5 大月さくらの童話
あまり喜怒哀楽を表に出さないさくらにしては、本当に珍しいことだった。
ぶちきれていた。
無理もない。
昨日から、「どんな絵本を作ればいんだろうなぁ、あんなのかなぁ、こんなのかなぁ」と若干メルヘンチックな妄想までしていたのだが、いざ職場にやってきてみたら、支部長からは「二人のことを盗み聞きしていて、今日のあなたの仕事はそれだけよ」となどと言われてしまったし、その二人のことを観察してはみるも、下品な物語が出来上がってしまったのだから。
しかも、それを朗読させられてしまったのだ。
世間的には、これをセクハラというに違いないだろう。それともパワハラだろうか。恐らくどっちもだ。
「……ちょ、ちょっと、……さ、さくら、どうしたの?」
と姉である大月真緒が問いかけるが、大月さくらはひとつも譲る気はないとばかりに、
「どうしたもこうしたもないっ! なにこの下品な物語っ!」
「……えぇ、だってぇ。ヒントは全部使えたんだし、綺麗にまとまったかなって思ったんだけど」
桃、おじいさん、おばあさん、少年、3つのだんご、3頭の動物、悪い鬼がたくさん。
たしかにヒントは全部使えていたのだが、だからといってなんだという話なのだ。屁理屈だ。大月さくらが納得するはずもない。
「ヒントがそろっていれば何でもいいってことにはならないでしょうっ! これは子どもたちに読ませるための童話なんだよねっ⁉ なのに、おじいさんが生まれたままの姿であったり、失禁したりする理由ってなんなのっ! それに毒ガス攻撃とかっ! おならを爆破して成敗するとかっ! これって童話なのっ⁉」
「で、でもさぁ、ヒントの中に、悪い鬼、っていうものがあるじゃない? 悪い鬼というからには、なにか悪いことをしないと存在意義がないし、悪いことをしたからには成敗されちゃうものだし。それにほら、ツメとか、クチバシとか、生々しい表現は避けたんだからこれでもまともなほうだと思うんだけど……」
「私がまともじゃないって思うところはもっとあるのっ! なにあのアライグマの存在理由はっ⁉」
「いやだからそれは、悪事から足を洗うっていう言葉と、アライグマの習性をかけあわせて、うまくオチをつけようかなって」
「その部分については分かってるのっ! そうじゃなくって、私が意味不明だって訴えているところは、どうしてアライグマが鬼のキン――」
さくらがそのセリフを言おうとたところで、かっ、と顔を真っ赤にしてしまう。「うぅ……」と口ごもり、
「……と。……とにかくこんな物語はだめ。……だめって言ったらだめ」
「え、で、でも」
「だめ」
問答無用の全否定である。大月真緒、内田ゆり子の両名は、ついには何も言えなくなってしまって唖然としてしまったのだった。
ただその部屋の中で一人だけ、
支部長、麻里奈は、「よっしゃーっ!」と勝ち誇った顔をしていた。しかしそれも一瞬のこと。すぐに、「我関せず」とばかりに事務仕事に戻ったのだった。
ちなみに、あの童話のラストシーンをさくらが読んでみることはなかったのだが、さすがに最後だけは、真緒に言わせてもらえば「ちょっとだけ切ない感じのする別れのシーンが用意されてたのに」という感じだった。
どうやら、おじいさんの正体が判明して、桃の中に入っていた人物との感動的な再会があって、別れのシーンで締めくくる。
とはいえ、きっとあの怒り狂っていた大月さくらがそれを読んでいたとしても「だからなに! 終わりが良ければいいってもんじゃないでしょ!」と言ったに違いない。
鬼のさくら。
後になって大月さくらは、そう呼ばれることになる。
しかし、そんな鬼のさくらが監修をはじめたおかげで、物語は変更を余儀なくされ、あっというまに別の物語が完成してしまったのだった。
さくらが作った物語とは、次のようである。
むかしむかしのお話です。
大きな山のふもとに、小さな村がありました。
