表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第一部 魔女と聖女
4/54

3.青の礼拝堂、光の泉

 馬車が雪道を進んでいく。

 さまざまなことがありすぎて、卒業した実感がない。寮生活はこの朝で終わり、屋敷に戻ることになっていた。カーテンの隙間から覗くと、雪原は夜空を映して青々と煌めいている。


 フルールは、ぐったりと座席に沈み込んだ。胸にぽっかりと穴があいていた。後からあとから涙が溢れてきて、くちびるを噛んだ。

 フルールの膝にはシュネーがまるまっていて、時折心配そうにこちらを見上げていた。





 ジルベルトとはじめて出会ったのは、八歳のころ。父について王城へ行ったときのことだった。

 山に囲まれたこの王国の中でも、城はひときわ高い場所にある。敷地は広大で、城と森を切り抜くようにして門に囲まれているのだ。


 私は庭園で遊んでいるように言われたが、蝶々を追いかけているうちに森に迷い込んでしまった。そして辿り着いたのは、一面に広がる瑠璃詰草のはなばたけ。そして、その中に佇む小さな礼拝堂だった。


 そこは静謐な空間だった。

 印象的なのは窓だ。大きな一枚窓ではなく、小さな窓がいくつも集まって、花のような模様をつくっているのだ。

 窓にはいくつもの小さな硝子がはめ込まれ、それらは一枚いちまいが絶妙に濃さの違う青色をしている。冬空のように凍てついた薄い水色から、深い海のような瑠璃色まで。

 そして、その色付き硝子を通して差し込む日の光が、大理石の床に泉のような光を作っていた。


 私ははっとした。その光の泉に沈むように倒れている少年を見つけたからだ。はしたなくもぱたぱたと駆け寄り、彼を抱え起こした。子どもの私でも、軽いと感じるような細い体をしていた。


 少女と見紛うような美貌に息を飲む。動けずにいると、固く閉じられていた瞳が、一瞬だけ開いた。

 朝焼けの、夜と朝の際の部分のようなすみれ色は、王と同じ色。彼こそが、幼き日のジルベルトだった。重い病に臥せっているという第二王子。


 少年の正体を推測し、どうしたものかと思っていると、その瞳からほろりと涙がこぼれた。消えそうな声で「かあさま」と呟いたかと思うと、彼はそのまま気を失ってしまった。

 後でわかったことたが、母や父に会おうと寝台を抜け出してきたらしい。ほとんど自室から出たことがなかったので、自身の住処とはいえ迷ってしまったのだろう。


 ジルベルトの小さな体は、こちらが不安になるくらいの熱を帯びていた。燃えるように熱くて、このままではこの子は死んでしまうのではないかと思うととたんに怖くなった。呼気からは花の匂いがする。これは、原因不明の不治の病の特徴ではなかったか。


なにかが、胸の奥からどろりとせり上がってくるそれは、目の前の子どもへの同情ではない。死への恐怖が、自分自身の生々しい感情として吹き出してきたのだ。

 そのときだった。唐突に理解した。

 私には、ここではないどこかで生きた記憶がある。



 そこは薬のにおいがする白い部屋だ。

 黒髪に茶色の目をした少女がきっと私。髪の毛は少年のように短く切られており、それが不満だった。寝台から動くことは禁止されており、いつでも身体に強い痛みがあった。

 恐らくなんらかの病だったのだろう。


 その世界での記憶はあまりない。

 自分の名前も、親の顔も、恐らく病気だったのだろうが、どんなふうに世を去ったのかも。


 目の前で苦しむこの少年が、かつての自分と同じだと気がついた。

 寝台から出られずに、同世代の子どもたちのように遊べない日々。思うようにならない体のもどかしさと苛立ち。言いようのない寂しさ。


 きっと彼が抱えているであろうそれを、少しだけでも一緒に背負ってあげたい。

 これまでに感じたことのない、慈しみの気持ちだった。かつて十五、六歳まで生きたであろう記憶がそう思わせたのだと思う。あるいは、過去を思い出したことで自分の中に生まれた悲しみを、彼と過ごすことで昇華できると感じたのか。

 いずれにせよ、はじまりは恋でも愛でもなかった。


 私は、彼の体を自分の膝に乗せるようにして、支えていた左手を離し、ふっと上に向けた。すると、てのひらから氷の蝶々が飛び出した。


「礼拝堂で倒れている子どもがいます」


 ひとこと、声をそう込めると、蝶々はふわりふわりと飛び去っていった。きっと父のところにたどり着くはずだ。この氷の蝶は、目指す相手のもとに届くと、声をとどけ、とろりと水になり、消えてしまう。――このころには、私は氷の魔法を目覚めさせていた。




 ネージュニクスは、山の合間にある雪に閉ざされた王国だ。季節は冬と春の2つしかなく、かつての記憶を取り戻したときはずいぶん戸惑ったものだ。

 ここでは一年の半分以上が冬だ。かつて暮らした国のこよみで言うならば、春はほんの三ヵ月。それ以外の時期は、程度の差はあれ、つねに雪と共に生きていかなければならない。


 伝説によると、神話の時代に、雪を司る女神シュネージュを頼って争いから逃れてきた人々が、敵の目を逃れるためにひっそりと築いた国だと言われている。


 今ではふつうに他国との貿易をしているけれど、それでも閉鎖的ではあると思う。この国では、ほかと違うことが歓迎されない。


 私の氷魔法もそうだ。

 魔法は基本的に4つに分けられる。水魔法、火魔法、風魔法、土魔法だ。それ以外の属性を持つものは稀にしかおらず、わかると人の噂の種になる。


 この国が大切にするのは調和だ。人はみな足並みを揃えて、ゆったりと生きていかなければならない。そういう風潮なのだ。


 だから、私の氷魔法を知った父は、水魔法を極めた結果、凍らせて使うことができる、と周知させていた。本当は逆で、私は氷しか扱えないのだけれどーー。


ーーー*転生者向け ネージュニクス王国 百科事典*ーーー


瑠璃詰草るりつめくさ


ネモフィラのような花で、葉の形はクローバーに似ている。すべてが四つ葉で、三つ葉を見つけられると幸せになると言われている。


・氷の蝶:


氷の魔力を持つものが使える魔法のひとつ。伝言に役立つが、だんだん溶けていくので遠距離では使えない。


ーーーーーーーーーーー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