エピローグ これからを描いて
「いやー君凄いね。ここまで私の読みが外れたのは久々だよ! あっはっはー!」
「いや、どうも」
はて、なんでこんなことなったのだろうか?
俺はさっきまで死闘を演じていた『魔王』が近所のおばさんばりに親しげに背中をバシバシしながら大笑いしてる現状にそう思わざるを得なかった。
あまりの戦力差の前に絶望しかけ、それでもと決死の覚悟で戦っていたはずなのにそんな空気はもう欠片も残ってはいない。欠損していた体もこの人がぽんと渡した市販だと他とは2、3個桁が違うポーションで完治しているため本当に何もなかったかのようだ。
本当にこれはどういうことだろうか。
それともあんまやらなかった俺が知らないだけでMMORPGの対戦後って皆こんなものなのか? 分からん……誰か説明プリーズ。
「それにしてもこれで制限時間も過ぎたし、これで君に全財産半分を譲渡かぁ……うぅ、思わぬ大損害だよ」
「そ、そうですよ! なんであそこで降参したんですか! あのまだどちらにも勝ち目があって、こうなることも分かってたのに……」
「ん? そりゃ私は賭けは絶対しない主義なの。一か八かなんて冗談じゃないわ。乱数なんてクソ食らえよ、いい?」
「あ、はい」
何か直感で途轍もない闇を感じた。この話には深く関わるないでおこ。
と、俺が内心思っている何もなかったのように「それに……」と続いた《《彼女》》はこう言った。
「純粋に君に興味が湧いたからね。後輩くん」
「は、はぁ……そうですか。……後輩。確かにそうなります、よね?」
俺はこの人の動画をきっかけにダンジョンマスター目指して、ホーム機能でこんなこじつけてのダンジョンをでっち上げるまでに至った。それを加味すると“後輩”という言い方も、まあ間違ってはいない。
ただ、聞いていいのか分からないがどうしても気になる点がひとつ。
「それにしても、その……ヘンダーさんネナベだったんですね。動画では普通に男の声だったんで気付きませんでした」
さっきから兜脱いで見えている強面のスキンヘッドから女の声が出るのが気になってしょうがない。このアバターの造形は彼女の趣味なのだろうか? それだとちょっと怖くて聞けないけど、めっちゃ気になる。
「ああ、それね。迷宮王が削除を知った時に使ってたVR用ボイスチェンジャーをうっかりオシャカにしてさ。お陰でさっきは技名ぐらいしか言えなかったわけ。まったく人が折角掘り起こした要素勝手に消すとか……ここの運営は頭硬すぎるよ!」
「あ、それ俺も思いました! あと必要な部分以外に手抜き過ぎですよね! その癖修正だけはやたら早いのなんの。ゲームならもっとこう、遊び心を大事にしないと」
「分かるわー! これだからコンテンツ力不足だってネットでも……」
そこから共感する話題が出て思わず反応したら、まさか運営の不満トークで大盛りあがりだった。
それで分かったことなのだが……どうも彼女、ヘンダーさんも迷宮王削除のことは大変不服だったらしい。そのことで何通も運営にメール爆撃したり、GMから運営のお偉いさんまで引っ張り出して交渉を持ち掛けたりしたぐらいに不服だったらしい。
最終的には交渉した運営の人たちがげっそりしていたと言うのだから、その内容も相当なものだったのだろう。
交渉の中身は守秘義務とかで教えてもらなかったが……多分あの天賦装備のことだったのだろうと予想は付く。というかそれ以外は想像もつかない
し、したくもない。
「なんだ君、結構話せるじゃんか! やっぱ気に入ったよ」
「あ、はは。それはどうも」
「それにこのホームを利用してダンジョンにするという発想も素晴らしい。開発とかに喧嘩売るそのやり方が実に私好みだ」
「き、気付いてたんですか!?」
「そりゃもちろん、事前に調べた時にはもう気付ていたさ。私を誰だと思っている。プレイヤーメイドのダンジョンに詳しいのも、このゲームのシステムを隅々まで漁りまくったのも間違いく一番は私だと自負している」
いや、今回の件でどの道をバレるとは思っていたけど……まさかそれよりも前に見破れていたとは。流石は『魔王』、β版時代でもダンジョンの第一人者だっただけのことはある。
「と言うわけでだけど……君、うちのクランに入る気はない?」
「え? クランに、ですか」
