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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第一部 魔女と聖女
9/54

8.昏い喜び

 クレメントが屋敷を訪れたのは、婚約破棄騒動から三日が過ぎたころのことだった。その日は、朝から大粒の雪が重たそうに降っていた。

 彼はサロンに入るなり、人払いをした。


「大変なことがわかった。――ジルベルトたちには術がかけられていたのだ」


 クレメントは、顔を寄せるようにして小声で言った。


「術ですか?」

「ああ。魅了の術だ」


 私は、スピカに傾倒していた子息たちの様子を思い出し、すとんと納得した。

 ジルベルトとはここしばらく話をしていなかったけれど、少なくとも、兄のシャルルはあのような人物ではないと不審に思っていたからだ。


「納得したような顔をしているな」

「――ええ。皆さん、聡明な方ばかりだったのに、人が変わったようでしたから……。それで、術は解けたのでしょうか?」

「いや、まだなのだ。術がかかっていることはわかったものの、肝心の解呪方法がわからぬ。というのも、魅了の術というのは、愛の魔女が使うとされるものなのだ」

「でも、愛の魔女は、氷の魔力を持つのでは?」

「ああ。どのようにかけているのかもわからぬし、そもそも瞳の奥に花びらの形の光が出ることが特徴だとしかわかっていない。もちろん、誰がかけたのかも」

「――ディディエ嬢ではないのですか?」


 つい棘のある声色を出してしまった。胸のうちに昏い嬉しさが芽生えるのを感じた。


「状況的にはそうだとしか思えないのだが――。ディディエ嬢は否定している。また、王家に伝わる魔法で、嘘を見抜くものがあるのだが、偽りはないようだ。恐らく、彼女自身が己の魔力に気づいていないのだと思う」


 クレメントは悔しそうに言った。


「まもなくシャルルも戻ってくるだろう。騒動を起こしただけではこれ以上とどめておくことはできない」

「――そうですか……。お兄さまが戻ってくるのは喜ばしいですが、解決に至らないのは不安ですね」

「ああ。――そして今後のことだが……」


 クレメントが緊張した面持ちで切り出した。

 不自然に言葉を切ったかと思うと、彼は、紅茶を一気に飲み干した。紳士然とした普段のクレメントからは考えられない様子に困惑していると、彼は、ひとつ大きく息を吐き、それから私をまっすぐに見つめた。


「……私の伴侶になってくれないだろうか」


 それは、予想もしていなかった言葉だった。


「わたくしが、クレメント様の――?」

「ああ。先日のことで君の名誉は傷つけられてしまった。ジルベルトとの婚約は解消になるだろう。もちろん、こちらの有責だ。だが、君が長い間、厳しい王子妃教育に身を捧げてくれたことはわかっている。複雑かもしれないが、王室に嫁いではもらえないだろうか」


 そう言うと、彼は頭を下げた。

 私がなんと答えていいかわからず、身じろいでいると、クレメントは顔を上げて、まっすぐ私の目を見つめた。

 そのとき、ひゅう、と廊下の冷たい空気が吹き込んできた。わずかに開けられていただけの扉が、乱暴に開かれたのだ。


「フルールさんが、わたしの義理のお姉さまになるんですか?」


 場違いに明るい声に、私たちは驚いて振り返った。

 そこには、にこにこと邪気のない様子で笑うスピカと、凍てついた視線を投げかけるジルベルトが立っていた。


「――兄上をたぶらかすのはやめてもらおうか、魔女め」


 ジルベルトは、私を強く見据えて言った。


「それとも、以前から兄上に想いを寄せていたとでも? ああ、以前温室で密会していたのを見たことがあるぞ」


 ジルベルトは、く、く、と昏い笑みを見せた。


「ジル! ディディエ嬢、なぜここにいるんだ」


 クレメントが慌てて扉のほうへ向き直る。護衛の騎士が申し訳なさそうな顔をしている。王子が来たのであれば、たしかに止められなかっただろう。


「兄上がこの女の元へ行ったと聞いたので。それにしても、兄上、彼女に求婚するなど血迷いましたか。それとも、怪しげな術でもかけられているのか」


 ジルベルトは燃えるような目をして捲し立てた。


「きっとそうです……。お城でたくさんの人に、わたしがジル様やみんなに魔法をかけているって言われたんですけど、わたしにはそんなことはできません。きっと、それもフルールさんの仕業なんです! わたしのことが気に入らないからって、ぬれぎぬを着せるなんてひどいです……」


 スピカがぽろぽろと涙をこぼすと、ジルベルトは愛おしげに彼女に寄り添い、私に厳しい目を向けた。


「何度も申し上げているはずです、兄上。その女こそが魔女なのだと。今もあの悪魔は肩の上にいる。王太子になるあなたの伴侶としてふさわしいわけがない」


 騒ぎ続ける二人をなんとか連れ出すと、申し訳なさそうにしながらクレメントは馬車に乗り込んだ。

 去り際に、彼は私のほうへ歩いてきた。


「君は今、ほっとしているか?」


 そう尋ねる彼は、どこかさみしげな表情をしていた。私が首をかしげると、クレメントは「考えておいてくれ」と耳打ちしてほほ笑んだ。


 ジルベルトにエスコートされていたスピカが振り返る。そして、にんまりと笑った。


 その夜、雪は降り止むことがなかった。


本日中に完結します。あと5話更新予定。



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