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第三話 ソレはまるで灰を被ったようで


 ある日の真夜中、黒い影が屋根の上を走った。

 新月の夜、無我夢中に走るのは魔法少女ナイトである、ナイトはチラッと後ろを見た。

『ギギギ! ギィッギ! ギィ!!』

 ナイトを追いかけるのは、二足歩行の黒い影だ。所々に猫の特徴を持つその陰の名前は、ナイトが呼ぶところのワクナーイ。

 その怪物は大きく口を開けてナイトを追いかけていた。

『ギギッ!』

「っ! いない!」

 ワクナーイな一瞬にしてナイトの視界から消えて、死角から間合いに入った。

『ギッシャァァ!』

「くそっ!!」

 鋭い爪が、ナイトを薙ぎ払うように切り裂く、何とか防ぎ切った。ナイトの体は軽々と吹き飛んでだだっ広い空き地に吹き飛ばされた。

「ってぇ……!」

 ナイトの体は見た目としては人間のそれであるにもかかわらず、信じられないほど丈夫になっていた。

 今も体に痛みは感じるものの傷はない。

『ギシャッ!』

「うわっ!」

 追撃、空から降ってきたワクナーイをナイトは横に転がって回避した。土で体が汚れるが痛いのよりはまし。

「くっそ! かわいい衣装が汚れたじゃねぇか! 許さねぇからなこの化け物が!」

 でもないらしい。ここに吹き飛ばされた時より怒りをあらわにしながらナイトは叫んだ。

『ギシャアァァァァッァァァア!!』

「フン、猫ってか熊だな、かわいくねぇことには変わりねぇが」

 大きく両手を挙げて威嚇するワクナーイにナイトは虚空から取り出した黒いいびつな剣を取り出して向けた。

 まるで決闘のように、二人はにらみ合う。

 その時、ワクナーイの体が、左右に切り裂かれた。

「っ!」

 煙になって消滅するワクナーイ、その後ろに立っていたのは。ボロボロのローブのようなものをまとった人物だった。

 身長はナイト、サヨよりも幾らか小柄で、おまけに不健康な程に細く見える。

「お前は……」

「……」

 その人物は、何も答えなかった。ただ、無言でナイトを見つめていた。逆光で表情はよくわからなかったが、鋭い瞳はナイトを射抜いていた。

 その人物はしばらくナイトを見つめた後無言のまま飛びさった。

「魔法少女……なのか?」

 取り残されたナイトは一人で小さく呟いた。


「だから! マジなんだって!」

 次の日、教室にてサヨは、クラスメイトに向かって必死に抗議した。

「アハハ! 遂にハレノまで言い始めたぜ!」

「マジなんだって。こう……死神みたいな格好で、ほっそい剣を持っててな!」

 教卓に立って必死に叫んだ。しかしクラスメイトがむけるのは信頼半分、疑い半分、そんな視線だ。

「おい! アキラ! お前は魔法少女信じてるんだよな! だったら……!」

