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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第一部 魔女と聖女
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幕間 愛の魔女の答え合わせ

 拝啓 クレメント・アンドレ・ネージュニクス殿下


 わたくしの持つ、すべての情報を記します。古い時代に失われてしまったのでしょうから。

 愛の魔女は、愛に生き、愛を操る力を持つ者のことです。どうしてこのような存在が生まれるのかはわかりません。あるいは、神々の遊戯なのかもしれませんね。




 それにしても、何からお話ししたら良いのでしょうか。


 まず、わたくしには前世の記憶があります。信じられないかもしれませんが、ここではない、別の世界に生きていたことがあるのです。

 そこには魔法も身分もありません。誰もが当たり前に読み書きをできる世界であり、貧困にあえぐものも少ない場所です。


 だからこそ、そこには多くの娯楽があります。……念のためお聞きしますが、ラーメンという言葉はご存知? もしそうならば、ここからしばらくの話は蛇足なので読み飛ばしてくださいませ。


(ああ、それにしても、ほかになにか良い言葉はなかったのかしら――)





 さて、ここを読んでいるということは、殿下はご存知ないようですね。


 想像もつかないかもしれませんが、わたくしが以前生きていた世界には、自分の思い通りに動かすことのできる物語が存在していました。

 自身が物語の主人公になりきって、その会話の内容や行動を決められるのです。選んだものによって、物語の結末が変わります。

 この国は、その物語の舞台に酷似しています。それは恋の物語です。


 雪に閉ざされた王国の学園で、平民から貴族になったばかりの少女が、数多の殿方と恋愛を楽しむ。そういった内容です。おわかりになりましたか?

 そう、スピカ・ディディエこそが、その物語の主人公なのです。





 かつての生について思い出したのは、ある夢を見たからです。

 それは妙に現実的な夢でした。確かに眠っているはずなのに、まるでその場にいるように、黴びたにおいも、裸足で立つ地面の冷たさも確かに感じるのです。


 朽ち果てた廃城の広間にわたくしは立っていました。灯りはほとんど落とされています。そこには、女がいました。醜悪な姿の黒い女です。

 枯れ木のような質感のやせ細った体で、顔を隠す黒く長い髪は手入れをされていないようでした。髪の毛の隙間から、かぎ鼻と、ギョロリと光る赤い目だけが見えています。

 あれは、邪神というものなのでしょうか。その女から、わたくしが愛の魔女であること、そして授けられた能力などを告げられました。




 朝、目を覚ますと、枕元で小さな黒猫がねむっていました。ですから、ジルベルト殿下が「悪魔の猫がいる」と言ったときは肝が冷えたものです。

 その夢が引き金になって、ゆるゆると過去のことを思い出していったのです。黒い女にとっては予定外のことだったかもしれませんね。




 わたくしは、ふと思い出した物語のことが気になりました。それは、かつての生で妹がひどく気に入っていたものです。何度もくり返し聞かされるので、すっかり覚えてしまっていました。

 けれども、思い出したときはぞっとしました。その物語では、大切な幼なじみが断罪される可能性があったのです。それを阻止するために、まずは、主人公となるあの女を探しに行きました。




 スピカ・ディディエの平民のころの暮らしぶりは物語に書かれていなかったので、はじめは空振りばかりでした。


 仕方がないので、平民を使って、自分の能力を試していました。

 魅了の術や、操心の術がどのような条件で、どんなふうに発動するのか、細かく実験を重ねていったのです。持続時間なども知りたかったのですが、それはまだ記録途中です。


(わたくし、前世では研究者だったのです)


