出会うまでのカウントダウン5
オルビス王国辺境の町ブロムスへと、旅装束の双子の医者が馬に乗ってやってきた。名はテナとルミスという。栗色の髪の毛に緑色の瞳をしたどこにでもいる色合いの顔が整った男女二人組。魔法で髪と瞳の色を変えたアテナとアルテミスだ。2人は医術の心得がある。たまにこうして、瘴気の影響が大きい町や村へと出向き、医者にかかれない者達への治療をしている。色を変えているのはお忍びだからだ。王家の者だと分かってしまえば、出向いた所と出向いてない所で差別だ何だのと不満が出てしまう恐れがある。2人だって出来る事なら全ての場所へ赴き治療したいが、何せ体は一つなのだ。出来ることには限りがある。この行いだって王国全体から見ればほんの些細なことで、根本的な解決になっていない事だって分かっている。それでも、国民を守れと教えられ育ってきた彼らは何もしないなど出来なかった。なので身分を隠し、旅をしている医者と偽って無償で治療をしている。ちなみに、護衛はつけていない。二人とも己の身は己で護れるので、護衛をつけると目立つだけなのだ。
「んんー。流石に遠かったねー。腰が痛い。」
「休憩しないって言ったのはアテナだろ?」
通常の馬車移動であれば王都から5日掛かるところを、宿に泊まるか馬を休ませる以外はほぼ休憩無しに走り、たった2日でブロムスまでやって来たのだ。
「だって少しでも早く治療してあげたいでしょ?さあ、まずは役所へ行こう。」
役所で、旅をしている医者だと伝え、瘴気に当てられている患者は勿論、それ以外にも医者が必要な者を治療したいと告げると喜んで対応してくれた。担当の役人が掌に息を吹きかけると蝶を模った光が何羽も住宅街へと飛んでいく。これがこの国の連絡手段だ。今回はこの連絡蝶を町民の家に送り、治療が必要な家は連絡蝶が返ってくる仕組みになっているらしい。
早速、蝶がひらひらと舞い戻ってきた。何匹か戻ってくるのを待ち、今日回れそうな数を決め、残りの蝶とこれから返ってくる蝶は明日以降で回ることにした。
まずは一番に戻ってきたサーシャさんの家から往診を始めることにしよう。
コンコンコンッ
「こんにちは!診察に参りました。テナとルミスと申します。」
ガチャッ
「ようこそお越しくださいました。お医者様、どうかよろしくお願い致します。」
丁寧に出迎えてくれたのは依頼人のサーシャさんだった。
「サーシャさんどうか顔を上げてください。」
深々と頭を下げるサーシャさんの肩にそっと触れて体を起こしてあげる。顔を上げると目の下にはクマができ、頬はこけて顔色が悪く疲労困憊といった様子だった。
「早速患者を見せていただきたい。」
ルミスことアルテミスがそう促すと家の奥にある部屋へと案内され、そこへ入ると一人の男の子がベットに横たわっていた。アテナとアルテミスはそっとベッドへと近づいた。
「ーーーッ!?」
これは...かなりひどい。年は八つ位だろうか?頬はこけて目は窪み、骨と皮だけになった細い腕、そして全身に黒い痣が出来て、高熱のせいで大量の汗をかいてうなされている。一体どれだけの間この苦しみに耐えてきたのだろう。
「テナ、早速治療を始めよう。一刻も早く楽にしてやりたい。」
「そうだね。まず聖水を作るからルミスはそれでこの子の体を綺麗に拭いてあげて。その間に私は薬を調合するね。」
「分かった。」
まずは、サーシャさんに用意してもらった水に聖の魔力を流し込み聖水にしてアルテミスに渡す。そしてアテナは薬の調合を始めた。栄養がたっぷりの薬草、解熱効果のある薬草など数種類を調合していく。これだけだと、どこの薬屋でも置いてあるような物だ。しかし、アテナの作る薬は調合の際『祝福』を与える。祝福が付与された薬は聖の魔力を帯び、体内の瘴気を払ってくれる。
「ルミス、薬できたよ。そっちはどう?」
「ああ。聖水のおかげで痣が少し薄くなった。」
「それは良かった。じゃあ、早速飲ませてあげようか。」
ベッドに横たわっている少年を薬が飲みやすいように上半身を起こしてあげる。
なんて軽いんだろう。どうか、どうか良くなりますように.....
