アルテミス・オルビス
最後に振り絞ったアテナの魔力は強い光を放った。目を覆ってしまいたくなるほどの眩しさに視界を塞がれてしまったが、それでも逸らすまいと最愛の人の勇姿を見届けた。
「アテナ!!!」
光が弾けキラキラと美しい光の粒が降る中、華奢な背中がはっきりと目に映る。
「え?」
その背中に流れる髪の色は今まで見てきたものではなくなっていた。熟れた桃の様な甘い色の髪が、まるで全ての星々を集めたかのようにキラキラと輝く美しい月白でそのあまりにも神々しい姿に目を奪われて離せない。
時を止められたかのように見つめていたアルテミスだったが、魔力の限界を迎えゆっくり傾き始めたアテナの姿にはっと我に返り急いで身体を受け止めた。
外傷も無く、呼吸もしているし脈も問題ない。気を失っているだけのようで一先ず安心し、ホッと息を吐いた。
それにしてもなぜ、髪の色が...。膝の上で眠る姉の少し違和感のある色の髪に触れる。とても柔らかく癖のあるふわふわしたクセ毛の感触は変わる事はなく少しだけ安心した。
そっと前髪を撫で上げ、額に口づけを落とす。
俺はアテナが好きだ。この感情が家族に対してのものではないことに気がついたのはもう随分と昔の事。幼い頃から化け物と陰で言われ周りから恐れられていた俺は傷付いていた。悲しかった。でも泣くのはカッコ悪いと思った。だから、強く在ろうと誰の前でも泣く事はなく何でもないように振舞っていた。
家族だけは俺を怖がらず大切にしてくれていた。誰と差をつける事なく只々息子として、弟として接してくれていた。だからだったのだろう。幼い頃、一緒に寝ていたベッドの中では弱くなってしまった。耐えられなくなった日は隣で寝るアテナに聞こえないように声を押し殺し、泣いていた。それなのに、聞こえないようにしていたのに...いつもは大きな声で起こしてもなかなか起きないアテナはそんな時に限ってなぜか気が付き何も言わず、背中に手を当てて優しく撫でてくれるのだ。
アテナはいつも俺の味方だった。どんなに厳しい訓練も励まし合い共に乗り越えてきた。腹立たしい事があれば自分の事のように腹を立ててくれた。嬉しい事があれば一緒に、寧ろ俺以上に喜んでくれた。傷付いた時には悲しみを分け合い、そっと手を握ってくれる。その手の温もりに何度も守られてきた。家族といる時とはまた違う、アテナといると妙に落ち着かないこそばゆいこの感情が恋だと知る事は難しくはなかった。だから俺はアテナに弟と言われることが嫌だった。当たり前だけど、男として見てないことをはっきり言われているみたいだった..。
姉弟なのにおかしいだろうか。いや、どう考えてもおかしいだろう。姉弟での恋など許されるはずがない。でも、もう無理なのだ。どんなに美しく着飾った令嬢達より汗を拭い泥だらけになりながらも剣を振るうアテナの方が美しいと感じる。ダンスやエスコートで誰の手を握ろうともアテナに手を握られた時の安心感に勝るものなんてなかった。どんな声で名前を呼ばれてもアテナに名前を呼ばれる時ほど胸が高鳴ることなんてない。俺の中心にはいつもアテナがいる。もう自ら離れる事は出来ないだろう。きっといつか相手を見つけて俺を置いて行ってしまう。離れなければいけなくなる時が来るのだ。だからせめて今だけは隣に居させてほしい。いつかこの場所は君を守ってくれる誰かに譲るから。だからどうか今だけは俺の隣で笑っていて。君を守らせてよ。
そう思いながらも、君に愛する人が現れない事を祈ってしまう酷い俺をどうか許して欲しい。この想いは君に伝える事は叶わないけどいつか知って欲しい。アテナ、君を愛してる誰よりも。
アルテミスは額から唇を離すと眠るアテナをそっと優しく抱きしめた。
「.....ん...んん」
耳に届いた声にサッと伏せていた顔を上げた。
そうだ、子供達はどうなって......
声の聞こえた方向、子供達の寝ている場所へと視線を移すとアルテミスは驚愕の表情を顔に浮かべた。