。

「なにがあったんだ!具体的に報告しろ。敵が住民を撃ったのか?」

<撃ったなんてもんじゃありませんよ!あれは処刑です>

「落ち着け。撃たれるまで反撃をするな!」

<しかし!あいつら、今度は娘に手をかけようとしています!地面に押し付けて、衣服を…撃たせてください!>

「ダメだ!それは許可できない」




ハイフォン 海兵隊司令部

 マルキーニの報告は海兵隊司令部にも届けられた。

<射撃許可を下さい。威嚇でもいいですから!>

「攻撃を受けたのか?」

<いいえ。しかし、このままでは…>

 トラヴィスの必死の懇願にアフマドは非情な言葉を返さざるをえなかった。

「攻撃を受けていないのであれば、それはベトナム軍の管轄だ!手を出すな!」

「しかし、司令!」

 思わず司令部に詰める副官が割り込んだ。

「我々はいったい何のためにここに来たんですか!彼らを救うためじゃなかったんですか?」

 アフマドは副官の言葉に首を横に振った。

「我々は合衆国の軍隊だ。合衆国が決めた範囲の外で行動するわけにはいかない」




国境地帯の村

 叛乱軍の兵士は娘を無理やり地面に捻じ伏せられた。兵士達が手足を掴んで押さえつけ、ナイフを突きつけたり、銃口を頭に押し付けたりして脅かしている。

「サディストどもめ!」

 叛乱兵の背中が邪魔で娘の様子はよく見えないが、泣き叫ぶ姿と声をマルキーニは容易に想像できた。そして指揮官が頃合と見たのか、自分のズボンのベルトに手をかけた。

「畜生、俺はもう限界だ」

 マルキーニは思わず漏らした。

「待てよ。いいか、落ち着け。後はベトナム軍がやることだ」

 不穏な気配を察して機関銃手のトリガーが肩を叩いて宥める。

「すまん。もう無理だ」

 マルキーニはその一言を残して、隠れている草むらを飛び出して、叛乱軍兵士たちの前に踊り出た。

<どういうことだ!勝手な行動をするな!>

 無線機からトラヴィスの怒鳴り声が聞こえてきた。

「すみません。うちの指揮官は足を滑らしたみたいで」

 呆れ顔のトリガーが無線機に釈明をしているのを背後にしてマルキーニは叛乱兵たちと向き合った。交戦規定によれば彼らがマルキーニに発砲すれば自衛権の行使が認められる。だが、何人かの叛乱兵がマルキーニに銃口を向けただけで、引き金を引く者はいなかった。指揮官の男にいたってはマルキーニに不気味な笑顔を見せて、地面に押さえつけて娘を指し示した。まるで“見ていろ”と言わんばかりに。

 マルキーニは銃口を叛乱軍部隊の指揮官に向けつつ、無線の発進ボタンを押した。

「大尉。俺、もう限界だ」

<マルキーニ!分をわきまえろ!お前は俺の部下だ。だから俺の命令に従え!>

 イヤホンからトラヴィスの怒鳴り声が聞こえてきたが、マルキーニは無視して引き金にかかる指に力をこめた。だが、まだ迷いがあった。ここで指揮官の命令に反した行動をするのは海兵隊員にあるまじきことであるのは間違いない。一線を越えた行動である。それを踏み越えることにマルキーニはまだ躊躇していた。指を引き金にかけたまま最後の一息に踏み込めないのだ。その時、トラヴィスの声がまた聞こえた。

<命令だ。撃て!>

 それからのマルキーニの行動はほとんど無意識的に行なわれた。まず敵の指揮官に一発。娘の前に立ちズボンを下ろそうとしている醜い姿の男の頭に向けて。マルキーニのM14DMRから放たれた7.62ミリNATO弾は額に命中し、そのまま頭部を貫通して後頭部を石榴のように吹き飛ばした。

 マルキーニは敵の指揮官が倒れるのを待たずに次の目標に向けて銃弾を叩き込んだ。指揮官の隣に立っていた男だ。彼は咄嗟に銃を構えようとしたが、間に合わず胸に銃弾を受けて倒れこんだ。

 倒れた指揮官の部下たちが仇を討とうとマルキーニにカラシニコフの銃口を向けたが、引き金を引く前に草むらからの連射でなぎ倒された。

「畜生、うちの指揮官どもはどいつもこいつも」

 向かってくる敵兵にミニミ機関銃を乱射しながらトリガーはぼやいた。



 トラヴィスの命令を合図に集落を包囲する海兵隊員たちが一斉に射撃を始めた。予期せぬ攻撃に叛乱軍は混乱した。



 マルキーニは次の目標を娘を押さえつけている兵士に定めた。兵士の1人が銃をマルキーニに向けようとしたが、どこからともなく飛んできた銃弾に頭を砕かれ倒れた。

 その隣の兵士も銃をマルキーニに向けようとしたが、マルキーニの方がずっと早かった。眉間を撃ちぬかれた兵士が倒れるのを見て、他の兵士は逃げ出した。しかし彼らも再びどこからともなく飛んできた銃弾によって倒された。

 銃弾が飛んできた方に振り向くと、観測手が草むらの中から飛び出してマルキーニのもとへ駆けつけた。後ろにミニミを抱えたトリガーが続く。

「無茶しすぎだ」

 観測手が苦笑いしながら言った。

「すまんな。トリガー、後ろを守れ」

 マルキーニは観測手とともに意識を失っている娘を抱きかかえて、彼女の家の壁際に寝かせた。そしてマルキーニと観測手は次の目標を探した。壁の陰から顔を出すと、逃げ惑う村人の中に叛乱軍部隊を立て直そうとする将校を見つけた。

「あれだ」

 観測手の指示でマルキーニが照準をして、再び引き金を引いた。敵の将校が頭から血を噴出して倒れた。




ハイフォン海兵隊司令部

 司令部では詰めている将校たちが予期せぬ事態に慌てていた。

「どうしましょう?」

 慌てふためいている将兵達の中でアフマドは1人、諦観しているのか落ち着いていた。

「必要な支援を与えろ。待機部隊も出動だ」

「しかし」

「今さら撤退などできんよ。やれることをやるだけだ」

 そのとき、連絡員の1人がアフマドのもとへやってきた。

「報告します。まもなくホワールウィンドが帰港します」

 それを聞いたアフマドは悠然と立ち上がった。

「そうか。出迎えないとな」



 その頃、ハイフォンの港に近づく1隻のボートがあった。それは今朝、漁村の桟橋に繋がれていたあのボートである。

「全ては神の御心とともに」

 ボートはまっすぐ軍艦が停泊する一帯を目指していた。

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