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第6話 夏休みと言えば自由研究

 午前中で学校が終わったあと、購買に行く暇も与えられず、僕は美咲に腕を掴まれて、3階の写真部の部室へと引っ張られていた。


 教室を出る時に響いた、黄色い声援も黒い野次もここまでは聞こえない。お腹が鳴ったら、もらったトマトでも齧ってればいい。


 僕はため息をついて、引っ張られるまま、部室の中に入った。


 ドアの正面、大きな窓からは正門と運動場が見渡せる。その先に見えるのは、緑ばかりの一面にぽっかりと浮かんだ作東町の中心街だった。外の風景は夏の日差しを受けて、色濃く浮き立っている。


 その景色を遮るように美咲は僕の前に立った。


「先生の話、本当なの?」

「本当さ。親戚が今うちに来ている」

「純ちゃんの家にちっちゃい時からお世話になっているけど、そんな話、聞いたことないよ」

「僕だって昨日会ったばかりなんだ」


「あっ、そうなの?」と、ようやく声を和らげて美咲が言った。

 

「ああ、今だってどうしたらいいか考えてるんだ」

「何か事情がありそうな子なのね」

「そう。話しにくい事情があるんだ」


「ふーん」と鼻を鳴らしたが、一応は納得してくれたようだ。


 なんとなく、"事情"のあたりに認識のズレがあるような気がしたが、僕はあえて指摘はしなかった。



 部室のドアが開くと、有介が入ってきて、同時に購買の匂いがした。


「ほれ、焼きそばパン。購買に行けてないんだろう?」

「まじか、ありがとう」と、僕は手を伸ばしたが、渡されたのは値札のシールだけだった。

「150円」

「金取るのはいい。でも、焼きそばパンは130円だろう」

「配達料込みだ」

「プライム会員で頼む」


 有介は僕から受け取った130円を財布に入れた。


「有介くん、本当に純ちゃんの親戚だと思う?」

「自分で言ってるならそうなんだろう。あまり詮索してやるな」

 

 僕にはありがたいことに、至極まともな意見だったが、興味が失せただけなのかもしれない。


 僕は買った焼きそばパンを齧りながら、有介の奇妙な行動を横目で見ていた。


 壁際に跪いたかと思うと、暗幕の下から何かを取り出そうとしていた。カサカサという音と、腐葉土の匂い。その下にあるものが、僕には想像がついたが、一応訊いてみる。


「なにしてんだ?」

「朝、言ってたやつを見せてやろうと思ってな」

「うーん、朝言ってた? あっ、自由研究の話?」

「そっ、これが俺の自由研究だよ」


 予想通り、有介が取り出したのは水槽だった。中には3分の1ぐらいの高さまで腐葉土が入れられている。

 当然、それだけじゃない。中にいるのはカブトムシとクワガタがぱっと見、10匹以上。


 昔はあんなに捕っていた昆虫もこの年になってみると、何故か少し怖かったりする。


「さらに言うとな、もっと大きいのが家にある」


「それが、自由研究?」と、美咲が少し懐かしむように水槽を覗き込んで言った。


「なんか子供っぽいね」


「違う違う、育てるんじゃないぞ。売るんだよ」と、首を振って否定する。

 

 僕はなんとなく彼の自由研究でやりたい事が分かった。


「はい?」

「なるほどな」

「純一は分かったようだな。売って、お金を稼ぐ、以上。俺がやりたいのはビジネスだ。今日から夏休みの間にどれだけ稼げるか。それが自由研究。そのために、俺は宣伝用のアカウントを作り、販売用のフリマアプリを入れたんだ」


 美咲はそそっと隣に来て、僕にだけ聞こえるようにそっと耳打ちをした。


「有介くん、こっちに戻って来てから、お金にがめつくなったよね」

「中学の時に苦労して、何かを悟ったんじゃないか?」

「純ちゃんはあっち側にいかないよね」

「お金を稼ぐことに、あっち側もこっち側もないさ」


 有介は水槽を暗幕の下に戻すと、窓際の棚からペンタックスのカメラを持ち出して、ファインダーから外を覗いていた。


「明日からはこいつも宣伝用の道具だ」

「蜜がある木でも撮るのか?」

「いい線いってる。ただのカブトムシより、こんな山で育ったカブトムシですって紹介した方が売れると思わないか?」

「まあ、そうかもな。忙しくなるって言ってた意味が分かった」

「捕れる瞬間を撮れるなら、なおいい」


 僕と美咲は顔を見合わせて、処置なしという風に肩をすくめ、急に押されたシャッター音に驚いて、びくりと跳ね上がった。


「おい、流石に盗撮は・・・・・・」

「なあ、あんな子、うちの高校にいたか?」

「えっ、誰のことだ?」

「あそこだよ。正門の桜の木のところ」

「たしかに、よく見えないけど、あんな髪の長い子居たっけ?」


 葉桜満開の桜の木を見上げるように、姿勢良く立つ彼女の髪はすらりと腰のあたりまで流れている。

 桜が満開なら絵になる構図だが、僕は思わず叫んでいた。


「ば、ばかっ」


 見覚えがあった。間違いない。あの長い髪を僕は昨日の夜から散々見ている。


「えっ、知り合いなの?」

「さっき言ってた、親戚の子か? なんでうちの制服着てるんだ?」

「行ってくる」

「私も行く!」

「おい、2人とも待てって」


 出遅れた有介を置いて、僕は廊下に飛び出した。そのまま階段を駆け降りて、昇降口に向かって走る。

 後ろからは僕を追いかけてくる足音。下駄箱、傘立てを追い越して、外へ。

 当たった日差しの強さに僕は少し怯む。降り注ぐ蝉の声。


 僕は思わず呟いた。


「あっつ」


 ちょうど吉岡さんがぱたぱたと手で仰ぎながら、昇降口に向かってくる途中だった。


「あれ? 純一くん、今から帰るの?」

「いや、そう言うわけじゃないんだが」


 煮え切らない僕の声に、後ろから美咲の声がかかった。


「初めまして、なのかな?」と言い、そのまま、「綺麗な子だね」と、僕にそっと耳打ちをする。


「初めまして、吉岡正子です」と、見事なお辞儀を披露され、美咲は焦ったのか「玉野美咲です」と、僕でも初めて聞くような他所行きの声で挨拶した。


 降りる沈黙。


 ちらちらとこちらを見る美咲。


 今日も蝉の声がうるさい。


「なあ、制服着てるんだし、上がってもらえば?」と、割って入ったのは有介の声だった。

読んで頂きありがとうございます。


よろしければ下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話一話良い所で終わらせてくれて、更新も早い所 [一言] 折角嘘つかずにここまで来たので(ここまでと言うには短い気もしますが)純一が嘘をつかずにこの物語を終えてくれることを望みます
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