第1話 夜空の彗星は動かない
見上げた夜空は果てしなく、遠かった。
蛙の鳴き声。
風鈴の音。
そして線香の匂い。
ばあちゃん家の縁側で、僕は仰向けになり、彗星を眺めていた。腹の上にはコンビニで買った科学雑誌がページを開いたまま置かれている。
「ワタシが学生の頃にねぇ、綺麗な彗星が何日も見えて、そりゃあ感動したもんだ」と、小さい頃、ばあちゃんがよく話してくれた。
「流れ星で願いが叶うなら、あの時の彗星はなんでも叶えてくれる気がしたねぇ」
その彗星は60年の時を超えて、再び地球に接近していた。近地点はもう少し先になるが、見かけの等級は『-2.0』で金星ぐらいの明るさになるらしい。
こんなに近くに見えるのに、実際には遥か遠く。肉眼では動いている様子も見えやしない。
僕は動きのない天体観測にも少し飽きて、大きなあくびをした。
突如、細くなった目に一筋の光が映った。
ーー流れ星? いや、違う。
僕は体を起こし、科学雑誌を家の中に放り投げ、流星の行く末を眺める。
光の筋は矢のように、まっすぐ夜空を切り裂いていく。その光景に僕は目が離せなかった。遂には、ごぉう、という音を立てて、地上へと向かってくる。光の先には大山展望台があった。
そのままーー
僕は思わず、耳を押さえた。
ーーチリン。
生温い夏の風が素知らぬ顔で敷居を跨ぎ、平屋の中を抜けていった。
僕は縁側に置かれたスリッパをつっかけて、庭に走り出る。
爆発音はない。辺りは何事もなかったかのように静かなままだ。2、3歩ほど歩いて立ち止まると、振り返って言った。
「ちょっと、行ってくる」
暗がりの座敷の中で、僕の声に応える人は、もういない。
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