その村では、たくさんのお米を作っているので、おいしいご飯・おだんごを、たくさん食べられます。旅人たちが、それを目当てにして立ち寄ることもあります。
あまり活気のある村ではなかったのですが、この村へとやってくる旅人たちの間では「だんごが美味しい」と噂をされているようで、ささやかな人気もありました。
しかし、村に住んでいるのは、おじいさんやおばあさんばかりです。
お米を作るのは、簡単なことではありませんでした。
おじいさんやおばあさんたちにとっては、田んぼの雑草を取ったりすることも、お米を運んだりすることも、とっても大変なことなのです。
村人たちは、「そろそろお米作りも引退かなぁ、旅人も来なくなってしまうだろうなぁ、いつかこの村も消えてしまうんだろうなぁ」と毎日不安そうな顔を浮かべていました。
そんな不安そうな顔をしている村人のことを、山のふもとから、じーっと見つめている動物たちがいました。
馬さん。ヤギさん。イノシシさんです。
その3匹の動物たちは、村人たちの元へとやってきて、なんと、お仕事の手伝いをはじめたのです。
3匹の動物は、いっしょうけんめいに働きました。
田んぼの雑草をむしゃむしゃと食べたり、お米を背中にのせて運んだりもして、大活躍です。
もちろん村人たちは、大喜びでした。
村人たちは、動物たちにお礼をしようと考えました。
そこで、この村の名物でもあるおだんごを、特別に大きなサイズで作って、動物たちに与えてみることにしました。
「手伝ってくれてありがとう。さぁ、大きなだんごを3つあげよう。みんなで食べなさい」
動物たちは、大喜びでした。
嬉しそうにだんごを口にくわえて、3匹の動物たちは山へと帰っていきました。
動物たちも、よほど嬉しかったのでしょう。
なんと、次の日も、動物たちは山から下りてきてくれたのです。そして、お仕事を手伝ってくれました。
そして、その次の日も、また次の日も、動物たちは一生懸命に働いてくれました。
村人たちは、「あんなに良い動物たちがいるなんてなぁ」、「健気でかわいいですねぇ」と感動しました。
そして、この村は、お米をもっとたくさん収穫できるようになら、活気がみるみると蘇ってきました。
隣の村からは、「お米を買わせてほしい」と依頼がくるようになってしまったし、旅人たちが近寄ってきては、動物たちを見て、「こりゃあすごい。こんなに親切な動物がいるものなんだ」と感心しては、口々にこの村を噂するようになりました。
その噂はあっというまに広がってしまい、旅人が頻繁に訪れては、動物たちを観察しながらだんごを食べるような、にぎやかな村になったのです。
しかし、少しだけ、悪いことも起きてしまいました。
村人たちが、もっともっと活気のある村にしたい、と欲を出しはじめてしまったのです。
「このままでは、いずれこの村は忘れ去られてしまうだろう」
そんなことも考えてしまいました。
村人たちは、みんなで集まって相談しました。そして、「なにかもっと別の名物を作り出そう」という結論になりました。
でも、どんなことをすればいいのかは分かりません。
そうやって村人たちは、みんなでうんうんと悩みました。
何日間も悩みました。
そして、そんなある日のことです。
村人たちは、山のてっぺんに、沢山の桃の木があることに気がつきました。
「なるほど、桃だ」
村人たちは、山から下りてきた3頭の動物たちに、こう言いました。
「馬さん、ヤギさん、イノシシさん。あの山のてっぺんに生えている桃を、収穫してきてくれないかい?」
動物たちはうなずきました。
少しも嫌な顔をせずに、動物たちはせっせと山へと登っていきました。
やがて動物たちは、お昼ごろになると山からもどってきました。動物たちの背中のかごの中には、たくさんの桃が入っていました。
「こりゃあすごい、なんて新鮮な桃なんだ」
