Hai Phong tour
というわけでNice Boat.に続く独楽犬艦魂小説です。連載小説をやたらと増やしてどうする!と言われそうですが、まぁ書いてしまったものは仕方ない、ということで。そう長々と続けるつもりはありませんし。
前回は“酷い”小説を書いてしまったので、今回は毒少なめで。しかし基本的なコンセプトは変わりません。つまり既存の艦魂小説に対する疑問の小説化です。前回は実際に戦う人間の存在がテーマとなりましたが、今回はそれに加えて艦魂側にもスポットを当てたいと思います。つまり既存の艦魂小説にありがちな、軍人として階級を持ち、国防意識に燃える艦魂。これに対する違和感であります。
こんなテーマの小説なので既存の艦魂小説の愛好家、作者の皆さんには不愉快な思いをさせることがあるかもしれません。お読みになるのであれば、その点はご覚悟を。
なお世界観は日韓大戦と同一で、日韓大戦に登場した、ないし登場予定の人物も登場します。まぁ日韓大戦に艦魂が出ることはありませんが。
というわけで艦魂史上、最も貧弱な船を主人公にした物語のはじまり、はじまり。
2017年8月
アメリカ合衆国海兵隊所属のユージン・ヒューイット伍長はベトナムのハイフォン空港へと飛ぶC-17輸送機の中に居た。日本における高麗軍との戦闘で重傷を負った彼はハワイの海軍病院で1年を過ごした後、1年のリハビリ期間を経てようやく部隊への復帰を認められた。その復帰後の最初の任地がハイフォンであった。
中国の内戦は周辺国へも多大な影響を及ぼしている。特に悪影響を受けているのは東南アジア諸国だ。中国本土からの武装者をも含む難民の流出、治安の悪化、そして中国反北京政府軍の越境。こうした被害を受ける東南アジア各国は内戦の勃発以来ずっと国連軍の出動を要請してきたが、依然として国連に代表を派遣している北京政府は威信のために国連軍の派遣を拒絶し、安全保障理事会常任理事国として拒否権を発動した。
しかし、そのような態度をいつまでも続けることができなかった。国際航路の通る海域にまで被害が広がり、国際海運が大混乱に陥るようになると周辺国だけでなく大国も公然と対応をしない北京政府を非難し、日本と高麗の戦争を経て中国はそのような態度を軟化させたのである。かくして中国北京政府代表は中国の領域外に限定するという条件で、治安維持と反北京政府軍越境阻止の為に国連平和維持軍の派遣を容認したのだ。というわけで2016年4月にUNPFSCS―国連南シナ海平和維持軍が結成された。
当初は東南アジア諸国の各国軍で編成されていたが思うような成果を挙げられず、海賊が跋扈して国際通商路はさらに大きな損害を受ける事になった。その結果としてUNPFSCSは大幅に増強されることになり、アメリカ合衆国も遂に部隊派遣を決断した。かくして1975年のサイゴン陥落以来、42年ぶりに―あくまで公式な作戦として―アメリカ軍部隊がベトナムに展開することとなったのである。
C-17がハイフォン空港に着陸してヒューイット伍長は海兵隊のハンヴィーに乗り込み港に向かった。
ハイフォンはベトナム語で海防を意味し、植民地時代にはフランスの極東最大の軍港が築かれていた。独立後も北ベトナム海軍の重要な根拠地として機能し、アメリカ軍の空爆に幾度となく晒され、洋上には機雷が敷設された。そしてベトナム戦争後にはベトナム最大の港湾としてベトナムの経済を支えた。
しかし今はベトナム戦争時代に逆戻りしたような様相を呈している。中国内戦に伴なう南シナ海一帯の治安悪化、海賊の跋扈により商船の来航は大幅に減り、代わりに国連軍艦艇がひしめくようになった。ハイフォンは今やUNPFSCS洋上部隊の最大の拠点となっているのだ。ヒューイットもハンヴィーの荷台から各国艦艇の姿を見ることができた。
停泊している艦艇は様々だ。一番目立つのはオーストラリア海軍の派遣した大型揚陸艦キャンベラである。この3万トンクラスの揚陸艦は40機を超えるヘリコプターと高速搭載艇を駆使してUNPFSCSの洋上拠点として活躍している。護衛のアンザック級フリゲートの姿も見える。
