第7話 昔の学校には冷房なんかなかった
冷房の効いていない蒸し暑い廊下を吉岡さんと並んで歩く。前を歩く2人は何やら話している雰囲気だが、僕には聞こえない。
どっちかというと、物珍しそうにあたりを見回す吉岡さんが気になって仕方がない。
「木造じゃないのね。コンクリート?」
「ここが木造校舎だったのは、母さんの時代までだよ」
冷房は効かせたままの部室に戻ってくると、僕らは一様にふーっとため息をついた。
吉岡さんだけは一人、部屋に駆け込んでいた。
「涼しいっ」
その様子を見て、事情を知っている僕と残りの2人では理解に差があった。
「かわいそう、私たちより田舎で育ったのね」
「うちより田舎の学校なんて、そうそうねぇぞ」
部室は1人増えるだけで少し窮屈に感じる。並んで座らされる僕と吉岡さん。目の前には紙コップに入ったスポーツドリンクが置かれる。当然、僕の分はない。
恐る恐るといった感じで紙コップを手に取った。多分、スポーツドリンクを知らないのだろう。ゆっくりと口をつけて「甘い」とだけ呟いた。
「吉岡さんとはどういう関係なの?」
「だから、親戚だって」
「何でうちの制服着てるのよ」
「休み明けから転校してくるんだ」
「あっ、本当? よろしくね、正ちゃん」
自分で買った紙パックのブドウジュースを勝手に飲んでいた僕は思わず吹き出した。
ーー正ちゃん? 先程の挨拶の仕返しなのか。
「えっ、はい。よろしくお願いします」と、馬鹿丁寧に挨拶したあと、隣の僕にだけ聞こえる声で小さく「正ちゃん……」と呟いた。
「それで」と、美咲は少し目を細くして僕らを見据える。
いくらか声も低くなった。僕にはわかる。本題はここからだ。
「正ちゃんは、これからどこに住むの?」
「吉野くんの家にお世話になろうかと……」
ばんっと机に手をついて、美咲が立ち上がった。顔は下向いている。髪に隠れてその表情は見えない。
「ダメよっ、そんなの。私が認めない」
そして、顔を上げて僕を睨んだ。
「今から、純ちゃんの家に行く」
僕は目を閉じ、このまま家に帰ったらどうなるか想像した。
だめだ、荷が重すぎる。
目を開けると、そこまで無言を貫いていた、もう1人の友人に目をやった。
「来るか?」
「面白そうだからな」
有介の肩には既にショルダーバッグが掛かっていた。
くそ暑い田んぼ道を吉岡さんは歩いて学校まで来たようだった。
僕らは田んぼの間を縫って歩いている。両畔にはすっと伸びた藪萱草が、綺麗に並んでオレンジ色の花を咲かせていた。
今の時期に田んぼに落ちる車が少ないのは、このオレンジ色が道を示しているからだ。
前の2人は同じ制服を着て、仲良く並んで歩いている。こうして見ると幼馴染のような雰囲気だった。
時折、こちらを振り返ってはくすくす笑っている。一体、何を話しているのだろう。
「なんか、懐かしいな」と、僕と同じように2人の様子を見ていたのか、有介が呟いた。
「何がだ?」
「純一のばあちゃん、去年のこの時期まで元気だったもんな」
「ああ、そうだな」
「もうちょい低かったけど、あれぐらいの身長じゃなかったか?」
「ああ、そうだな」
「それにしても、あちいな」
入道雲すらない青い空には鳶が飛んでいた。