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第十四歩遠出するため、回想をしてみよう

 リーネ・ネルーアはその名の通りネルーア王国の第一王女である。

 彼女は幼い頃から召喚術に精通し、王家というその才能を最大限まで引き伸ばせる環境で育った。

 ベテランの召喚士が教師を務め、王家の所有する古文書を教科書として、やがて勇者召喚の儀式まで至った。

 世界の誰もが、彼女を最高の召喚士だと認めた。

 しかしそれで彼女が笑顔になる事はなかった。

 王族としての振る舞い、知りたくもない世界の闇。

 周りには自分の地位のために政略結婚という手段を用いて子を売ろうとする貴族達。

 王族だから高価な本にも触れる機会があったリーネは、特に絵本がお気に入りだった。

 特に正義の騎士が、悲劇の王女を救い、幸せに暮らす話が。それが憧れだったが、本を閉じ、現実に戻ってみると、どうしようもない落胆に襲われる。

 幼なじみで騎士であるウィルクはいるのだが、これがかなりの不真面目で、物語とは似ても似つかない。

 そんなある日、魔王軍が人間の大陸に攻めてきた。

 知らせが届いた時には既に多大なる被害が出ていたとか。

 急ぎ世界各国から精鋭を送り出す、魔王討伐の計画ができた。

 このような事態は過去にも何度かあったらしく、その都度異世界から勇者を召喚して危機を乗り越えた。

 なお、今その儀式が可能なのは、最高位召喚士であるリーネしかいない。

 拒否はできない。失敗も許されない。

 どちらかが出ようものなら、他の国にネルーアを責める口実を与える事になる。

 国王であるリーネの父ゴルディエル・ネルーアは失敗してもどうにかすると言った。

 父の事はもちろん信用している。

 だが、やはりリスクは高い。

 今まで失敗したという事例は無いのだが、もっとひどい事例はある。

 召喚された勇者が、言うことを聞かないという例だ。

 魔族、人間を問わず虐殺した者も居れば、魔王を倒す代わりに女を求め、数多くの女性を隷属させた事例もある。

 もし後者だった場合、自分が勇者の下につこうとリーネは考えていた。

 どうせこのまま王女として過ごしていても、いつかはどこかの国の顔も名前も知らない王子に貰われ、下手したら......だったら、勇者の女という肩書きと、国の民の命だけでも奪い取る。

