7.おとぎ話の中に。
「--あんた、自分のルーツは知っているか」
ジュールが訊いた。
手足を縛っていた縄は解かれており、フルールは寝台の上に背筋を伸ばして座り、温かいミルクを飲んでいた。
「フレージュ公爵家の娘ですが」
フルールはそっけなく答えた。ジュールは気にした様子もなく、ゆるゆると首を振った。
「その身に流れる血は、すべてネージュニクス王国のものか?」
「ああ、……そういうことですか。いいえ。
母方の先祖は、人魚の国から来たそうです」
ジュールの目が軽く見開かれる。
「フレージュ領は王国の玄関口ですから。
閉鎖的なこの王国では珍しく、様々な背景を抱える者が多いのですよ」
フルールが言うと、ジュールは納得したように頷いた。
「それならば、あんたには恐らく、サーブルザントの血が流れているな」
思いがけない言葉に、フルールは動揺する。
「まさか! そんなことは聞いた事もありません」
「古代の話だ。今から千年ほど前のことだからな。
だが、あんたのミドルネームであるルルという名や、その瞳の色、人魚の国にルーツがあることを考えると、間違いないと思う。
かつて、婚約破棄騒動で追放された女性だ」
「……公女ルルー?」
フルールが先回りして答えてしまったからか、ジュールは少し驚いていた。
「ああ。王家にだけ伝わる書物によると、魅了の解けた王子を連れて国を出たらしい。
その行き先こそが、人魚の国だったという」
フルールはおとぎ話の登場人物と自分との意外なつながりに舞い上がってしまった。
そんなフルールの様子を見て、ジュールは呆れたように眉を下げた。
「あんたって随分お気楽なんだな。
ふつう、こういう状況に陥ったら、泣くとか叫ぶとかするだろうが」
「あら。初めはもちろん怖がっておりましたとも。
--でも、あなたはわたくしの敵ではないと思ったの」
「なぜ?」
少年の金色の目に、剣呑な光が宿った。少々驚いたが、なんでもないように取り繕い、フルールは続けた。
「あなたが先ほどの方からわたくしを庇ってくれたから。--なにか事情があるのではなくて?」
フルールが聞くと、彼の瞳に困惑の色が浮かび、迷ったように揺らぐのが見て取れた。




