1 麻里奈のリーディングは未熟だった
リーディング。
物質に宿っている残留思念を、読み取ることができる能力である。
14歳になる麻里奈は、リーディング能力者であるとともに、ある団体の支部長でもあった。
その麻里奈の最近の悩みといえば、「背が小さい」とか、「声のトーンが高すぎるところが九官鳥みたい」とか、それらを合わせて「小学生みたい」とか、つまりはそんな些細なコンプレックスばかりであったのだが、それに加えてもう一つだけ、わりと真剣な悩みもあったのだ。
問題児だ。
この職場には、問題児が二人もいるのだ。
「……今度こそ、もっと沢山のことを読み取っておかないと。……じゃないと、またあいつらにめちゃくちゃにされちゃうのは目に見えてるし」
西暦3500年。
7月2日。時刻は19時を過ぎたばかりである。
まるで職員室のようにワークデスクが並んでいるこの職場は、先ほどからずっと真っ暗なままだった。麻里奈はむしろ、暗くなるこのときを待っていたのである。
目の前のワークデスクには、一つのアタッシュケースが載せられている。
麻里奈はそのアタッシュケースをゆっくりと開けた。中にはクッション材がわらわらと敷きつめられていて、その中央には小さな金属製のケースが一つだけ置かれていた。
麻里奈はケースを手に取り、ぱか、と開けた。
その中には、まるでボロ雑巾のようになってしまった一つの残骸が入っていた。今から1500年も前の、古代の遺物である。
麻里奈の目つきは、少しだけ真剣になった。
――やっぱりリーディングに集中するんだったら夜のほうがいいわよね。
そんなことをふと思うのだが、実のところはただ夜が好きなだけなのかもしれない。お気に入りの漫画にだって没頭できるし、カップラーメンだって美味しく感じられるのだ。
そう。とにかくこれが楽しみなのだ。古代人たちはいったい全体どうしてあのような罪深い食品を作ってしまったのだろうかと、麻里奈は食べるたびに思っている。
身体によくない添加物をたっぷりと詰め込んだ挙句に、偏りまくった栄養分。こんなものを食べ続けていたら病院のベッドへ一直線だと分かっているのに、やみつきになってしまうあのうまさ。
義理の妹には散々注意されているのだが、それでも麻里奈は、隠れて毎日のように食べている。職場の一室を私物化し、漫画とカップラーメンだけを楽しむ空間へと仕立て上げてしまったほどだ。そろそろお腹も空いてきた頃である。今日は何味のものを食してみようかと、
いや。
ひとまず忘れておこう。
今はそれよりも、仕事である。
「ふぅー……」
と深呼吸をしてから、麻里奈はまるで小学生のような小さな手で、ちょん、と残骸に触れてみたのだった。
リーディングが始まったのである。
「……やっぱりこれは、桃よね、どう考えても」
まずそれが最初に浮かんできたイメージだった。
それに続けて、さまざまなイメージが流れ込んでくる。
「……おじいさん、おばあさん、少年、3つのだんご、3匹の動物、悪い鬼がたくさん」
そしてそれらすべてが、一つのつながった物語だということもなんとなく分かった。やっぱりこれは童話で間違いないだろう。
しかし、ここまでのことはすでに分かっている。
昨日だって、その前の日だって、リーディングを試してはここまでの情報を引き出すことに成功していたのだから。
だが、それ以上の情報を引き出すことはできなかった。
だから今日こそはと思い、集中できるようにわざわざ真っ暗になってから試してみたのだが……、
「…………だ、だめ。……やっぱり全然分からない」
麻里奈は諦め、手を引いた。
いくら試してみても、結果は同じだった。
桃、鬼、動物。このイメージだけは強く感じ取ることができるために、なにかテーマのようなものがあるとすればそれなのだろうということも分かるのだが、やっぱりそれ以上のこととなるとお手上げなのだった。
麻里奈はため息をつきながら、すっかりと冷え切ってしまったブラックのコーヒーを一口すすった。
「……うぇ。……にがい」
苦いのならば砂糖を入れればいいのに、と言われてしまえばそれまでなのだが、それが彼女なりの威厳の作り方なのである。ちなみに、私服に白衣を重ねているところも、いわゆる役作りのようなものだった。