村人たちはさっそくその桃を食べてみることにしました。
その桃は、まるでこの世の中のものとは思えないくらいの、あまくておいしい桃でした。
「ありがとうな。ほら、今日も大きなだんごを3つやろう」
村人たちは、動物たちに感謝のしるしとして大きなだんごを3つ分け与えました。
動物たちは、嬉しそうにほほえみながら、だんごをくわえたまま山へと帰っていきました。
新鮮な桃は、またしても大評判でした。
お米がおいしいだけではなく、みずみずしい桃が食べられるこの村は、さらに活気のある村になり、旅人のことを喜ばせるようになりました。
村人たちは、次の日も、その次の日も、動物たちに桃を収穫してくるようにお願いをしました。
動物たちは、喜んで応えてくれました。
毎日毎日、動物たちはせっせと山にのぼって桃を収穫して、下りてきては村人のことを喜ばせます。
旅人たちも、おいしいだんごや桃が沢山食べられて大満足です。
そんな毎日でした。
しかし、そんなある日の朝のことです。
村人たちは、山から手伝いにきてくれた動物たちの様子が、どことなくおかしなことに気が付いてしまいました。
動物たちは、苦しそうな顔つきをしていたのです。
「どうしたんだい? キミたちは病気かなにかになってしまったのかい?」
馬さん、ヤギさん、イノシシさんは、首を横にふりました。
――ちがいますよ。
――まだまだぜんぜん働けますよ。
――むしろ、働かせてください。
そんなことを言いたげな目をしていました。
村人たちは、ちょっとだけ心配になってしまいましたが、だからといって桃の収穫をやめることができなくなってしまっていたのです。
旅人たちです。
旅人たちは毎日毎日、この村で食べられるおいしいだんごと、みずみずしい桃を期待してやってくるのです。
だから村人たちは、この日も、動物たちにお願いをするほかにありませんでした。
「じゃあ、今日も桃を収穫してきてくれるかい? お礼には、もっともっと大きなだんごをあたえよう」
すると動物たちは、「うん」と頷いてから、山へと登っていきました。
ですが、村人たちは、動物たちの様子が心配です。
村人たちは、村の隅っこのほうにある、一軒の家へとやってきました。そして、その家に住んでいる少年をつかまえ、こう言いました。
「たのむ。太郎くん。あの動物たちの後を、こっそりとついて行ってはくれないか? なんだか様子がおかしいんだよ」
太郎くんは、「まかせておけ」と言いました。
元気いっぱいの太郎くんは、かけあしで山へと登っていきます。そして山道の途中で、太郎くんは、動物たちの後ろ姿を発見しました。
馬さん、ヤギさん、イノシシさんは、苦しそうな表情をしながら、「ぜぇ」、「ぜぇ」と息をきらせて、それでも一生懸命に山を登っているところでした。
「動物さんたち、どうしたんだろう? やっぱり疲れちゃったのかな?」
太郎くんには、不思議に思えました。
なぜならば、太郎くんにとっては、こんな小さな山なんか大したことはなかったからです。息をきらせることもなく、あっという間に動物たちに追いついてしまったくらいなのですから、自分よりももっと力強いはずの動物たちが、こんなことで疲れてしまうわけがないと思ったのです。
やっぱり、病気になってしまったのだろう。
太郎くんはそう思いました。
やがて、動物たちは「ぜぇ」、「ぜぇ」と息をきらせながら、山のてっぺんに到着しました。
そこには、たくさんの桃の木が、びっしりと生えていました。みずみずしい桃も沢山生えていて、きらきらと輝いているその頂上は、まるで天国のようでした。
太郎くんは、こっそりと木の陰に隠れて、動物たちのことを見守ることにしました。
動物たちは、桃の木へと近寄っていきました。
すると、
のし、のし、のし、と大きな大きな鬼が、動物たちへと近寄ってきたのです。
そしてその大きな鬼は、こう言います。
「ちっ。お前ら、また来たのか」