「どうだか。お前はそういうのあんまり信じてないっぽいしな」

「くぅ、当てつけのつもりかこの前の!」

「ちょっとあんたサヨちゃん悲しそうな顔してるでしょ!」

 クラスの女子が一斉に声を上げた。

「はぁ!? 俺にだけかよ!? ほかのやつも……」

「言い訳無用!」

「おい! ハレノ! ヘルプっ!! ぎゃぁぁぁっ!!」

「おぉ……なむ……」

 ガヤガヤが激しくなっていく、こうなったらもうサヨでも声を届かせることはできないだろう。

「なぁレイジぃ……お前は信じてくれるよな!」

「いやぁ……正直夢でも見たんじゃないかと思ってるぞ? だって」

「ハレノ君以外の魔法少女の存在が信じられない?」

「だってただでさえ信憑性薄いからな。サヨが魔法少女なのもいまだに……って、は?」

 二人の間に、少年が割って入った。

 黒い髪を無造作に伸ばし、制服も着崩しただらしない印象の少年であるが、中性的な顔立ちのせいか、それすらもそう言うファッションであるかのように似合っている。

「……確か……幸村 優真<ユキムラ ユウマ>だよな? 何のことかわからないな。俺が魔法少女? いったいなんの根拠があって……」

「魔法少女ナイト本名ハレノ サヨ、驚きましたよ、魔法少女がこの学校の人間だなんて」

 少年はポケットから取り出したスマホを操作すると二枚の写真を写真を見せた。魔法少女ナイトと同じ場所で同じ立ち方で立っているサヨ。

 まさに変身を解除したその瞬間、豆鉄砲を食らったような顔をするサヨに代わってレイジが口を開いた。

「たまたま似たようなポーズになってるだけでなんの証拠にもならんだろ? まぁ映像でもあれば話は別だが……」

「映像もありますよ? ほら」

 ユキムラは今度は映像を突き付けた。魔法少女が光に包まれてサヨが現れる映像だ。

「ごうせ……」

「いじゃないことはあなた方が一番わかっているでしょう?」

「そんな敵意を向けた目をしないでくださいよ……」

「目的はなんだ?」

「ここじゃあなんです、人に見られない場所で話しましょう」

 ユキムラが笑った。その瞳はどこかうつろに見えた。


「……くっそ、なんでバレたんだ」

「よく見たらそりゃあバレるでしょ、仮面とかつけているならともかく貴方顔丸出しではないですか」

「ぐぅの音も出せないな。サヨ」

「ぐぅ……」

 ユキムラは歩きながら屋上の扉を開けた。

「なんで屋上が開いてるんだ?」

「え? まぁ色々あるんですよ色々」

「なんでよりによってこんなやばそうな奴にバレちまったんだ……?」

「サヨがうかつに変身を解除したからだろうな」

「あぁ……」

 バタンと、重たいドアが閉じられた。ほんのり冷たい風が吹き抜ける。高い柵に覆われた屋上はそれなりの広さがあったが貯水タンクや天窓、換気扇などでごちゃついていた為にあまり広くは思えなかった。

