出会うまでのカウントダウン3
出来るだけ平らな所を見つけると転送魔法で部屋にあったシーツと薬草、タオルに水を飲むためのコップや子供達がとりあえず羽織れる服など必要なものを取り出した。まずシーツを下に敷くと子供達をゆっくりとおろす。
アルが川の水を浄化して、子供達に飲ませてくれている間に薬を調合する。まずは皮膚の火傷を何とかしなければ。魔獣の瘴気以外であれば無属性の治癒魔法で薬は作れる。出来上がった薬をまずは一番手前でみんなを守るように座っていた子から塗ることにした。
「背中に薬を塗らせてね。」
「はい.....っっう」
「しみるよね。よく耐えたよ。偉い。」
大人でも呻くほど、しみて痛い筈なのに声を上げずに耐えている。この子はとても我慢強い子なんだ。小さい頃の弟と重なり、クセでそっと頭を撫でてしまう。
「お前達この怪我はどうしたんだ?」
「えっと....」
「あのシスターにやられたのか?」
後ろからアルと子供達の会話が耳に届いた。思わず振り返ると、子供達は恐る恐るアルの質問に頷いている。アルテミスは悲痛な面持ちで子供達の顔を眺め、ゆっくりと抱きしめた。
「よく耐えたな。痛かっただろ?怪我治してやるからな。」
「お兄ちゃん達は僕たちの事気持ち悪くないの?」
「ああ。気持ち悪くない。お前達は気持ち悪くなんかない。」
「そっかぁ.....っうっううわーんっ」
子供達はアルテミスにしがみつき大きな声で泣き始めた。その様子を見て思わず溢れた涙を拭い、再び治療中の子供に向き直る。恐らく、アルが目にしたものは....
「少し袖を捲ってもいい?」
「.....はい。」
袖を捲ると案の定何かで打たれたような痣がいくつもあった。新しそうな傷から古そうな傷まであり日常的に暴力を振るわれていたことが分かる。それに、肉付きが良いとは言えない身体。きっとご飯もきちんともらえてなかったのだろう。我慢強さも暴力を振るわれる日々で身に付いたものだった。痛みに耐えることに慣れていただけだと知るとあまりにも不憫でまた涙が溢れる。私はこの子達を沢山たくさん抱きしめてあげよう。優しく怪我が痛くならないようにそっとそっと抱きしめよう。
ジャリッジャリッジャリッ
こちらに向かって駆け寄ってくる数人分の足音が耳に届き視線だけを向ける。
「テナさん!ルミスさん!シスターになんて事をしてるんですか!?はやくあの火を消してください。」
この人は確か朝に役場で対応してくれたうちの1人だったかな?あとは町の人達か。きっと子供達の泣き声に気がついてこちらに来たのだろう。さて、火とは何のこと?
「ルミス?シスターに何したの?」
「なにも。ただ木に縛り付けて逃げられないように炎の檻に閉じ込めただけだけど?燃え広がらないようにしてあるし、触れなければ問題ないけど?」
アルは心底不思議そうな顔をしている。堪らなくなって噴き出してしまった。
「ルミス、きっとこの人達はそのことで慌ててるんだと思うよ?」
「そうか。ちゃんと内側の火力も調整したんだけどなぁ」
弟の少しずれた返答にまたも噴き出してしまった。
「あなた達はこの町を助けに来てくれた医者じゃないのか!?なぜシスターにあんな仕打ちをするんだ!はやくシスターを解放してくれ!」
まったく、五月蝿くて仕方ない。
「ごめんね。お姉ちゃん達少しここを離れるけど、待ててくれる?」
「.....戻ってきて...くれますか?」
「もちろん!出来るだけはやく戻ってくるよ。待ってて?」
「.....はい。」
外で子供達だけで待つのは辛いだろうけど、まずは、教会の不始末を片付けなければ。
承知をしたものの不安に揺れる瞳で見つめてくる子供をしっかり抱きしめた。
アルはアルで子供達に行かないでと泣いて縋り付かれている。この短時間で随分と懐かれたものだ。
「分かった!じゃあ、こいつを置いていってやる。」
パチンッ
アルテミスが指を鳴らすと地面に小さい人の形をした火の塊が現れた。
「すごーい!!!!」
「あったかーい!!!」
子供達は大はしゃぎで火の小人を眺めている。
「何かあればコイツがお前達を守ってくれる。俺と繋がってるから連絡だって取れる。これで留守番できるか?」
「うん!」
「お兄ちゃん達待ってる!」
じゃあ、行ってくる!っと二人の頭をガシガシと撫でて立ち上がったアルテミスに続きアテナも立ち上がる。まだ眠ったままの三番と呼ばれていた子供の脈をもう一度確認し、アルに4人の周りに目には見えない結界を張ってもらった。これで子供達の安全は確保できた。
「じゃあ、行ってきます!」
もう一度子供達に声を掛けて役人について行く。
恐らくこの役人は子供達の事を知っているのだろう。子供達を一瞬見た時のあの目は人を蔑む時の目だった。この人は虐待の事実を知っている.....?