 それからしばらくして、城下町で奇妙な言葉を話す女がいると聞きつけました。そこにいたのがスピカ・ディディエ。彼女にもまた、前世の記憶があるようです。


 どうしてわかったかというと、先ほど書いたラーメンという言葉。これは、向こうの世界にしかない料理の名前なのです。


 知能の低いスピカ・ディディエ。

 取るに足らない存在だと判断しました。それでも、念の為に、魔力を注いだ耳飾りを渡しておきました。なにかあったときに始末できるように。


 本当は、フルールがジルベルト殿下の婚約者になることも阻止したかったのです。でも、過去に戻ることなどできやしません。

 わたくしは、なるべくフルールからジルベルト殿下についてどう思っているかを聞き出すようにしていました。

 物語では“はずれ王子”を見下し、毛嫌いしながらも、自分の所有物のように思っていたフルール。でも、彼女はジルベルトに恋情を抱いているようでした。


 その時点でそもそもがおかしいのです。もしやフルールにも前世の記憶があるかもしれないと思い至りました。

 でも、勘違いだったときに不審に思われたり、関係が崩れたりするのがいやで、告げられませんでした。




 さて、愛の魔女には氷の魔力があります。そして、魅了の術を使う。これはご存知かもしれませんね。


 では、どのようにして魅了するのか知っていますか?

 とてもかんたんです。相手の心臓に種を植え付けるのです。氷でできた目に見えないくらい小さな種。


 わたくしがスピカ・ディディエに渡した装身具には、無数の魅了の種を仕込んでありました。それはすぐに発動するわけではなく、彼女の様子を見て、場合によって使うつもりだったものです。

 フルールを、ジルベルト殿下から引き離すために。




 入学してからの殿下の態度は、あまりにもひどいものでしたね。

 ご存知のとおり、フルールを徹底的に無視していたのです。彼女がどれほど胸を痛めていたか――。そして、どんな気持ちで厳しい王子妃教育に健気に耐えていたか……。


 本当は、殿下も苛立っていたのではありませんか?

 自分の得られないものをぞんざいに扱う弟に。あなたが長年、婚約者を持たなかったのは――。





 話が逸れましたね。

 そして、わたくしは計画を実行に移しました。スピカ・ディディエの性格を見るに、その物語の通りにことを動かそうとするはずです。


 ですから、わたくしは、装身具にかけていた封印をときました。学園の案内をしたとき、彼女の手に触れるふりをして。

 わたくしがするのは、これだけで良いのです。あとはスピカ・ディディエ自身の意思に沿って、耳飾りから魅了の種が打ち込まれます。

 たったそれだけで、スピカ・ディディエに嫌悪感を抱いていた殿方でも、すぐに彼女に夢中になってしまうのですから、愛の魔女の力というのは恐ろしいものですね。




 スピカがつねに装身具を身につける確率なんて低いだろう、と思ったでしょう? 実は、耳飾りそのものに魅了をかけていたのです。

 これを身に着けたくなるように。だから彼女は、いくら殿方に素敵な贈り物をされても、いつでも同じ耳飾りをしていたでしょう? コスモスの形をした、マゼンタ色の。




 重ねて申し上げます。わたくしの目的は、大切なフルールを救うことです。


 物語を通して、殿方がスピカ・ディディエに夢中になり、卒業の夜会で婚約破棄を行うことを知っていました。

 はじめはそれを回避するつもりでした。でも、ジルベルト殿下の態度を見て、気が変わりました。この物語を利用したらどうだろう。そう思い立ったのです。フルールはジルベルト殿下から解放されます。邪険に扱われて悲しむことはなくなるのです。

 もちろん、万が一にも、本当に罪を被せられないように目を配ってもいました。



 ちなみに、どうしてフルールが断罪されるかというと、ご存知の通り、スピカ・ディディエへの犯罪まがいの嫌がらせです。

 また、不満をくすぶらせていた令嬢たちが、勝手な行動を起こさないように情報共有をさせたり……。

 もっとも、彼女たちの不満は、フルールがうまくそらしたのですが。


 誤算だったのは、わたくしが思っていた以上に、フルールがジルベルト殿下を愛していたことです。彼女を泣かせるつもりも、傷つけるつもりもなかったのです。


 また、ジルベルト殿下がフルールに執着を見せたのにも困りました。婚約破棄を語っておきながら、彼女に会おうとする。

 もしや魅了が解けているのかと、ひやひやしたものです。


 わたくしは安心したかったのです。だから、スピカ・ディディエの、最後の封印を解きました。

 彼女には、学園ではじめて会ったときに、心を操る氷の種を埋め込んでありました。だから、あとは指令を与えるだけ。ジルベルト殿下がスピカ・ディディエの手を握ったら、短剣で刺し殺すように。


