序曲2
今回もちょっと短いです。後にまとめます。
「今日のお客はお二人でありましょうか、神祇局の方」
「ああ、こっちは依頼人だ。久しぶり隘勇線。いい加減名前覚えてくれよ。日食陽だよ」
「失礼いたしました、ソルライト社の方。毎度でありますが、これもけじめであります。免許を拝見」
「すげえ、石神の眷属だ。ほんとにいるんだねえ」
住宅街の奥深く、人一人通れるかどうかの路地裏にその少女はいた。
包帯の目隠しをした車掌姿。手にはカンテラを持っている。
彼女こそ妖し筋の案内人、石神の眷属だ。名前は隘勇線という。
「お客人、妖し筋は初めてでありますか?」
「ああ、一人で行くことはないね。あたしは見ての通り人狼だからさ、こっちの土地とはいまいち合わないみたいなんだ」
「で、ありましょうな。であればこの隘勇線ご案内いたしましょう。免許お返しいたします」
隘勇線は陽に免許を返すとぱちん、と手を叩き首から提げたホイッスルを吹いた。
「乾坤九星八卦よし!」
そしてすりすりとすり足で歩みつつ呪文を唱える。
「次のごとく拝みて曰く。我が身賊中を過ぎる度。我が身魔中を過ぎる度、萬病除癒、所欲随心、急急如律令」
禹歩あるいは反閇と呼ばれる呪術的歩法だ。
「お二人、私のうしろをしっかと歩くように願います。離れれば現世にはもどれますまい」
ぬるりと風景が溶け出す。まるで油を溶かしたかのように風景がぬめり、霞がかる。
ふ、と焦点が合えばそこは異界だった。
重力がめちゃくちゃになった立体な迷路、そういう複雑怪奇な形をした異空間。
ここが妖し筋。
それは神が通る道、それは妖怪が通る道、人ならざる者のための道。
「いつ見てもわけわかんねえな。なんなんだここ」
「だよねえ、あたしも便利なテレポートくらいにしか思ってないけどさ」
ねじれくびれた妖し筋をそろそろと通りながら二人はつぶやく。
「ここは幽世であります。神の住まう常世と人の住まう現世の境界。
故にここは神の道、妖の道。軽々に通って良い場所ではないのであります。
まして人から荒神になった成りたてが住んで良い場所ではないのです。道とは通る場所でありますから」
カンテラの照らす範囲だけがまともに見える。それ以外はキュビズムの彼方だ。
「それって『殺人道化団』のことか?」
「そう本人達は名乗っております。あれは蠅声なす邪神の成りたてであります。
子供を浚ってはサアカスの芸人に仕立て上げているのです。殺人を演目として。
お二方、アレを成敗しにいくのでありましょう?いささか力不足かもしれませんが、頼もしいのであります。
あのような五月蠅い連中に居座られては困りますから」
白い顔を歪ませて隘勇線は苦々しく愚痴る。意外とおしゃべり好きな案内人なのだ。
「ああ、狼から仲間を取り上げるのがどういうことかあいつらに教えてやるよ」
「ったく集団戦は面倒なんだよなあ……でも仕事はきっちりするよ」
「いまいち軽いねえ……でも、あたしの後ろは頼んだよ」
そうして、音楽が聞こえる。光が見える。
サーカスの陽気な曲とまばゆい灯りだ。
「さ、もうすぐでありますよ。生きていれば迎えにゆきますので」
「あんたは高見の見物かい?」
「あくまで案内人でありますから」
「ま、それもそうか……行くよ、覚悟はいいかい?」
「問題ない、いつでも行けるぜ」
陽がすらりと腰に差し込んだバスタードソードを抜く。丸木戸の研いだ剣だ。
ぎらりとした真夏の太陽のような輝きが血に染まるのを待っている。