下北沢5話
ー下北沢5話
彼女は、僕が開けたドアを抑えて、細く閉じて切れ長の目と尖った顎を隙間から出した。
「開場は18時となっております。申し訳ございませんが、お待ち……」
彼女も気付いた。
思い切りドアを開けて、アユミの左手をつかんだ。右手で口を押さえて彼女は引っ張られるまま出てきた。
彼女の両目から涙が溢れる。僕も涙で彼女の姿が歪む。
二人とも泣きながら地下に行く階段の柵に倒れ込んだ。
何を言って良いのか判らない。
「わたし。もう悟志に触ってもらえないの」
「…………」
「レイプされて……妊娠して…中絶した…赤ちゃんころした。だから逃げた。悟志から」
「何だって二人で乗り越えるって約束した。信じてくれよ。今からでも信じてくれよ!」
アユミの頭を引き寄せて、頬にくっ付けた。
「死のうと思った。でも、死ねなかった。わたしは弱いの、よわすぎるの」
「死ぬヤツが弱虫なんだよ。生きるヤツが強いヤツだ。強いから死ねなかったんだ」
「変わんないね。悟志は熱くて優しい」
彼女の懐かしい匂いがする。
「……アユミに謝んなきゃ」
「なに?」
「15年探した。けど、それで探すの止めた。すまない」
「知ってた。見つかりそうになる度に、逃げてたもの。探すの上手いんだもん。探すの止めてくれてホッとしてたのに。捕まっちゃった」
アユミは笑った。
僕も笑った。
動画で見た春菜さんが、覗き込んできた。
「大丈夫ですか?」
決まりが悪くて、二人とも立ち上がった。
「ごめんなさい。開場ね」
「どうしたのか聞いて良いですか?」
春菜さんに僕が言った。
「16年探してた彼女が見つかりました。春菜さんのお蔭です」
春菜さんも目を潤ませてくれた。
「ライブが終ったら、プロポーズします」
「大変!早く始めましょ」
ー下北沢440完結