次に見えたのはベトナム海軍旗を掲げる近代的なフリゲートだ。それはベトナム政府がロシアに発注して建造された艦で、ロシアの20380型ステレグーシチイ級警備艦のベトナムバージョンである。艦名は母港の名をとってハイフォン。ステルス性を備えた船体と各種最新鋭の装備を搭載するベトナム海軍の最新鋭艦で、去年に就役したばかりであった。
その隣に錨を下ろしているのはフランスがタヒチから送り込んだ艦だ。FREMM計画の名でイタリアとフランスが共同で開発したアキテーヌ級の1隻で艦名はレユニオン。主な任務はいまでも多数あるフランス海外領土の防衛だが、今回はUNPFSCSに参加するために派遣されたのだ。
無論、アメリカ海軍の艦艇も見える。ハイフォンにアメリカが送り込んだ最大の艦はインデペンデンス級沿海戦闘艦の1隻、クイーン・オブ・ザ・ウエストだ。これはアメリカ海軍が冷戦後の新しい戦争に対応する為に建造した軍艦で、高い速力を得るために三胴船式という独特の船体をしていて47ノットという最高速度を実現した。3000t近い排水量にも関わらず武装は少なく、57ミリ主砲と近距離防空用のRAMミサイルが見える程度であるが、代わりに2機のヘリコプターと2機の無人機を搭載できる。クイーン・オブ・ザ・ウエストは水上戦闘艦というより沿岸作戦のための母艦といった方が良い艦なのだ。
そして、そのクイーン・オブ・ザ・ウエストに寄り添うように小さな船が停泊していた。ヒューイットは目を凝らして、その船の正体を見極めた。
「サイクロン級か」
サイクロン級は排水量が500tにも満たない小さな哨戒艇で、最大の兵装は25ミリ機関砲に過ぎない。主に特殊作戦に使用される高速艇である。艦番号はPC-11。艦名はホワールウィンドである。
ヒューイットはハイフォン港に隣接するベトナム海軍陸戦隊基地に案内された。運動場では海兵隊とベトナム軍が共同で訓練をしている。ヒューイットは祖父がこれを見たらなにを思うだろうかと考えた。彼の祖父はベトナム戦争に出征し、今でも熱狂的な反共主義者でベトナム政府の高官が渡米するたびに反共の南ベトナム難民とともにデモ活動を行なっている。
基地の建物の中に入ると海兵隊派遣部隊司令部の看板が見えた。基地の会議室を間借りした司令部では派遣部隊司令官のアフマド大佐が待ち構えていた。
「これは、これは。英雄殿の復帰か」
ヒューイットは日韓戦争における活躍で勲章を授与されている。
「司令官自らお迎えとは光栄です」
「たまたま予定が空いていただけだよ。では早速、君の配置であるが」
アフマド大佐はヒューイットに作戦図が広げられている机の前に来るように促した。
「現在、我々海兵隊は2つの任務を遂行中だ。1つは中国反政府軍の越境阻止支援」
アフマドは地図上のベトナムと中国の国境線を指し示した。阻止活動の主役はあくまでベトナム軍であるが、アメリカ軍は最新鋭の偵察システムと高度に訓練された特殊部隊によって監視警戒を行いベトナム軍に情報を伝えるという重要な役割を担っている。海兵隊派遣部隊もその一角を占めているのだ。
「もう1つは海軍と協力して洋上作戦」
今度は、アフマドは海南島周辺を指差した。洋上部隊の主な仕事は国連から禁輸地域に指定されている中国反政府軍支配地域に向かう密輸船や中国の沿岸治安組織の崩壊を背景に跋扈する海賊の取締りである。
「イブ。確か君の船には欠員が出ていたな」
ヒューイットはアフマド大佐が自分ではない誰かに話し掛けていることに気づき、後ろに振り向いた。そこには黒髪のアジア系らしい女性士官が立っていた。
「はい、大佐。我が艇に乗り組んでいる海兵隊から急病人が出て本国に搬送されまして」
「なら、ちょうどいい。ヒューイット伍長、紹介しよう。彼女は海軍の大尉で…」
女性士官はアフマドの言葉を待たずに自己紹介をした。
「海軍大尉、イブリン・ヒナタ。哨戒艇ホワールウィンド艇長だ」