ここでヘンダーさんから思いもよらない提案がなされた。まさかのこの場でクランへの勧誘だ。予想外過ぎて固まってしまったこっちを他所にヘンダーさんはさらに続ける。
「とはいってもただのクランじゃなくて闇クラン、だけどね」
「闇クラン? PKクランみたいなもの、ですか」
「ん~、ちょっと違うかな。強いて言うならこの世界を面白可笑しく荒らしてやりましょー的な? そんな集まりだね」
「それに、俺を?」
「迎い入れたい、是非とも! なんだってこんだけの大騒ぎを引き起こした張本人だ、十分にうちのクランに入る資格はある。だから―― 私達と一緒にこの《イデアールタレント》の世界をひっくり返してやろぜ、後輩くん」
ああ、あの顔だ。
堂々としてて、自信に溢れていて……何があっても揺るがなそうな。そんな屈託のない楽しいそうな笑顔。
おっさんの顔で女声が出てるから正直雰囲気は台無しだけど……あの日を俺を惹きつけてやまないその人のままだ。
正直闇クランとかなんだとか訳がわからないがままだが……この人と一緒にいれば日々の不安を吹っ飛ばすぐらいに刺激的なゲームになる。それだけで俺からしたら十分だった。
「はは……いいですよ。入ります、その闇クランとやら」
「本当!? なら歓迎するよ、私達のクラン『戯人衆』にようこそ! って、言っても今君と私含めても4人しかメンバー居ないけどね」
「え、クランって開設に最低員数6人とかいるんじゃ……」
「一度作った後だとそれに下回っていいみたいだよ。更新のための最低維持費とかは変わらないからやる人まず居ないけど」
クランを存続させるには必ず最低維持費というものが掛かる。特権の対価という側面を持ち、無差別な乱立によるサーバーへの負荷を防ぐための処置でもある。維持費に関しては他にも色々があるらしいが……そこはうちにはあんま関係ないみたいだから割愛して。
普通ならこの週に一度出す最低維持費は6人があっても出すのが辛い値段で、普通4人……いや、元々の3人という人員で出せるものではない。
でもクランマスターたるヘンダーさん曰く「え、そんなの私ひとりで余裕で出せるよ? めっちゃゲーム先行してるから」とのこと。何とも頼もしいやら呆れるやらだ。
「……よし、これでクラン登録完了っと。で、さ……次はどんなダンジョンを作る予定なんだい。君も資金はあるんだし当然何か新しいのを作るんだよね。色々と協力するから出来れば私にも一枚噛ませて欲しいんだけど!」
「どんなダンジョン、ですか」
ここで勧誘したのはそれが本音かと思いながら考える。
そうだよな。
攻略レースは俺の勝ちで終わった。今の俺は前とは比べ物ならない莫大な資金と一時的ダンジョン封鎖という準備期間を勝ち取っている。
こんなに余裕があるとなると何をするべきか悩むな。
ダンジョンを持って大きくするのは当然として、やっぱり色んなフィールドを追加したい。
海なんてどうだろ。海面やそれこそ海中に広がるダンジョンとかきっと見るだけで楽しい。それだけでなく火山とか雪原の特殊なフィールドはダンジョンの花だ。
城も捨てがたいな。ダンジョンと言えば罠が盛り沢山の居城もまた王道だ。ラスダンの演出をする時はこれは欠かせない
でもやっぱり一番したいのは……空島だ! 空に浮かぶダンジョンとか絶対にテンション上がる。やっぱ何と言っても空島は男の子のロマンが詰まっていたからな。
フィールドだけでなく新しいモンスター、ギミック、罠なども考えないと。
まだそれらをどうすれば実現出来るかは分からないが……それを含めてワクワクとして自分が居る。
「やばいです! なんか急にそう言われると色々と浮かんで決められないんですけど!」
「あはは、それはいいことで。じゃ何か決まったらいつでも遠慮なくこの先輩を頼ってよ後輩くん。出来るだけ支援するからさ。それじゃ今日はこれで帰るとするよ」
「え、あ、はい……でもいいんですか。他のクランメンバーの人たちに挨拶とか」
「ああ、それなら大丈夫。さっきの一部始終ライブしてたから。降参した辺りからは切ってたけど……まぁあのふたりも見てるだろうしそれが紹介代わりなるよ」
「…………え?」
ヘンダーさんのその日最大の爆弾を投げ込まれた俺は一時フリーズし……
「ええええぇぇぇ――――ッ!?」
……その日最大の絶叫を上げたのであった。