「さ、ハレノ君が新しい魔法少女を見たって話でしたよね」

 ユキムラはスマホをいじりながら屋上の床より少し高くなった換気扇の縁に腰かけた。

「そうだよ。どうせお前も信じないとかいうんだろうけどな」

 それに習ってレイジは貯水タンクの置かれた土台の上に座り、サヨは、レイジに向かい合うように貯水タンク台の上に座った。

 三角形をえがくようにそれぞれ座り込み、二人はユキムラの返答を待った。

「別に? 信じてますよ? 魔法少女、つまりあなたのことをずっと追ってきて新聞まで書いたんですから」

「あれ書いたのお前かよ、許可もらってないぞ俺」

「えぇ、そんなものとってないですからね」

「まぁ、秘密裏に取材してたらそりゃあな」

「プライバシー? の侵害じゃねぇの?」

「都市伝説的存在が何を」

 ユキムラは鼻で嗤うとわざとらしい咳ばらいを一つこぼした。

「ともかく俺はもう一人の魔法少女の存在を信じています……そしてその正体に何となく目星もついています」

「は!? マジで言ってんのかよ!?」

 ユキムラの瞳は真剣そのものだ。とてもはったりや噓には感じない。

「えぇ、噓はつきません」

「どんな奴なんだよ! 新しい魔法少女ってのは!」

「あぁ」

 はじかれたように立ち上がってユキムラに詰め寄ろうとしたサヨに、当のユキムラは指を突き立ててそれを静止した。

「有料です」

「は?」

「有料ですここから先」

「……いくらだよ」

「お金じゃありませんよ」

「離れろサヨ! こいつ、お前にエロい要求するつもりだ!」

「は!? マジかよこいつ!?」

「あの。本題からそれるんでまじめにやってもらってもいいですか?」

 面倒くさそうにユキムラがため息をついた。

「あぁ、そうかよ、で、真面目な話有料ってなんだよ? そんな払えるようなものもないぞ? サヨも俺も」

「簡単な話です。魔法少女について取材させてほしいんです。そしてそれを新聞にする許可をくれたらもう何も求めませんし役に立ちそうな情報も提供しますよ」

 勿論プライバシーは守りますよ、と。ユキムラは付け足して笑った。サヨに取っては願ってもない提案だ。しかし……

(なんかきな臭いんだよなこいつ)

 サヨは同じクラスでありながらも始めて話したこの男のことを信じられずにいた。

 サヨが口を開こうとしたとき、チャイムが鳴った。予鈴だもう間もなく授業が始まる。

「続きは放課後にしましょうか。考える時間も必要でしょうし。もっとゆっくりお話がしたい。」

 ピョンっと立ち上がったユキムラは軽くサヨの肩をたたいた。

「ではほうかごにまたここで」

 サヨはユキムラが口元にいやな笑みをたたえている気がした……。


「起立、気をつけ、れい」

「「「ありがとうございました」」」

 放課後ショートホームルームが終わると同時にサヨは椅子の上に体を放り出した。

 ぼんやりと天井の一点を眺める。

「ういっすサヨ、お前ずっと上の空だったな」

「あぁ……授業もマジ集中出来なかった、身が入らねぇぜ」

「いつものことだろ」

「茶化すなよ」

「茶化してねぇよ事実だろうが……で? 答えは出たのかよ?」

「あぁ、まぁ、そもそも大前提としてだけど俺としてはまだ魔法少女がいるんだとしたら俺は……仲良くなりたい……みたいな?」

「そいつが悪意もってたらとか考えないわけ? それにユキムラも信頼にたるかどうか……」

「いやぁ。俺もそう思ったんだけどよ、ユキムラに関してはもう疑ってもしょうがなくね?」

「確かに……」

「そいつが悪意持ってたとしてもそれはそれでこれはこれだ。当たって砕けろってことで。行こうぜレイジいざというときは任せてくれよ?」

「いざという時は魔法少女に変身できるお前の方が強いだろ」

「いざという時にものをいうのは筋肉だろ。お前みたいな」

「まぁ……違いない……のか」

 レイジは妙な間を置いて首を傾げた。一段二段と、上がっていく。屋上の扉が近づいてきた。

「開けるぜ」

 サヨの小さな手が扉にかかった。キィ……という音を立てて扉がゆっくり開いた。

「お、やっと来ましたか。遅かったですね」

 屋上で、朝と同じ場所にユキムラは腰かけていた。扉が開くと同時にスマホから顔を上げて、サヨたちのほうを見た。

「で? どうですか? 俺のお話、乗ってくれる気になりました?」

「本当に俺以外の第二魔法少女の情報をつかんでるんだろうな?」

「勿論!」

「サヨのプライバシー侵害しないか?」

「ええ勿論!」

「わかった。じゃあ最後に……先に魔法少女の情報を渡せ」

 サヨは力強く要求した。空気がシンと静まって、ユキムラの顔から笑顔が消えた。

「どうしてですか?」

「悪いが俺は……お前のことをまだ信用できない。だから先にその情報の一端でもいいそれを開示してくれ、それが条件だ」

「ん……やっぱりそう来ましたか……」

 ユキムラは腕を組んで迷ったようなしぐさを見せた。

 コレはサヨがユキムラを信頼に足るか確認するため、正確には信頼するための交渉だった。

 ユキムラは息を吐いてからゆっくり口を開いた。

「クモリさん。出てきてください」

「クモリ……?」

 レイジがボソッとつぶやいた。それと同時に。小さな影が物陰から現れた。

 身長はサヨよりも小さい、小学五年生くらいだろうか。ほっそりした足を包むのはサイズの大きいサンダルだ。

 明らかにサイズの合っていないシャツはまるでワンピースのように膝までを隠していた。

 その上からジャージを羽織っていた。髪の毛は黒く肩にかかる程に長い。顔はそれなりに整っている。小さくて幸薄そうな幼女。恐らく見るものはクモリと呼ばれた人物にそう言った印象を覚えるだろう。しかし……

