男が髭を伸ばす理由。(1)
東新町立花接骨院の閉院時間は19時である。
現在18時50分。
カランカランッ。
接骨院のドアベルが慌しく音を立てて、髭面の男性が来院してきた。
「院長、まだ診てもらえるかい?」
「山下さん、こんばんは。もちろん大丈夫ですよ。今日はどうなさいました?」
男の名は山下。
近所に住み、在宅でウェブデザイナーの仕事をしている。
「最近、仕事が忙しくてずっとパソコンいじってるから首肩がバッキバキなんだわ。だから今日は自費診療でメンテナンスお願いしたい。」
「承知しました。それでは早速拝見させていただきたいので、ベッドの端に腰かけてください。」
山下は院長に言われた通り診療ベッドの端に腰を掛けた。
「では山下さん、首を前後左右に動かして、最後に左右に回旋してみてください。・・・・次に両腕を上げて万歳の姿勢をお願いします。」
院長は山下の後ろに回り、首、肩、肩甲骨の動きを観察する。
「なるほど。大体わかりました。ではうつ伏せになってください。早速始めていきます。」
院長に言われた通り山下はうつ伏せになった。
「首の下の方の筋肉がだいぶ固まってしまっていますね。その為、首の動きに左右差が出ているだけでなく、肩甲骨の動きも悪くなっているようです。そのあたりの症状を改善するようにほぐしていきますね。」
「頼むわー。」
院長は山下の首、肩、背部を軽くさすりながら手技を始めていく。
「そういえば院長って髭の手入れどうしている?」
手技を受けながら山下は院長に話しかけた。
そう、東新町立花接骨院の院長は顎髭を生やしている。
「私はそれほど髭が濃いわけではないので、週に一度長さを整える程度ですよ。それより山下さんはどうしているんですか?かなり髭が濃いように見えますが。」
「俺の両親の生まれが九州だから濃いんだよ。高校生くらいの時にはもう生え始めていたくらいだよ。ガキの頃は剃るのが面倒くさくてねー。手入れに関しては伸ばしてしまえばそこまで苦ではないかな。」
「そうだったんですね。髭歴の年季が違いますね。それに比べると私なんてまだまだ若輩者ですよ。なぜ髭を伸ばし始めたんですか?」
「そりゃやっぱり、渋い男になりたいからだよ。」
「若い頃から伸ばしてたんですか?」
「若くして伸ばしてもよかったんだけど、背伸びしてる感じが出ちゃうからねー。だから30歳過ぎてから本格的に伸ばしたってわけだよ。渋みは30代以降の特権だよ。」
「やけに渋さにこだわりますね。どなたか憧れている人でもいるんですか?」
「理由なき反抗。」
「え?」
次回更新は8/6(金)19時です。
空き時間にサクッと読めるよう、1000文字程度で更新していく予定です。
お暇な時にでも目を通していただけたら幸いです。