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心と晴  作者: すけだい
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第1話プロローグ+1-1怒り

・プロローグ


 その時、心夢の祖父は溺れていました。

 それを不気味な笑顔で見下ろす心夢がいました。

 土砂降りの雨の中の出来事でした。




「いい加減せぇよ、あのくそじじい!」


 海野心夢はそう怒鳴っていました。


「今までやってきたことが全部パァじゃねぇか。どうしてくれるんだ、あのくそじじい!」


 6月の梅雨の合間の炎天下に、大阪法務局岸和支局から和泉大宮駅へ向かいながら彼女はマスクの下でブツクサと叫んでいました。周りに誰もいないうえに彼女の声自体がそこまで大きくないことが、彼女を近づくべきでない人だと周りから思われないことに役立っていました。


「どうして建物を登記していねぇんだよ。それくらいはきちんとやっとけよ、くそじじいが、本当に!」


 彼女は怒りのあまりなのか不慣れな場所だからなのか、本来なら右に曲がる角をそのまま直進しました。すると、目の前には線路とそこを通せんばする金網に出会いました。そこは右折すれば済むだけの話ですが、その道は少し円形に遠回りするような道の流れになっていたので、どちらにせよ彼女を更にイライラさせるには十分でした。


「くそ、これで自宅を個人事務所にすることができねぇじゃねぇかよ。これじゃあ、コロナの休業要請外支援金貰えねぇじゃねーか!」


 駅の改札口を潜ったあとも、彼女の怒りは沸点から下を潜りませんでした。椅子に座るという考えも溶け落ちるくらい熱くなった頭から熱を出すために、熱をこもった独り言をしながらグルグルと同じところを歩き回っていました。その歩き回り方はソフトクリームの入り方のように綺麗なものだったが、冷たさはありませんでした。


「なんでその程度のことすらしてねぇんだよ。死んでしまえよ」


 駅のホームに電車がやってきました。しかし、それは各駅停車の駅には止まらない急いだ電車であり、彼女をせせら笑っているかのように風を吹かせて通り過ぎていました。しかし、彼女はそんなことなどお構いなしに自分の暑い世界に入り浸っていました。


「くそ、もう死んでいるか。何回でも死んでしまえよ、あのカス。生きてるときも迷惑ばかりかけて、死んでからも迷惑かけるのかよ」


 その次の電車も来たが、それも通り過ぎて、彼女も気にしていませんでした。駅のホームには他に3人しかいませんでした。その各々が他人に興味なくスマホをいじっているだけで、そのスマホが熱をこもっていることにも興味がありませんでした。


「ほんま最悪やわ。顔を思い浮かべただけでも腹立つ。せっかく死んでくれて清々しているのに、こんなところでも邪魔しやがって。どんなに人に迷惑かけたら気が済むねん、あのくそじじいが」


 ついに電車が止まりました。しかし、彼女の怒りは止まりませんでした。電車の中は冷えていました。しかし、彼女の頭は冷えていませんでした。電車は動き始めました。彼女は動き続けました。


「あとは建物の不動産登記簿謄本さえ手に入ったら申請の資料が全て揃ったのに、あとは登記簿謄本だけだったのに、それが手に入らないから今まで作成した資料が全て無駄になった。そのために費やした時間やお金をどうしてくれんねん。今までの努力が全て無駄になったやんけ、くそ」


 空席が目立つ車内で座らずに立ち続ける彼女は奇異な目で見られていました。いや、歩き続けていることがその理由でしょう。しかし、彼女には周りの奇異な目を気にする余裕も理由も全くなかったのです。


「しかも、よりにもよってあのくそじじいのせいで無駄になったというのが余計に腹立つ。自分のせいだとかじじい以外の誰かのせいだったら百歩譲って我慢できるかもしれないが、この世で一番嫌いなくそじじいのせいだというのが我慢できない。何やねんあのくそじじい、腹立つ」


 いろいろな人が乗り降りをする電車の中で、1つの考えが乗り続けている彼女の頭でありました。どんなに冷やそうとしても冷えない彼女の頭は、季節を間違えて暖房をつけているのではないかという勢いでした。しかし、そのことがわかるのは当人ではなく周りの人でもなく、神の視点のみでした。


「訳の分からんことにぐちぐちを言う暇があれば登記ぐらいしとけよ、くそじじい。お前のせいでお金貰われへんねん」


 彼女の乗る電車が彼女の家の最寄駅にそろそろ着こうとしていました。しかし、彼女の持つ怒りは未だに落ち着こうとしませんでした。彼女は未だにブツクサとぼやきながら歩き続けていました。


「そもそも、死ぬタイミングも最悪やねん。もっと早く死ねば相続手続きで登記してないことがわかってお父さんが登記するとかできたのに、つい先日死んだばかりだからまだ相続の手続きできてないねん。今から登記しようとしても時間がかかるねん。支援金の申請期間は今月までやねん。間に合わへんねん。死ぬタイミングも最悪やな、あのくそじじい。さっさと死んどけよ、あのクソボケカス」


 彼女が電車から降りたあと、乗客たちは少し彼女を見たあとに自分のスマホに目を戻していました。実は乗客たちは彼女の存在に対して少し嫌悪感を持っていたのであり、それがいなくなったことに安堵感を持ったのであります。しかし、それは所詮はスマホから少し目を上げる程度のものであり、次の駅に着いたらもう忘れる程度のものでした。


「ほかの人は貰えるのに私だけが貰えない。それだけでも腹立つのに、あのくそじじいのせいだと考えたら、ほんまにもう、泣きそうになってきた」


 未だに怒りを忘れることができない彼女は駅のホームから階段で潜ったあとに改札を出ました。そのまま左折して車一台が限界の道を歩いて、家に向かっていきました。未だにブツクサと怒りで頭を熱くしながら、炎天下を歩いていました。


「史上最悪のくそじじいが」


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