18.棺
「ーーフルール……!」
先に駆け寄ったのは兄だった。
そこは暖かな光の差し込む温室であった。国では見たことのない、いかにも南国といった雰囲気の花々が植わっており、装飾もわが国のものとはまったく別物だ。
その奥に硝子の棺のようなものが置かれており、ーーフルールが中で眠っていた。人形のように整った顔に生気はなく、くちびるまでも真っ白で、まるで悪夢を見ているような情景に僕の足は止まった。
兄は、棺の中で眠る彼女に追いすがると、長年かぶってきた王太子としての仮面を脱ぎ捨てて、さめざめと泣いた。
木漏れ日の中に眠る彼女と、跪いて涙を落とす王子。あまりにも美しいそれは、まるで物語の一場面のような光景で、ーー僕は疎外感を覚えた。
ふと、アンリと、見たことのない金髪金目の少年と、赤髪に褐色の肌を持つ大柄な男が気まずそうに立っているのに気がつく。さらにその後ろには、黒髪の不遜な雰囲気の少年。
僕には一体何が起こっているのかまったく見えずにいた。
王子妃候補が誘拐されたというのは、彼女のためにも秘密にしなければならなかった。彼女の居場所に当たりがつき、父である陛下に使者として選ばれたのは僕とドニだったが、ーー気がつくと船には兄まで乗り込んでいたのだ。
「王位継承者が揃って国外に出るなど、あり得ぬだろう」
僕がそう言うと、クレメントはきっとこちらを見据え、結局ついてきてしまった。道中、僕はとても不思議な気持ちで兄を見ていた。
いつだって優秀な王太子としての振る舞いを続けてきた兄が、まるで別人のようではないか。
「ーー落ち着いてるんだな」
そう言ったのはドニだった。
「クレメント殿下のほうが取り乱しているのは意外だ。あなたのほうが泣きながらすがりつきそうなものだが……」
言いかけてから彼は、僕の顔を覗き込み、はっとしたような表情をした。
「ーー大丈夫か」
「なにが」
「その……」
ドニが言いよどむ。
「……なあに? 騒がしいわね」
そのとき、凛とした声が響いた。
入り口に立っていたのは、月光のような金色の髪に、空色の瞳をした美しい女性であった。
「フラヴィア王妃」
アンリが頭を下げる。
「そこの貴方、どいてくださる? その子は死んでなんかいないわ。魔力が空っぽだから眠ってもらっているだけよ」
王妃と呼ばれた女性は、呆れたように眉を下げると、クレメントをどかして、金色の縁取りがついた硝子の棺を開けた。その中から吹雪の夜のような冷気が一瞬吹き出し、消えていく。
「ーーわたくしは……?」
フルールが、とろりとした眠たそうな目をして身体を起こした。王妃は手ずから彼女の背を支えると、蝶々の形をした光に何事かを囁き、頷いている。
「フラヴィア様」
「よかったわね、魔力はもう戻ったみたいよ。ーーそれにしても貴女、ずいぶんたくさんの殿方に慕われているのね」
王妃は少し皮肉げに言い、僕たちやアンリたちをぐるりと横目で見やった。
フルールはぼうっとしているのか、あるいはなんのことかわからないのか、しばし首をかしげていたが、ふと目の前にクレメントがいることに気がついたようだ。
彼女の目が兄をとらえると、クレメントは感極まったようになり、まるでこちらの存在を忘れたかのように感情を顕にし、フルールを堅く抱きしめたのだった。
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