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勇敢なる特殊部隊

そんな特殊部隊は今、大海原を小型の魔法船を使って高速で移動している。

彼らはあと数日で人工島にたどり着くであろう。


そんな、まるで矢の様に進む魔法船の甲板に、隊長たる青年が立っている。

既に深夜と言っていい時間で、天には満月が登り、静かな海を照らしていた。


小さな甲板で仁王立ちしている青年はジッと海の先を見つめ、微動だにしない。

そんな青年の後ろから少女が近寄り、言った。


「もう寝ませんと・・・、まだ魔王島は先ですよ」


まるで鈴の様に可愛らしい声の少女は微笑みながら青年に語りかける。


「すまない。しかし、人々を苦しめる悪しき魔王がこの先に居ると思うと・・・、どうしても眠れないんだ」


青年は強い意志を感じさせる声で少女に答える。


「今この瞬間も魔物に人々は苦しめられている。・・・この船がもっと早く移動出来ればと、出港してからずっと思っているんだ」

「この辺りに魔物は居ません。たとえ魔物が居たとしても、この船には追いつけません。今は体を休めてください」

「ははは、癒しの巫女に体を休めろと言われては否定出来ないな。よし、もう寝るとするよ」


そして青年は船室に戻り、少女は甲板に残った。

少女は背中を向ける青年に何か言おうと口を開きかけたが、何も言えずに青年の背中を見送り、頬を染めながら俯くのだった・・・。


・・・そんな少女を、物陰からこっそり見つめる3人組みが居た。


「チッ!! なんでこのタイミングを逃すかね!! アタイには信じられないよ!」

「まあまあ。巫女殿は奥手ですから、もう少し時間がかかるでしょう」

「時間がかかる!? あと少しで魔王島に着いちまうよ!! 一体いつ告白するのさ!!」

「フォッフォッフォ。やはり、この賭けはワシの勝ちの様じゃの。では約束どおり、お主の胸を好きなだけ揉ませて貰うとしようかの?」

「黙れエロジジイ!! ああ! もう!! 同じ女として信じられないよ! あの男が好きなら寝室に忍び込んで! さっさと押し倒しちまえばいいじゃないか!」

「いや・・・、巫女殿にそれは難しいのではないでしょうか?」

「奥手も大概にしな!! なんならいっそ! アタイが直々に手ほどきを・・・!」




「誰に、何を手ほどきするんですか?」




そんな可愛らしい声を聞き、さっきまで騒いでいた3人組みがビクリと止まり、ゆっくり振り返ると、そこには静かに微笑んだ少女が立っていた。

しかし、その微笑みは青年に見せたやさしい微笑みではなく、背後に阿修羅が見え隠れする微笑みだった。


「いや・・・、巫女殿・・・これは・・・違うのです」

「アタイは止めたんだよ!? でもこのエロジジイが・・・って!? あれ?! あのエロジジイどこ行きやがった!?」


小さな高速船の甲板は今宵も騒がしい。

そんな高速船に追従するかの様に一匹の真珠虫が船の上を飛んでいたが、その事に誰も気が付かなかった。



私は甲板で騒ぐ彼らを感じ、頬を染めていた。


彼らはいつ見ても愉快であり、そして何と高貴なのだろうか。

戦いの前でも幸せな人生を1秒も無駄にする事無く生きている。


彼らの1秒は私の1万年よりもずっと価値があるに違いない。

その1秒1秒が過ぎ去るのが、こんなにも辛く、そして愛おしい。


いっそ時間を止めて彼らを永久に保存したくなるが、それでは彼らの輝きが消えてしまう。

手の中から砂金が零れ落ちるのを止める事が出来ない様に、彼らの高貴な人生が私の手から零れ落ちる。

人工島がもっともっと遠い場所にあれば、彼らの1秒1秒を味わうことが出来たのに・・・。


彼らの幸せそうな顔、殺されるかもしれない不安、魔物を生み出す魔王への怒り・・・。

それら全てが彼らの人生を彩っている・・・。


ああ、早くここまで来て欲しい。

ああ、まだここまで来ないで欲しい。


ああ、肉眼で君達を見たい、感じたい。

ああ、肉眼で君達を見たくない、感じたくない。


私の中で、様々な感情が泡のように浮かんでは、消えていく。

しかし、時間は残酷なまでに進んでいく。


私の胸も、張り裂けそうだ。




数日後、魔法船は人工島に迫った。


すると人工島の周りに居た巨大な魔物達は自分達に迫る「敵」に反応し、ものすごい勢いで魔法船目指して泳ぎ出す。

そんな大量の巨大な魔物を見た特殊部隊の隊員達は驚愕していた。


「この巨大な魔物は一体なんですか!?」

「チッ! 魔王の親衛隊だね! こんなに歓迎してもらえるなんて! 最高の気分だよ! 糞ったれ!!」

「ワシが活路を切り開く!! 皆! 覚悟を決めよ!!」

「どんなに傷ついても、必ず私が治します! 皆さん安心してください!!」

「いくぞおおおおお! 平和な世界を取り戻すんだ!! 覚悟しろ魔王!!」



そんな彼らの戦いを肉眼で見ようと、私は岬に移動した。

押し寄せる魔物の集団に対して、彼らは必死に戦っている。


次々に押し寄せる魔物の群れを騎士が切り捨て、女盗賊が魔物の弱点を突き、魔法使いが強力な魔法で活路を切り開く。