「紹介しますよ。この子は九森 椿<クモリ ツバキ>。お探しの魔法少女です」

「へぇ……こいつが魔法少……女……は!? なんで!?」

「あなたがそう来ると思って実はもう呼んでおいたんですよ」

 ユキムラはしょうがないな。とでも言いたげに首を横に振った。驚愕するサヨとレイジを気にも留めずユキムラは続ける。

「ここ数日で変わった動きをしていた鈴蘭市民、その中で貴方と同じような条件を満たす者、その他いくつか条件を絞り込んで魔法少女である可能性が一番高い子を連れてきました。あなたたちが授業を受けている間に」

サヨとレイジは閉口した。驚愕に恐怖が勝ち始めた。もはや怖い。なんだこいつ……と。

「ねぇ……あの、さ。この子……って言い方。引っかかるんだけど」

 ドン引きするサヨたちの耳にかわいい声が届いた。見た目通りのかわいい声、ソレはツバキから発されたものであった。

「何だ? 小さい子扱いされるのは嫌なお年頃か? いいかツバキ、男が可愛がられるのなんて俺みたいな例外以外はほんと一瞬なんだぞ?」

「凄い自信だな」

「へぇ……クモリが男だってよくわかりましたね」

「伊達に十六年かわいい系男子してきてねぇよ」

 サヨは鼻を鳴らして自信満々にそう言った。

「僕、君たちと同い年なんだけど!?」

 しかし、大切なのはそこじゃないと、椿は声を大にして叫んだ。

 屋上が静まり返る。青空から除く日差しが遠くに感じた。運動場で走っているサッカー部や野球部の声がやけに静かに聞こえる。

「は? マジで言ってんの……? 見えねぇ……」

 サヨは口をあんぐりと開けてつぶやいた。そこでようやく、感覚が正常に戻った。ツバキの体を上から下まで見るレイジの横でサヨはツバキに顔を近づけた。

「な、なに……?」

「へぇ……十六かよ、これで、しかも男……」

「それに関してはキミも人のこと言えないと思うけど?」

「間違いないな。俺から見ればサヨもお前も似たようなもんだ。ついでにユキムラも」

 付け足されたユキムラが心外ですねぇ、と笑った。

「へぇ……まぁ、俺の次くらいに可愛いじゃん」

「かわいいっていうな」

 膨れ顔でそう言うツバキの顔もまたかわいらしいものだ。

「ほめてるんだけどな」

「男の子にかわいいは基本NGだから……君のは知らないけど」

「しかしこの格好はいただけないな」

「聞きなよ」

「素材はいいのにこれじゃあもったいないってもんだ」

「ねぇったら!」

「無駄だぜ、こうなったらサヨは止まらねぇんだ」

 ツバキが抗議するような視線をレイジとユキムラに送ったが、サヨはそれを一切意に介さず少年の細い手を白い手で握った。

「自己紹介したっけ? 俺、ハレノ サヨな。気軽にサヨでいいから」

「あ、どうも。クモリ ツバキです。ご丁寧にありがとうございます……えっと、ハレノさん」

「サヨでいいって!」

「サヨちゃん」

「ユキムラ、お前は黙ってろ」

「サヨ、さん……」

「んーまぁいいか。ともかく、これからよろしくなツバキ」

 ぶんぶんと腕を振るサヨにつかまれてツバキの体が大きく揺れる。

「……うん。よろしく」

 ツバキがぎこちなく頷いた。


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