 召喚儀式の日。

 王城のある部屋にて、それは行われようとしていた。

 地面にはリーネが何日も何日も計算に計算を重ねて作り上げた精密な召喚陣が描かれていた。

 部屋には数人の神官、国の重鎮、国王ゴルディエル、召喚士リーネ、そして隣国ヴェルサの賢者。

 賢者はリーネと同じく、魔王討伐の精鋭部隊に組み込まれる程の実力者であり、リーネと同じように、年若くして賢者の資格を得た少女である。

「リーネ、もし勇者が伝説のように暴れ出したら、余たちの事はいいから、自分一人でも逃げなさい」

 ゴルディエルは誰にも聞こえないように気を配りながら、リーネに耳打ちをした。

「はい。分かりました」

「そうか」

 ゴルディエルは優しく微笑むと、召喚の妨げにならないよう、離れた。

 リーネは嘘をついた。

 もし本当にそうなったとしても、絶対に逃げるつもりはない。

 ゴルディエルもそれは分かっていた。だからこそ、余計な事は一切話さなかった。

 これ以上何を話した所でそれは机上の空論に過ぎないからだ。

「それでは、召喚を始めます」

 リーネの掛け声と共に召喚陣は輝きだし、空間は光の粒子に溢れ、幻想的な風景を生み出す。

 やがて光の粒子はどんどん密度を増して行き、一寸先の視界すら確保出来なくなっていた。

 そして徐々に光の粒子は霧散していき、それがほとんど消えた頃、それは姿を見せた。


        ◇


 結論から言えば、召喚された勇者は過去の失敗例には当てはまらなかった。

 なぜなら第一声は彼の腹の虫から発せられたからである。

 そして第二声は「お腹すきましたので、ご飯を先に頂けますか?」と。

 それが現在の食卓を囲みながら世界の現状を最高位賢者が伝説の勇者に説明するをいう事態に至る。

 しかし彼はそれ以外では普通の人間に思えた。

 こちらの話は素直に聞いてくれたし、「見返りは後でいい」と実にまともに思えた。

 あの覚悟を思ってみれば、少々あっけないという気もする。

 それからは色々な事があった。

 まず最初に起こったのは、ウィルクが勇者に決闘を申し込んだ事だ。

 何でも「お前がいつも夜中にリーネ部屋を訪れ、それがない夜はそこの美少女と書庫にに籠るということを!」という事らしい。

 実際は勇者ーー悠がリーネの部屋に訪れたのは、連日開かれる勇者召喚に成功したという事を知らせるためのパーティーやパレードでの作法を教わっていただけであり、賢者と書庫に籠ったのは、この世界の地形や気候、国の情勢を知りたいと言うことで、毎晩書庫に籠り、戦術を練ったりしていただけで、大した事は何もしなかった。

 そして決闘を申し込んだウィルクはというと、アッパー一発でやられた。

 ウィルクが負けて以来、毎日王城では何かと事件が起きていた。

 伝説で語られる勇者が王城で迷子になったり、ウィルクが勇者に戦いを挑んでは、返り討ちに逢い、王城の話題にされたりと、絶望的だった毎日が少し明るくなった。

 そうして過ごしているうちに、各国からも代表が決定し、魔王討伐パーティーは決定した。

 ウィルクは何度も返り討ちにされているうちに、悠の事を認めて行った。その証拠として最初は「お前」だったのが今では「ユウ坊」「ウィル君」と呼び合っている。

 リーネもまた、心境に変化が見られた。

 最初は悠の事は、伝説上の凄い存在だと思っていたが、次第にその認識が薄れて行った。

 伝説の存在がその辺になっている実の種を見て驚いたり、それをわざわざ乾燥させた後鍋で炒めたりと訳の分からない行動を繰り返して行けば嫌でもそうなる。

 極めつけは野営の夜番。

 ここにいる以上、全員が国の最終兵器であり、相当な権力を持っている。

 だから基本的に優劣は関係無く、トラブルは全員で解決する。

 幸いと言うべきか、このパーティーはほぼ全員が最終兵器として軟禁にも近い生活を送っていたため、性格の歪んだ者はいなかった。

 とはいえ夜番は苦労した。

 全員が平等だという以上、リーネもやらなければならないという王女としての責任感があった。

 二人一組で番をするのだが、いつも組み合わせが違う。

 悠曰く、「このパーティーには美女、美少女が多すぎて男性陣が暴走気味」との事。

 それは自分の事も含めての事かとリーネが赤面したのを知る者は誰もいない。

 言い出した者以外は。

 更に時が経ち、だんだん悠がリーネと夜番をする事が多くなった。

 その内リーネが夜番の前に水浴びをすると言い出したり、あらかじめ木の実などつまめる物を用意したりするようになった。

 そしてそれは起こった。

「リーネって、もしかしたら僕の事好きなの?」

 一瞬悠が何て行ったのか、リーネには分からなかった。

 王族として、パーティーでも会議でも、相手の発言は正確に聞き取らなければならない。

 リーネももちろんそのスキルはかなり高い。

「ごめん、今何て?」

 恐らくこれが物心ついてから初めてであろうリピート要求。

「リーネって、もしかして僕の事好きなの?」

 焚き火のせいで物凄く顔が熱い。夜の森のせいで鼓動が速い。


 バシン!


 悠はビンタされた。

 悠が別の意味で勇者になった瞬間だった。

 その夜以降、悠とリーネの距離は少し離れた。

 リーネは女性陣のガールズトークのネタにされ、悠は男性陣、女性陣問わずオモチャにされた。

 悠がそれ以降リーネと夜番をする事は無くなったが、リーネもまた夜の森が怖くなくなった。

 その理由を聞かれるとリーネは「そうしてくれた人がいたから」と答えた。

 その一言で女性陣のガールズトークが更に盛り上がったのは言うまでもない。

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