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幸せの泉

作者: 雫

初めまして。私は木の妖精です。今日は『幸せの泉』という、私の友人の話をします。


森をしばらく行ったところに、その幸せの泉はありました。その近くで涙を流したものは幸せになれるという…そんな美しい話を持つ泉でした。


私は水辺の木の中から、よくその泉と話をしました。その泉はたくさんの話を持っていて、いくら話しても足りないほどでした。


私はときどき森をパトロールに行くのです。何日かに一度行くのですが、木が苦しそうだったら子守歌を聞かせたり、傷を治したりする仕事です。

ある日私は飛んでいる途中でカラスと当たってしまいました。カラスの体の方が私より大きいので、カラスに羽を折られてしまいました。

自分の羽を背中に背負うようにしてゆっくり歩いて泉の近くの木に帰ってくると、その泉は私に聞いたんです。


『いつも気持ちよさそうに飛んで帰ってくるのに今日はどうしたんだい?』


私は飛んでいるときにカラスに当たってしまったのだと答えました。

するとその泉は言いました。


『僕のそばで泣いてごらん。辛かっただろう』


私は泣きました。小さい妖精であったから大きな声ではありませんでしたが。


しばらく泣いたのちに、その泉と色々な話をしました。私が小さかった頃のこと、森のこと、友達との笑い話。


そして暗くなり、木のうろに入ってから気づいたのです。

自分の心が軽くなっていることに。羽はまだ痛かったけれど、でもその痛みもずいぶんおさまっていました。


そんなこともあって私はその泉は幸せの泉だと信じていました。実際そうなのだと思います。こんなに優しい友人に出会えたことが嬉しいな、と思うのです。


また別のある日のことです。森に女の子がやってきました。


「わ、本当にここに泉があるんだ…」

彼女はどこかで、森に幸せの泉がある、という話を聞いて探検に来たようでした。やがて彼女は泣き始めました。お人形さんがほしいようと言いました。


時間が経ち、辺りが暗くなって彼女は慌てて帰っていきました。


その泉は少し迷っていました。

だけど、結局叶えてあげることにした…というのは後で知りました。


2、3日経ち、今度は5人くらいの人が来ました。この前来た女の子とその家族です。

その女の子は片手に大きな人形を持っていたのです。


「おー。本当にあった。やっぱり言っていた通りだったんだな」


彼女のお父さんらしい人が言いました。

その家族は女の子を除いて、自分の、自分だけの願いを込めて泣きました。


また泉は迷っているようでした。


「願いはさ、わざわざあなたが全て叶えなくてもいいんじゃないの?大変そうだよ、毎日それじゃあ」


苦しんでいるその泉は見ていておらず、私はそう言いました。


『でもこれは僕の仕事だから…』


また泉は願いを叶えてあげることにしたようです。


また2、3日経ち今度は数え切れないくらいの人が泉に押し寄せました。みんな泣いていきました。でも、よく聞いてみると…。

お金がほしい。名誉がほしい。こんな仕事をやりたくない。頑張らずに業績を上げたい。


みんな勝手なことばかり、泉にお願いをしていきました。中にはお金を泉に入れてお願いしてゆく人もいました。その泉は汚れてしまうのに。たぶんそうは考えなかったのでしょう。


私は少し騒がしいなと思いつつ、パトロールに出かけました。そして空から下を見ていました。


すると森の近くに犬と一緒にいる女の子を見かけました。私は少しその子に近づきました。


その子は犬を撫でながら話していました。


「私は幸せだから、あの泉にお願いすることは無いけれど…だけど、みんなが仲良くなってほしいんだ…。あの泉さんだって大変だよね。毎日みんなの願い事、を聞かなくちゃいけないんだもの。本当にみんなが幸せになってくれたらいいよね…。幸せ…難しいけれど。ねぇどう思う?」

そう言って犬を抱き上げていました。


私はこれをあの泉に話してあげようと思い、パトロールを終え、自分が住む木に急いで帰りました。

そして、その泉の周りにはもう人が居ませんでした。

だけどその泉がとても疲れているのは見ただけで分かりました。


いつも底まで澄んで見えるのに今日は白っぽくにごって見えました。

また水のある部分がいつもよりも小さくも見えました。

「大丈夫…?」


私はそうとしか聞くことが出来ませんでした。そしてその泉は返事もはっきりと出来ないほどに疲れきっていました。


私はそっと水面(みなも)に行って人々が落としていったものや硬貨を拾って森の外へ持っていきました。

何回かそうしたあと私はその泉に、森の入り口で見た、優しい女の子の話をしました。

その泉は話を聞いた後、言いました。


『そういえば僕…まだ君に話していなかったね。』


私は首をかしげました。何の話か分からなかったからです。それを見ていたのかどうかは分かりませんが、その泉は話し始めました。ざっと書くとこんな感じです。


私は妖精で、たくさんの年数を生きていますが一つの場所でとどまっているのではなく何年かで場所を移動します。だけどその泉は違い、ずっと同じところで生きる運命(さだめ)を持っています。


私と出会うもっと前に、ある期間ずうっとその泉はひとりぼっちだったんだそうです。草も木も生えず、当然森はなく水たまりのように小さく土の中に生きていたのです。辺りは土でしたから今よりもずっと自分の大きさは小さかったよと、だから今は幸せなんだよとその泉は言いました。