動物たちは、「はい」とうなずきました。
「それでお前らは、また俺たちの桃を持って行ってしまうのか」
動物たちは、「はい」とうなずきました。
「やれやれ。まあいいだろう。その代りに、またおいしいだんごを持ってきてくれるんだろうな?」
動物たちは、「はい」とうなずきました。
そして鬼たちは、一人、二人と、次々と現れてやってきました。その鬼たちは、みんなあきれ顔です。しかし、「やれやれ」と言いながらも、桃を収穫して、動物たちへと渡してくれたのです。動物たちの背中のかごは、桃でいっぱいになりました。
やがて動物たちは、山を下りていきました。
鬼たちは、ずっとあきれたような表情をしていました。
太郎くんは、いてもたってもいられなくなってしまい、姿を現しました。
「鬼さん、鬼さん、この桃は、鬼さんたちの桃だったんですか?」
いきなり現れた少年に、すこしだけびっくりした鬼たちが、こう答えます。
「そうだぞ。ぼうぞ。この桃はな、俺たちが育てている桃なんだ。俺たちはな、山を下りることができないんだよ。だから、この桃を食べて生活していたんだ」
「どうして、鬼さんたちは、山を下りられないのですか?」
「俺たちはな、足が悪いんだ。足が悪い鬼なんだよ。歩くことはできるんだが、走ることなんて出来やしない。山を下りることだってできないし、登ることだってできないんだ。だから俺たちは、ここで、この桃を食べて生きていくほかにないんだ。――でもな、最近は、動物たちが持ってきてくれる大きなだんごを食べて、生きているんだよ」
なんということでしょうか。
村人たちは、鬼たちが育てていた大切な桃を、毎日のようにとってしまっていたのです。
つまり、
人間たちは、毎日桃を食べて、
足の悪い鬼たちは、毎日だんごを食べて、
親切な動物たちは、なにも食べられなかったのです。
「……そうか。動物たちが苦しそうにしていたのは、そういうことだったんだ」
太郎くんは、涙をながしました。
太郎くんは、鬼たちに「ごめんなさい」と謝ってから、急いで山を下りて行きました。
村へと帰ってきた太郎くんは、泣きながら村人たちに訴えました。
あの桃は、いったい誰が育てているのか。
自分たちは、いったい何を食べているのか。
動物たちは、いったいどうして苦しんでいるのか。
必死に必死に説明しました。
そのかいあって、村人たちは事情を理解してくれました。
みんなで反省しました。
そして村人たちは、3匹の動物のもとへと集まり、「ごめんなさい、ごめんなさい」と必死に謝りました。そしてたくさんのおだんごを、動物たちに食べさせてやることにしました。
動物たちは、おなかがいっぱいになり、元気を取り戻しました。
村人たちは、申し訳なさそうに反省をしています。
しかし、村人たちは、もう一度だけ、もう一度だけでもいいから、動物たちにわがままを言わなくてはならないのです。
「馬さん、ヤギさん、イノシシさん。本当に勝手なことばかり言って申し訳ないんだが、わたしたちは鬼たちにも謝りたいんだ。いままで勝手に桃をとってしまったことを謝りたいんだ。だから、このたくさんのだんごを持って、もう一度山へと登ってくれないだろうか?」
もちろん動物たちは、嫌な顔なんて一つもしませんでした。
動物たちは、嬉しそうな顔をしながら、かごいっぱいのだんごを背中に積んで、山へと登って行ったのです。
それからは、村人たちと、動物たち、足の悪い鬼たちは、みんな仲良しになりました。
仲良しになったので、鬼たちは桃をおすそわけするようになり、村人たちはだんごをおすそわけするようになりました。それを運ぶのは、一人の少年、太郎くんと、三匹の動物たちです。
やがて少年と動物たちは、「もも太郎・おだんご動物」というあだ名で呼ばれるようになりました。
みんなで助け合って、幸せに長生きができました。
めでたしめでたし。