黄昏の時代の始まり
新型の戦闘ゴーレムの量産が開始されてから、それなりに長い時代が経過した。
既に、宇宙の大半を新地球軍は支配している。
惑星連合軍は宇宙の果ての果ての小さな要塞まで追い詰められ、まさに風前の灯という表現が似合う状態だ。
あと少し、あと少しで新人類は宇宙を完全に支配する事が出来るだろう。
全ての知的生命体を支配下に置き、彼らの人生を自由に管理する事が出来るようになるだろう。
宇宙に存在する貴重な資源を集め、地球の魔法文明は今よりも発展するだろう。
最早、誰も地球を止める事は出来ないはずだ。
宇宙に住む人々はそう考えていた。
いや、新人類でさえもそう考えているのだ。
しかし、「人」というのは、それほど単純なものではない。
宇宙戦艦を建造する巨大な工場で、俺は働いている。
工場では俺みたいな人間が数人と、大勢のホムンクルス達がワサワサと動き回りながら、様々な戦艦を作り続けている。
今日も、俺は与えられた椅子に腰掛け、机の上に並べられた図面を確認する。
そして確認作業が終わると、何も無い巨大な空間に向かって様々な魔法を発動した。
発動した魔法は空中に様々なパーツを作り出し、そのパーツを組み合わせ、あれよあれよという間に一隻の巨大な宇宙戦艦を作り上げる。
そして完成した戦艦の品質チェックを終えると、俺は次の図面を確認し、杖を握るのだ。
そんな作業をたった一人で数時間繰り返し、数隻の最新型宇宙戦艦を建造し終えると、最後に宇宙全域に広がる地球軍の基地へ転送魔法を使って転送する。
そして最後の一隻を転送した直後、終業のアラームが工場に鳴り響き、その日の仕事は終了した。
「ああ~~~・・・。
やっと仕事が終わったか~~」
コキコキ肩を動かす俺に、管理職の小柄なホムンクルスが話しかけてきた。
<お疲れ様です。
今日、建造された戦艦も素晴らしい性能でした。
あのような戦艦が更に配備されれば、偉大なる地球文明が広大な宇宙に秩序をもたらす日も近いでしょう>
可愛い顔をしたホムンクルスは、ニコニコとした笑顔で地球を賞賛する言葉を発する。
そんなホムンクルスに対して、
「ああ、そりゃ~~ど~も。
まあ、仕事ですからね」
と適当な言葉を返し、俺は普段着に着替え、工場を後にした。
工場の正面ゲートから一歩踏み出した俺は、転移魔法陣を展開する。
目的地は大陸の反対側にある飲み屋だ。
数分後。
とある飲み屋で俺は仲の良い友人達と楽しそうに酒を飲んでいた。
みんなそれぞれ悩みを抱えていたが、この瞬間だけはそれを忘れて楽しく酒を飲んでいたのだ。
そんな時、俺はポツリと呟いた。
「・・なあ・・・、・・・何で・・・・、俺達は働いているんだろう?」
(・・・ああ・・・。
この呟きが世界を変える事になるとは、誰が予想しただろうか?
彼ですらも、この発言がそれ程の意味を持っているとは予想もしていないだろう・・・。
・・・さあ・・・、・・・始まる・・・、始まるぞ。
・・・始まらないわけが無い・・・。
・・・地獄の終わりが・・・。
・・・そして・・・、・・・黄昏の始まりが・・・)
男の呟きに、友人達は答える。
「何でって、そりゃ生きるためだろうよ」
「うんうん。仕事をしないと生きていけないしね」
だが、彼は続けた。
「・・・別に仕事をしなくても、生きていく事は出来るんじゃないのか??」
その呟きを聞いて、友人達は黙り込む。
「別に俺は怠けたいわけじゃないんだよ。
ただ単に、この生活が嫌なんだ。
毛の色で差別されて、人工妖精に人生を管理されて、死ぬまで地球に奉仕しつづけないといけない生き方が嫌なんだ。
・・・何で、俺達はこんな辛い想いをしながら仕事をしないといけないんだ・・・?
いや、俺達だけじゃない。
貧困層も、中間層も、支配層ですらも、みんなストレスを抱えて生きているんだ。
何故だ? 何故そこまでして仕事をしなくてはならないんだ?
