20.実らぬ初恋
さらりと終わらせるつもりだった後日談が長くなったので、第二部と変更しました。
第二部はあと数話で終わりです。
「私ならおそらく、ジルのことはもちろん、君のことも助けられた。でも、それをしなかった。ーー王太子である自分の命を守るほうを優先したのだ」
「そんなの……。当たり前のことではないですか」
「ああ。王太子としては正しい行動だった。ーーだが、家族や愛しいと思う人をそうして切り捨ててしまえる自分のことが、だんだん怖くなった」
クレメントはそう言うと項垂れた。
フルールはふと、自分の目覚めが、彼を追い詰めたのではないかと考えた。
あのとき魅了魔法にかかっていたジルベルトは気づかなかっただろう。
けれども、自分ならば、クレメントなら助けられたと、そう気づく可能性があり、ーー現にふと気づいてしまったのだから。
「だから、わたくしに執着するふりをなさったのですか?」
「ーーそれは違う! 君を妃に迎えられたらと、ずっと子どものころから思っていた。ジルと君の婚約がなかったことになり、申し出たのも自分の気持ちに従ったからだ」
「でも、クレメント様らしくなかったですもの」
フルールが言うと、クレメントは悲しそうに笑った。
「君に執着して追いすがる僕は、みっともなかったかい? だから幻滅した? それとも、今まで一度だって僕にチャンスはなかった?」
「わたくしは……」
フルールは言い淀んだ。
ジルベルトに婚約破棄を告げられ、失意の中で何度も手紙をくれたり、連れ出してくれていたとき。あのとき、確かに、心のなかに育つ芽があった。けれども、それでも。
「以前もお伝えしたのと同じ答えになってしまいます。ーーわたくしは、あなたをお慕いしています。殿下の優しいところも、もともと才覚がおありなのにそれでも尚、努力を重ね続けていることも、尊敬しているのです」
「それなら……」
「政略結婚であるならば喜んでお受けいたします。けれども、今のわたくしの気持ち一つでお答えするならば、……お受けできません」
クレメントの瞳が揺れた。
温室には燦々と日が落ちてきていて、彼の瞳の奥だけが深く陰っていた。
「なら、ジルのことはどう思っている?」
クレメントは昏い目をしたまま、口元だけを笑みの形にした。
「ーージルベルト様は、困った方です」
フルールの言葉に、クレメントは意外そうな顔をして眉を上げた。
「後先考えずに飛び出してしまうことが多いです。わたくしが何を言っても嫌わないか試したかったのでしょう、幼いころはいつも不機嫌そうで、嫌な言葉ばかり投げかけられました。ーー学園に入ってもいっこうに親しくはしてくれませんでした。
挙句の果てに、婚約破棄です! ……魔法のせいだとわかってはいても、胸が張り裂けそうでした」
フルールは一息で言った。話しながら、自分は思いのほか怒っていたのだと、悲しかったのだと改めて気がつく。
「嫌いになれたらどんなにいいのでしょう。ーーでもわたくしは、意地悪を言いながらも、わたくしの好きなものばかり用意してくれていた彼のことや、家族に会いたいと部屋を抜け出して礼拝堂で倒れていた彼の姿を思い起こすと、……やはり離れがたく思ってしまうのです。
わたくしのこの手で、あの人を笑顔にして差し上げたいと」
「ーー君は、ジルを好いてくれているんだね」
クレメントが聞き、フルールは顔を赤くし、それから頷いた。
「……だ、そうだよ」
彼の瞳にもう翳りはなく、彼は残念そうに笑うと肩をすくめてみせた。その後ろには、ジルベルトが立っていた。