 でも、あんなことになるなんて、思わなかった。――思わなかったのです。






 わたくしの心は、子どものころから凍りついていると言われてきました。人にも、ものにも執着がありません。


 前世からそうだったのかはわかりません。

 記憶を取り戻した今のわたくしには、この身体に合わない魂が混じっています。とにかく不安定なのです。もしかすると、そのせいなのかもしれませんね。



 ブルゴーニュ伯爵家は、貴族にしてはとても温かい家庭だったと思います。でも、そんな家族についても特になにも思いません。

 恐らく、彼らが目の前で死んでしまっても、まったく取り乱さないくらいの異常さがあると自覚しています。


 そういえば、計画外のことに焦ることはあれど、恐怖や不安を感じたこともありませんね。

 そういう意味では、愛の魔女ではなくて、氷の魔女に名前を変えたほうがいいかもしれません。




 でも、フルールだけは別です。

 彼女の憂いとなるものはすべて壊したかった。


 それは、彼女が雪の聖女だったからなのでしょうか、それとも、サロメという人間の心そのものだったのでしょうか。あるいは、わたくしの前世の人格?


 彼女を意のままに操ろうと、魅了の術をかけたことがあります。だって、それが一番手っ取り早いでしょう?

 でも、フルールの体は、目に見えない薄い雪の膜で覆われていて、氷の種をいくら飛ばしても、かんたんに弾かれてしまい、彼女が魅了されることはありませんでした。




 ――ああ、こんなに長い手紙を書いたのははじめてです。ええと、それでは、大切なことをもう一度お伝えしましょう。


(あら、わたくし、事前にすべて書いていたかしら。なにしろ長い長い手紙ですから、抜けがあるかもしれません。どうぞお目溢しを)


 さて、愛の魔女には、氷の魔力があります。


 目に見えぬくらい小さな氷の種を相手に埋め込むことで、魅了の術や、操心の術が使えます。


 ものに氷の魔力をこめて贈ると、相手が氷魔法を使えることがあります。魔力譲渡とでも言えばいいのかしら。


 黒猫の精霊がともにいますが、恐らく誰にも見えないでしょう。


 命魔法を扱えるジルベルト殿下が聖女の精霊猫を見つけられたように、もしかすると、対になる魔力はあるかもしれません。


 魅了の術は、術者がいなくても解くことができます。ジルベルト殿下のように、一度心が粉々に壊れてしまえば。

 ただし、わたくしが実験した限り、それ以外に魅了を解く方法は、今のところ見つかっていません。




 なお、この手紙を書く前に、すべての人の術を解いてきたのでご安心ください。


 こうやって書き出してみると、愛の魔女というのは、あらためて恐ろしい存在ですね。知らぬ間に国の根底をゆるがされるなんてこともあるかもしれません。

 わたくしがそのようなことをしなかったことに感謝してくださいまし。もしも、スピカ・ディディエが本物の愛の魔女だったなら、きっと大変なことになっていました。



 そうそう! ジルベルト殿下の勘違いを正しておきます。


 愛の魔女の見分け方は「シュムックカッツェヒェン」ではありません。いえ、厳密にいうと勘違いではないのでしょうか……。猫の使い魔はいるわけですし。

 正しくは「シュムックケルプヒェン」です。これは古語で、コスモスの花を指す言葉です。


 わたくしの元に黒猫がやってきたとき、耳たぶにコスモスの形の痣が浮かび上がりました。まるで耳飾りのように。

 目立つものではありません。近くでよく見ないとわからない程度なのです。 


 もしかすると、雪の聖女にも似たような痣があるかもしれませんね。




 長々と書いてしまい、申し訳ありませんでした。別紙に、城下町で行なった魅了・操心実験の記録を添付しておきます。

 わたくしのような存在はきっとまた生まれます。そのときのために、どうかお役立てくださいませ。


 それでは、わたくしは最後に二つの始末があるので向かいます。ごきげんよう。



 追伸、

 そうそう、知っていて? フルールはあなたに惹かれはじめていたのよ。わたくしはあなたならと応援していたのに、気持ちを伝えないから。――この意気地なし。


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