ただでさえ麻里奈は、小学生に間違われてしまうことが多いのだ。そんなコンプレックスをなんとかしようと頑張っている14歳なのだ。――ただ、なんとかしようと頑張ってはいるのだが、コーヒーや白衣で背伸びをしているところが、ただ少女でしかないのだった。
いや、ただの少女でしかないからこそ、このような仕事は重荷でしかないのかもしれない。
麻里奈は、このような能力に目覚めてしまったことを呪ってさえいるのだ。
――わたし、こんな能力なんていらなかったのに。
心からそう思う。
西暦3500年。
この時代においては、いわゆる「能力者」という存在は、珍しいものではなかった。100人に1人くらいが、なにかしらの能力に目覚めてしまう世の中なのだ。
だから麻里奈は、こうも思う。
――もしかすると、きっと神様かなにかが、西暦2000年に世界が滅んでしまったことを嘆いてしまって、人間たちがうまく再生の道を歩めるようにするためにも、このような能力を人々に与えたに違いないわね。
だとするならば。
――きっと神様は、そんな立派な能力を、わたしのようなやる気のない人間に与えてしまったことを後悔しているに違いないわよ。
麻里奈がひねくれてしまったのには、理由がある。
リーディングを使えるようになってしまったために、藪をつついて蛇を出してしまったのである。
自分の出生と、家族。
麻里奈にとってそれはタブーである。
とにかく、リーディングなんて自分がやらなくてもいいはずなのだと考えている。
もっと有能な大人たちがやればいいのだ。
だいたい、ここまで立派な文明社会を復興させてしまったのだって、たくさんの大人たちの功績なのだから。食品を効率よく作るための大きな工場や、荒れた道をずんずんと突き進むクロスカントリーや、果ては、高次元からエネルギーを抽出するHDPL発電所。全て古代文明に存在したものらしいが、それら全て、この現代社会の大人たちは見事に復活させてみたのだ。そんな大人たちが、たかが絵本ひとつ復活させられない訳がないのである。
「まぁ、たかが、なんて言われてしまうようなものだからこそ、わたしらがやっているのよね」
とにかく麻里奈は、毎日のように仕事として、ほとんど投げやりな心境で、たかが、と言われてしまう程度の遺物を、リーディングしているのだった。
「……もういっそ、問題児たちに丸投げしちゃおうかしら。……めちゃくちゃな報告書になるのは分かっているけど、もういいわ。あの子たちの暴走にだって、そろそろ諦めることを覚えておかないと、そのうち参っちゃいそう」
麻里奈はため息をつきながら、コーヒーカップをワークデスクへと置いた。
すると、ワークデスクに一枚の履歴書が置きっぱなしになっていることに気が付いた。麻里奈は暗闇のなか、ぼんやりとそれを見つめているうちに……、にや、と笑ってしまったのだった。
「大月真緒の妹っていうから、いったいどんな問題児がやってくるのかと思っていたけれど……。あれ、本当に血の繋がりがあるのかしら」
すでに採用決定の、あの子のことを思い出す。
大月さくらちゃん。中学二年生。
「……ミドルヘアがよく似合っていたわね。それに、典型的な良い子」
そんな印象だった。
大月さくらの得意なことは、家事全般。趣味は何もない。両親はもう他界してしまっている。姉と二人暮らしをしている。
ということは……、
あの子もあの子で、やっぱり色々な苦労を抱えているに違いない。そんな大月さくらのことだから、バイトをしたがっている理由とは、きっと、金銭的なところで姉の負担を減らしてやりたかったからなのだろう。
と、思っていた。
実際のところはたぶん違う。
あくまでもそれは表向きの理由であって、大月さくらと喋ってみたときの印象はこうである。
「……おねえちゃんがここに居るから」
麻里奈は一人で噴きだしてしまった。
そこだけが似ていたからだ。姉もシスコンならば、妹もシスコンなのだ。
まったくどれだけ相思相愛なのだろうかと思う。それでいて性格がすこしも似ていないのだから面白い。さらには、妹が手綱を握っているのだというところがなお面白い。
はっ、と麻里奈は気がついた。
「……そうか。さくらちゃんには悪いけれど、この機会にさくらちゃんを利用しちゃえばいいんだ。……むしろ、そのほうがいいかもしれない。面白そうだし」
麻里奈は、いかにも悪そうに笑いはじめた。