異世界転生してきた最強の女騎士に仕える従者は、己の価値を未だ知らず劣等感に苛まれる
秋月 忍様主催『男女主従祭企画』参加作品です。
このテーマ、色々書けて楽しいですね。
今回は女性が主で、男性を従者にしてみました。
どうぞお楽しみください。
バーンリー城から北西およそ三千メルトール。
街道以外何もない荒野に、土煙が上がっているのが見えた。
私は慌てて遠眼鏡を目に当てる。
「スィーナ様! 敵影確認! 数は……、か、数え切れません! ざっと見ても千以上! ゴブリンとオークの混成部隊です!」
「わかりました」
慌てた様子もなく、すらりと剣を抜くスィーナ様。
その御姿は美しく、かつ頼もしい。
しかしいかに異世界からこの世界を救うべく現れたスィーナ様とはいえ、この数は……!
「ビラブド」
「は、はい!」
「安心なさい。私の後ろに敵は通しませんから」
「!」
私の不安は貴方が傷付くのではないか、それだけなのです!
……そんなおこがましい事は言えない。
私が、いや、王国中の騎士が束になっても、スィーナ様には勝てないのだから……。
「ふっ!」
剣を構えたスィーナ様が走る!
放たれた矢のように疾く敵陣に届いたかに見えた次の瞬間、ゴブリンが、オークが、空高く舞い上がる!
続けて二撃、三撃!
子どもの積木崩しのように、魔物の陣容はあっけなく崩れていく……。
遠眼鏡で魔物達が負傷した者を担いで、ほうほうの体で逃げた後、戦場に残ったのは無傷のスィーナ様ただ一人。
圧倒的な力で国を守り、それでいて決して命を奪わない。
絶対的な強さ。
比肩する者なき気高さ。
私はそんなスィーナ様に、身の程知らずにも恋心を抱いてしまっている……。
いつかスィーナ様の強さに少しでも追いつく事ができたなら、その時は……!
「ビラブド、戻りました」
「お、お帰りなさいませ! お見事にございました!」
は、早い!
遠眼鏡でやっと見える距離を、あっという間に……!
「どうかしましたか? そんな強張った顔をして……」
「いえ、その、何でもありません! ご無事で何よりでございます!」
「ありがとうございます」
こんな半端な私から好意を告げられても、スィーナ様にご不快な思いをさせるだけだろう。
一人前の騎士になり、スィーナ様の敵を一体でも倒せたら、その時に……!
◇ ♡ ◇ ♡ ◇ ♡ ◇ ♡
ひゃー! 今日もビラブドは可愛かったなぁ!
金髪碧眼!
若干あどけなさの残る整った顔立ち!
スマートと逞しさをギリギリ両立する奇跡のスタイル!
ハスキーな声から放たれる歌声は殺人級!
そして十八歳(重要)!
前世で数多のアイドルを推してきたけど、訓練なしの天然物であの完成度はあり得なくない!?
それが生で側にいて、しかもめっちゃ頼りにしてくれてるとか、何それ死ねる! 死なんけど!
あー! 転生の時に女神様のくれた、『愛しか要らぬ!』最高!
『力を与えるだけだと世界を壊されかねないので、愛なくては戦えない力にしたのです』って言ってたけど、前世で推しへの愛で生きていた私にピッタリの力!
……ただ、『愛が高まるほど強くなり、最大で常人のおよそ千倍の力を得られる力です』って言ってたけど、明らかに千倍じゃ効かないレベルの力なのよね……。
今日の敵だって兵士千人じゃ勝てない数だったらしいけど楽勝だったし。
まぁ推しへの愛は無限大だからね。仕方ないね。
でもクールで頼り甲斐のある転生者が、実はアラサーアイドルオタクだったなんて知られたら、間違いなく嫌われる!
あくまで上品に振る舞いつつ、横でこっそり愛で続けよう!
幸いスキルで無敵なんだし、これからもビラブドには敵を寄せ付けないよう、バリバリ魔物を追っ払っちゃおー!
読了ありがとうございます。
スィーナは前世では押川推夏というアイドルオタクでした。
全財産どころか人生をつぎ込むレベルの推し感情が、ビラブドを通じて全て力になっています。
ド◯クエのモンスターに、インフレスマホゲームのキャラが襲い掛かるようなものです。
しかも殺されずに怪我だけさせられて帰される……。
魔物の降伏も時間の問題ですね。
なお、ビラブドは『愛される』の英訳Be lovedから。
真面目でいい子なんですが若干堅物なので、魔物を討伐するまで想いを打ち明ける事はしないでしょう。
そしてスィーナの攻撃をかいくぐれる魔物などいるわけもなく……。
頑張れビラブド。
お楽しみいただけましたら幸いです。