全て薬を飲ませた後、ゆっくり上半身を下ろし寝かせた。後は回復を待つだけだ。
「サーシャさん。ひとまず治療を終えたので様子を見ててあげてください。一晩眠ればきっと良くなると思います。万が一回復の兆しが無ければまた連絡蝶を飛ばしていただけますか?」
「分かりました。先生方本当にありがとうございました。あの治療費は本当にいいのでしょうか.....?」
予め役場から連絡してもらう時に治療費は頂かない旨を伝えてもらっていた。
「はい!その分お子さんが起きた時何か美味しい物を食べさせてあげてください!あとこれはサーシャさんに。看病お疲れ様です。元気が出るように調合した薬です。サーシャさんも落ち着いたらゆっくり休んでくださいね。」
看病疲れでやつれていたサーシャさんにも祝福を付与した薬を渡し家をでた。サーシャさんは私達が、見えなくなるまで玄関先でずっと頭を下げてくれていた。
その後も治療をして家を回り続け、日も傾いてきた頃ようやく今日の治療がひと段落ついた。町のパン屋でてきとうにサンドイッチと飲み物を買い、町の外れの河原に二人並んで腰掛け夕陽を眺めながら簡単な夕食を済ますことにした。夕陽の色はお兄様と同じ色でホームシックになりそうだ。
「この町は瘴気の影響を受けている患者が多いな。魔獣が近くに潜んでいる可能性が高い。」
「そうだね。私達が居る間に出てくればどーんと倒しちゃうんだけどね?」
「ハハ。そうだな。それにしても今日は魔力相当使ったんじゃないか?大丈夫か?」
「大丈夫!普通の聖の魔法師と違って私は魔核に接触出来ないからその分魔力の消費が少ないのだと思う。出来損ないでもそういう所は便利だね。」
そう。私は出来損ないの魔法師だ。普通、聖の魔力のある医師は患者の魔核に干渉しそこに纏った魔獣の瘴気を聖の魔力で浄化治療する。魔核とは誰もが身体に宿しており、魔力の核になるものだ。でも私はそれができない。何度やっても誰の魔核にも弾かれてしまう。それに本来、オルビス王家は炎の加護があり、その血を受け継ぐものは高い炎の魔力を魔核に宿す。お兄様もアルもお姉様達もとてもすごい炎の魔法師だ。しかし私は炎の魔力がほとんどない。精々、薪に火をつける事が出来る程度だ。その代わりオルビス王家には珍しく聖の魔力が魔核に宿っていた。しかし治療として力を使う時、魔核に干渉ができないというものだった。無属性の魔法なら何でも完璧に出来た。それなのに自分の属性魔法が不完全なんて。出来損ないの聖の魔法師。それでも、何とか試行錯誤して今の治療法を確立した。通常、聖の魔力の効果があるのは、魔獣の瘴気に侵された人への浄化治療か、魔獣そのものに対しての浄化だけであるが、なぜか私は無機物に聖の魔力の付与が出来た。これを私は『祝福』と呼ぶことにして、呪文として唱えている。付与した薬は聖の魔力で魔核に干渉した時の治療効果と殆ど変わらなかった為何とか出来損ないの私でもこうして治療が出来るようになった。ちなみに治療以外にも癒しの効果もあるようで、家族にお茶を振る舞う時は必ず付与している。お兄様はこれをおまじないと呼んでいる。
「アテナは出来損ないなんかじゃねぇよ。」
「ふふ。ありがとう。アル。やっぱり私の可愛い弟は優しい。....ん?何だろう?」
慰めてくれる弟の頭をワシワシ撫でていると、背後から綺麗な歌声が聞こえてきた。
私達が座っている河原の後ろには今日泊まる予定の宿とその横に教会がある。どうやら歌声はそこから聞こえてきたらしい。
「ねぇ、アル。とっても綺麗な歌声だね。宿に行く前にちょっとだけ寄ってみない?」
「俺は宿に行って湯浴みして寝たいんだけど...」
「ねぇ、アルお願い!ちょっとだけ?ね?」
「....ちょっとだけだぞ!」
「やった!やっぱり私の可愛い弟は優しい!じゃあ早速行こ!」
思い立ったら即行動!
目をキラキラさせて腕を引っ張って教会へと向かう姉をみてアルテミスは呆れ気味に苦笑した。