片手
薄暗い夢を見た。
ぼくは、地下鉄に乗り、
どこかへ向かっていた。
たぶん、何度か下車した。
どこかの明るい施設にも行った。
仕事だったのかもしれない。
自転車をこいでいた。
買い物をしている、母や妹に
出会った。
ぼくは、何かに追われるように、
地下鉄に戻るしかなかった。
また、薄暗くなった。
いくつかの駅を過ぎて、
だだっ広いホームに到着すると、
隣の席で声がした。
男の人がいた。
ぼくは、もう降りなければならず、
慌てて立ち上がると、また、声がした。
振り向くと、泣き疲れたような、
父の顔があった。
とっさに、何か話そうとしたが、
ぼくは、やはり、降りなければ
ならなかった。
そう思ったとき、
父は、よっしゃ、よっしゃと言って、
早く行けというように、
片手を耳元に上げた。
ぼくは、何も言わずに、降りた。
父を乗せた電車は、
そのまま、地下鉄の線路の向こうに、
吸い込まれていった。
仕方のないことだと思いながら、
少し後悔した。
薄暗い夢を見た。
お盆の頃の蝉の音に、朝が起きた。