そうこう考えているうちにシスターを拘束している場所へと着いた。シスターを囲んでいる炎を水の属性魔法が使える町民達が必死で消そうとしている。
「みんな...私の...為に...ありがとう...でも大丈夫よ...神様がきっと守ってくださるわ」
白々しいよ。
自分を助けようとしている住民に向けて涙を流し感謝の言葉を述べているシスターを見たアテナは目を眇め、まるで獲物を狙うハンターの様に瞳をギラつかせている。
「さあ、テナさん!ルミスさん!あの火を消してください。」
「お断りします」
アテナは優雅に微笑み役人の言葉を切り捨てた。そのあまりに美しくも恐ろしい微笑みに魅せられ、役人は目を離せないでいる。
すると、突然
「っふざけるな!!!」
『清き水よ刃となりて敵を撃て』
シスターを助けようとしていた町民の一人が叫び水の刃をアテナ目掛けて放った。
『誇り高き炎よ盾となりて我が愛し子を守れ』
ジュッ
しかし、水の刃は燃え盛る炎の壁に当り一瞬で蒸発し消えていった。
どうやらシスターは相当町民に慕われているようだ。素直に断ったら攻撃されてしまった。知らないとはいえ、アルが相手だなんて運のない人達。
それにしても、私の可愛い弟は優しく、そしてカッコイイ!
「ルミス、愛し子だなんて照れちゃうよ。」
ぺちっ
「痛っ」
おでこ叩かれました。
シスターを助けようしていた町民達に加えて騒ぎを聞きつけた町民達も続々と集まってきた。そして、どうやら状況を見た全ての町民に敵認定された模様。
アテナとアルテミスを囲み、一斉に攻撃魔法が放たれる。しかし、アルテミスの炎の盾が二人を囲むようにして守っている為、町民達の攻撃は無意味に終わっていく。
騒がしい外側と対照的に盾の内側は静かだ。
「アル、あのシスターは勿論許せないのだけど、あの役人も怪しいと思うの。あの子達は珍しい見た目をしているから、見れば少しくらい驚いてもいいと思わない?それどころか、あの子達を見て何か言うどころか、蔑むような冷たい目で見てた...」
「まあ、全て本人に聞けばいい。ほら、もう終わりみたいだしな。」
炎の盾の向こうに透けて周りの様子が見える。肩で息をしている者、地面に手をついている者、座り込んでしまった者。どうやらみんな魔力が尽きたみたいだ。アルテミスは指を鳴らして炎の盾を消した。
「すまないが、俺たちはシスターイザベラに用がある。道を開けてくれないか?」
「ば、化け物!!!シスターに何をする気だ!」
「.....化け物か。久しぶりに言われたな」
ほんの一瞬アルテミスの瞳に悲しみの色が滲んだ。きっと誰もそれには気がつかないだろう。ずっと見てきたアテナ以外は。
『久しぶりに言われちゃったね。全く、わたしの可愛い弟に失礼しちゃうわ。アルは私の自慢だよ。』
そっとアルの手を握る。こっちを向いてもくれないし、返事もしてくれないけど、そっと握り返された手の温もりにほっとする。
アルの魔力は膨大だ。その為まだ幼い頃は小さな体ではその大きな力を上手く扱いきれずに魔法を暴走させてしまったこともある。そのせいで周りから影で化け物だの何だのとコソコソ言われ恐れられていた。幼いアルはそれを敏感に感じ取った。自分を見る大人達の恐怖や嫌悪の視線。何でもない様に振舞っていたけれど同じベッドで隣に寝ているアルが声を押し殺して泣いていた事を私は知ってる。それでもアルは頑張った。毎日毎日必死で魔法を学んだ。今では魔法を自由自在に操る炎の魔法士だ。アルより優れた魔法士はこの国にはいないだろう。いや、世界を探してもきっと見つからないと思う。たぶん。まあ、お兄様に剣ではまだ敵わないけど。
「今、余計なこと考えただろ。」
「ちょっと何言ってるか分からないヨ。」
考えていた事が読まれるなんて双子とは恐ろしい。
ジト目で見てくるアルテミスを無視して前へ向き直った。