そして巫女たる少女が大声をあげる。


「あそこに!! 魔王が!!」


少女は私を指差し、隊長たる青年に私の位置を教えた。


「ついに魔王が出てきたか!! 爺!! 俺をあそこまで飛ばしてくれ!!」


魔法使いの老人は残った魔力を使い、青年に飛行魔法をかける。

青年は大きくジャンプして私に迫った。

その手には、王様に与えられた国宝クラスの剣がある。


その剣には伝承がある。


伝承によると、太古の昔、「私」が一度人間界に攻め込んだ時に持っていた剣だそうだ。

しかし、「私」は人間の軍隊に敗北し、戦いを放棄して逃げ出したらしい。

逃げる最中、「私」は身軽になる為に剣を捨て、この人工島に逃げ込んだ。


と伝承には書かれている。


彼が持っているのは、その時に「私」が捨てた剣だというのだ。

しかし、この伝承は少し前までとは大分違う。

少し前・・・つまり「私」が女神として扱われていた時の伝承はこうだ。


<暗闇を恐れ暮す人々に女神様はやさしく微笑み、「もし、お前達を傷つける者あらば、この剣を使いなさい」と仰り、人々に剣を与えたもうた>


となっていた。


そんな「由緒正しい剣」を青年は持っているのだ。

煌びやかな装飾を施された剣であり、神秘的な雰囲気を纏っているが、実際は昔の王様が趣味で鍛冶屋に作らせた剣だ。

城が建つくらいの大金を注ぎ込んでしまった為、国民に対して言い訳のつもりで「伝承」を教会に作らせただけだった。


この「決して外に漏れてはならない秘密」は、世代を越えるたびに忘れ去られ、今では本当に「私が人々に与えた剣」という事になってしまっている。


しかし、この時代では私は魔王となったため、教会の作った伝承は使えなくなった。

女神教が無くなった今、知識人が集まって無理矢理作り直した伝承が先程の伝承だ。


外の世界はまだ情報技術が大分遅れているし、その程度の嘘も見破ることは困難なのだろう。

実際、空中にいる青年も貴族として生きてきたが、「剣の伝説」を見破る事は出来なかった。


青年を飛ばした魔法使いは魔力を使い果たした。

騎士も自慢の剣が折れた。

盗賊も片腕を食いちぎられ、巫女が必死に治している。


そんな小船は海底から突撃した魔物の集団によって粉砕され、乗っていた4人は海に投げ出される。

そして彼らは海面で待ち構えていた魔物にブチブチと食い千切られ、捻じ切られ、全員がただの肉片となった。


青年は空中からチラリと彼らの最期を見て、決意を新たに私に剣を突きたてようとする。


そして終に、青年は私に迫った。


「魔王おおお!! 覚悟おおおおおおおおお!!」


青年が私の心臓に剣を突き立てるべく、突撃する。

あと1メートルで私の心臓に彼の剣が突き刺さる・・・筈だった。


しかし、残念ながら彼はバリヤーに己の体を叩きつけただけだった。

バリヤーにへばりついた青年は、少しずつ重力に引っ張られ落ちていく。

海面では魔物達が大きな口を開け、巨大な牙をガチャガチャ鳴らしながら、青年の到着を待っている。


重力によってズリズリと少しずつ落ちながらも、殺気の篭った視線を送り続ける青年に私は近づいた。


ここまで私に接近した新人類は彼が初めてだ。

薄く頑丈なバリヤーの内と外で、私達は出会った。


青年は左手でバリヤーを掴み、右手に握った剣をバリヤーに何度も叩き付ける。

私は青年の左手に触れるように、ソッと己の右手を重ねた。

私達の手の平は、素粒子一つ分にも満たない距離を挟んで重なる。


そして私は微笑みながら青年に話しかけた。


「やあ、ようこそ。そして・・・、初めましてかな?

君が生まれた時からずっと見ていたよ?


初めて歩いた瞬間も・・・、初めて剣を握った瞬間も・・・、癒しの巫女に恋をして、世界が平和になったら告白しようと決意した瞬間も・・・。


私は君の全てを見てきた。そして、君の最期も見届けよう」


青年は後少しで海面に達する。

魔物達はまるで餌をねだる雛鳥の様に、口をパクパク動かしながら青年の到着を待っている。


そんな海面目指して、青年は剣をバリヤーに叩きつけながら、ゆっくりと落ちていく。

私は愛おしい人を見送る恋人の様に、青年の人生を見続けた。



そして青年は何匹もの魔物に食いちぎられ、この世から去った。



・・・君は最期の瞬間まで高貴な存在だった。

他の人々と同じように、君は人生を謳歌した。


正義に生き、悪を憎み、人々の幸せを望む。

底抜けに愚かで、宝石の様に美しい君の人生を私は誇ろう。


君と同じ時を過ごせた事を、私は決して忘れはしない。

もし、本当に神が居るのだとするならば・・・。


「・・・どうか・・・、・・・彼に祝福を・・・」


私は生まれて初めて、存在するかも分からない相手に祈りを捧げた。


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勇者パーティーの最後…悲しい
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