富永病院での講演〜1
富永病院での講演当日
午後5時45分に山本先生が迎え来てくれた。
エレベーターを上がり会場になるリハビリ室の前に立つ。
一瞬の緊張が走る。
「みんな沢山集まってますよ、セラピストだけで無く看護師さんも多く居ますので」
扉を開けると30人程が既に着席をし僕を迎え入れてくれた。
どうも1008号室の河野ですから始まり少しの世間話で笑いを取れた。
用意した原稿をなるべくみんなの顔を見ながら話し始めた。
『僕は3月27日脳卒中になりました。
朝起きると何故か左手が痺れていました。
寝違えたかと思い気にもせずトイレに行こうと立ち上がり三歩進んだところ
急に左半身の感覚が消えて無くなり転倒しました。
僕は最初にろれつの回らなくなってきた口で勤務先の社長に電話して状況を報告をしました。
「そんなんいいからすぐに救急車呼べ!」と叱責され
たまたま夜勤明けで帰宅したばかりの息子に叫び119番に掛けてもらいました。幸い5分とかからず来てくれ僕の状態を見た救命士さんは「あかん富永いこ」と判断し、その日のうちに入院しました。
最初の二日間は夢を見ていました。
それは入院してる僕にいろんな人が訪ねてくる夢です。
僕はぼんやりと
「長い夢やなー早く覚めたらいいのに」
と思っていました。
三日目になりそれが現実だと知り絶望しました。
当時は死ぬ事しか思いつきませんでした。
今なら理解出来るのですが高次脳機能障害になりまず感情のコントロールが出来なくなりました。
頭で言葉は浮かぶのですが口に出そうとするとそれはバラバラと崩れていきました。
左麻痺のせいでしっかり発音出来ず意思はほぼ伝わりませんでした。
お見舞いにいらして下さったお客様方に
「すみません」
と謝る度にまるで子供のように声を出して泣いていました。
入院してから5日は30分毎の血圧と24時間の点滴そして下半身にはチューブがずっと付けられていました。
6日目にチューブを取ってもらい看護師さんを呼んでトイレに連れて行ってもらいました。
当然成人してからそんな記憶は無く
とても恥ずかしく情けなかった思いがあります。
当時車イスに乗り移ることはもちろん立つことが出来なかったので全ての行動はナースコールを押してからでした。
だんだんと呼ぶのが申し訳なくなり卑屈になっていったイメージがあります。
それでも不安で動きたくて自分がどれくらい動けるか試したくて何度も転倒しその日から転倒防止スイッチを付けられました。
少しでも頭を持ち上げると音がなって看護士さんが何度もやってきました。3日ぐらい経ち漸くそれが頭を上げようすると鳴るんだと理解出来ました。
毎日何度も挫折を味わいました。
2週間が経ち急性期病棟に上がり自由度は上がったのですが
その分不安度も増しました。
いろんな看護師さんセラピストさんがいらしたのですが
印象に残っているのは目を見てくれること笑顔を向けてくれること何より名前を呼んで自分の存在を認めてくれることが嬉しかった記憶があります。
一週間もせず回復期病棟に移りました。
病気を発症してからの記憶はほとんど無くただ映像とイメージだけが残っています。
やっと高次脳機能障害も改善され初めて1脳卒中患者ではなく1人の人間として自分自身を認識できるようになりました。
皆さんのお陰でもう一度人生をやり直したいと思えるようになりました。入院中の生活は本当に親切で明るく希望をもった生活でした。
ただやはり不安はあります。
ほとんどの人は脳卒中になることが初めてだと思います。
僕は毎日希望と絶望を交差させながら日々を過ごしています。
少しでも良くなったところを探そうと必死になって昨日より動いた箇所を毎朝探します。
それをセラピストさんたちに報告して凄いとか喜んでもらえるのが何よりの希望
安心そして喜びになります。
もし皆さんが少しでも迷っていること
例えばその患者さんへのリハビリ方法であったり回復度合いなど
もしあるなら出来たらそれは患者さんには見せないであげて下さい。
皆さんは僕たちにとって未来を創り直してくれる希望の存在です。
誰に言われるより変化を見つけてくれたら嬉しいし自信がもてます。
だからどんな時でもプラスの言葉そして患者さんを誉めてあげて下さい。
それだけでやる気が保てるのです。
明日生きる意味が持てるのです。
誰も脳卒中になりたくてなった人は1人も居ません。
でもそうなってしまった事をそれぞれ受け入れながら毎日を過ごしています。
一日何人もリハビリをこなす中
皆さんがルーティンに感じてしまったり自分のリハビリを疑問に思ったり
時には退屈に感じてしまったとしても今日のその患者さんにとっては大切な初めてのリハビリです。
だから1つ1つを大切に自分を信じて患者さんにリハビリしてあげて下さい。
それが僕たちの未来と生き甲斐になります。
皆さんは人の将来をもう一度創る事の出来るとても素晴らしい仕事です。
これからも常にいろんな人達と接して大変な仕事ですが
どうか患者さんたちのこれからをリスタートさせてあげて下さい。宜しくお願いします。
そして僕はやっと今脳卒中になって良かったと思えるようになりました。
それはもちろん自分を信じて皆さんを信じて必ず復活すると思っているからです。
今までの10倍ありがとうと言う回数が増えました。
寝たり起きたりご飯を食べたり今まで当たり前だった事に改めて感謝できるようになりました。
周りの皆全てに健康で居て欲しいと思うようになりました。
働ける事の素晴らしさを実感しました。
僕は料理人です。
料理と言う仕事はありがとうと言ってもらえてお金も頂ける素晴らしい仕事です。
これからも料理人として復活するために全力でリハビリに取り組みます。
本当に皆さんの存在仕事に感謝します。
ありがとうございます。』
静まった会場に大きな拍手が起きた。