そこへ1人の女の人が来ました。女の人はふとその泉に目をとめました。そして少し首をかしげ腕を組んで考えた後、持っていた包みから何か小さな物を取り出し、その泉の周りに黙ってまいていきました。

人と私たちのような存在のものたちが話せる時代(とき)だったので、

『ありがとう』

とその泉は言いました。

その女の人は微笑んだけれど、相変わらず口は開きませんでした。

「あなたはたくましいのね。すごい。周りがこんな、土ばかりであるのに…。自然の力ってパワーがあるわね」


その泉は確かにその声を聞きました。でもその女の人の口が動いていた訳ではなかったのです。

彼女は心でその泉に話しかけていました。彼女の心の声はそれはとても美しいものだったんだ、とその泉は言いました。


『声…どうしたの?』

その泉は尋ねました。

「小さい時に高熱で喉がやられてしまったの」


女の人は心で話していました。でも手は作業をし続けていました。

「ごめんね。聞きづらいかな?だけど、話が出来て嬉しいわ。みんなとは話せないんだけれど…。久しぶりに対話をしたわ。聞いてくれて本当にありがとう。私からもプレゼントをさせてね」

そう言って女の人は去ってゆきました。


それからその泉はひとりぼっちではなくなりました。その女の人は草や木の種をまいていったのです。

だから少しすると、その泉の周りはにぎやかになりました。みんな芽を出すたび、


「初めまして。こんにちは」

そう言って太陽の光が眩しそうに、また楽しそうにしながらその泉に話し掛けてくれるようになったんだそうです。

人に何かしてあげたい。1人ではないとあの女の人が、‘人’が知らせてくれたから。とその泉はすごい嬉しそうに話しました。


だから恩返しがしたいとそんなことも言っていました。

その想いがどこかへ通じたのでしょうか。その泉は『幸せの泉』と呼ばれるようになったのです。


私がその話を聞いた後何日も人は来続けました。


泉はだんだん細くなっていきました。だけどこの前と違い、水を透明に、蒼にしていこうと強く思っているのか水の色はにごってはいませんでした。かえってそれが私にとっては心配でした。


そんな日が続いて、その泉はつぶやきました。

『僕は…人に何かしてあげたかった…。君が言ってくれた…話の女の子にも…感謝したいな』

とても声がかすれていました。


次の日、久しぶりに人形を抱えた女の子がやってきました。女の子はその泉の近くでびっくりしました。

「あんなに綺麗で大きかったのに…」

私は、この子が始まりだったんだと気付くと怒りがこみ上がってきました。何か言ってやりたいなと睨みつけようとして、私は草の後ろではありましたがその女の子の後ろにいました。


そこへ彼女の後からもう一人女の子がやってきました。この前私が見た、犬に話しかけていた女の子でした。犬も一緒にいました。

この2人は知り合いかな?と考えるのは容易なことでした。


「ねぇ…私が初めて来たとき綺麗で蒼かったんだよ。今こんなになっちゃった…。それに…なんだか小さく見えるよ…」


人形を持った女の子がそう言いました。

そして2人で泣き始めたのです。


「ごめんね。ごめんね。」

と言いながら。


犬は静かにその泉の水をなめていました。まるで…きれいにしてあげたいな、と言うように。


そして…犬を連れた女の子は言いました。


『幸せの泉さん…あなたが泣いて下さい。私たちが泣いてもあなたの傷は痛いままなのでしょう。じゃあ私たちが居るとおじゃまかな…。ごめんなさい』

そう言って人形を持った女の子と一緒に帰っていきました。


私はその泉が、人のためにしてあげたいと言った意味が少し分かるような気がしました。


そして…その日の晩、静かにそして大きくその泉は泣いたのです。


音は全く聞こえませんでした。でも水面がぶるぶる震えていました。風は全くない日でしたが。その水面で波を打っている満月が映っていたのをはっきりと覚えています。


私は泉の近くで膝を抱えて見ていました。心配ではあったし、もしそのとき泉の近くに人や誰かが来たらさりげなく離れてもらおうと思ったからでした。



そして…あれから泉の周りにあまり人が来なくなりました。だけど来ると花や話をして置いていってゆきました。そして、ときどき女の子たちもやってきました。ときどき畔で遊んでいったりもしていました。


その泉はまた水をひたひたにして今もずっと居るのです。

水は底まで見える色になり、その泉は生き生きとしてきました。

私がパトロールしているとき空から手を振るとにこっと返してくれるんです。


その泉も人も、またひとつ何かを知ったようでした。


あれから人の笑顔がもっと素敵に見えるような気がしたのは私だけでしょうか…?


2008年9月に作り上げた作品。

高校の文化祭のときに発表した作品です。

どこかに保存しておきたくて今回記載。

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― 新着の感想 ―
[一言] 雫さん、初めまして。 とっても素敵なお話ですね! 私はとくに心で泉さんに話しかけた女性のところに感動しました。それと語り手の妖精さんの泉さんを見守る優しい目にも。この世界もこんな素敵な場所…
2020/10/28 11:58 退会済み
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