俺はたださ・・・、誰にも拘束される事無く、自由に生きたいんだ。
本当なら、俺は宇宙戦艦なんて作りたくないんだ。
毎日毎日、したくもない仕事をさせられて・・・、一体・・・俺の人生は何なんだ?」
そこまで聞いた友人達も、ぽつりぽつりと呟き始まる。
「俺も・・・、いい加減この生活が苦しくてたまらないよ」
「私もよ・・・、毎日毎日・・・、まるで深海に放り込まれたかのように息苦しいの」
その呟きを聞いた彼は、友人達に提案した。
「・・・なあ・・・、・・・地球を見捨てないか?」
人工島で、私は静まり返った酒場をワクワクしながら感じていた。
この光景は、まるで末期の旧人類社会そのものだったからだ。
(では何故、彼はこういう事を言えたのだろうか?
その理由は単純だ。
既に、新人類の魔法文明はその極みにあり、新人類は個人個人が神の如き力を持っている。
人々は己の体内に強大な力を持ちながらも、
「社会を捨てたら生きてはいけない」
という洗脳に近い強迫観念に支配され、無意識に仕事をしているに過ぎない。
だが、彼はその無意識に意識を向ける事が出来た。
彼は悩み続けていたのだ。
何故、個人で生きていける力を持っているのに、社会に属さないといけないのか?
何故、個人で生きていける力を持っているのに、自由を制限されないといけないのか?
何故、俺はこんなに苦しい人生を送らないといけないのか?
そう考えた彼は、己の考えを仲間に打ち明けたのだ。
話を聞いた友人達は戸惑った。
地球を捨てるなんて事は、今まで考えもしなかった事だからだ。
だが、このまま地球で生活していても、辛く苦しい人生が待ち構えているのは明白だった。
「この苦しい生活を何とかしたい!」
これは、宇宙に存在する全ての知的生命体の願いでもある。
宇宙に住む人々はもちろん、地球に住む新人類でさえも「地球社会」という強大な支配から開放されたがっているのだ。
そんな時、「地球を捨てる」というとんでもないアイデアが飛び出してきた。
まさに、天地がひっくり返るかのようなアイデアであったが、このアイデアは実行可能なアイデアでもあった。
宇宙にある様々な知識や物質を貪欲に集めた結果、地球の魔法文明は他に類を見ないほど発展している。
その結果、個人個人が持つ能力も向上し、ただ一人で一つの先進惑星レベルの力を持つに至っている。
やろうと思えば、数人の仲間達と地球を捨て、どこかの無人惑星にでも移住して生活する事も可能なのだ。
生命が生存するのに適さない星だったとしても、神の如き魔法があれば環境を容易に変えられる。
資源が少ない星だったとしても、神の如き魔法があればどんな物質でも作り出せる。
どんなトラブルが発生したとしても、神の如き魔法があれば安全に生活出来る。
まさしく、彼ら新人類は一人一人が神として生きる事が出来る程の力を持っている。
その事実を再度認識した彼は、そのアイデアを友人達に伝えたのだった。
流石に、彼に提案された友人達は即決出来ず、一度解散する事になった。
友人達は家に帰り、一人になって提案されたアイデアを熟考する。
何時間も、何日も、彼らは時間を見つけると熟考し続ける。
本当に地球を捨てて生きていけるのか?
本当に大丈夫なのか?
でも・・・、でも!
このまま地球にいても!
ああ・・・、一体どうすれば・・・。
どうすれば、私達は幸せに生きる事が出来るんだろうか?
彼らは悩み続け、苦しみ続け、そして、決断した。
「地球社会を捨てる」という決断を、彼らは下したのだ)
数日後。
数人の若者グループが地球から旅立った。
小型で高性能な魔法宇宙船を自分達で作り出し、遠い遠い無人の惑星目指して、彼らは旅立った。
旅立った彼らは、誰一人として小さくなる地球を振り返る事は無く、全員が前をしっかり見つめ、これからの人生に想いをはせたのだ。
この時、彼らは生まれて初めて「胸の高鳴り」を感じる事が出来ていた。
地球社会では経験した事の無い、「全く先の見えない」「人工妖精に1秒も管理されていない未来」に対し、興奮を感じていたのだった。
この出来事が、世間に広まる事はなかった。
そもそも、彼らは新人類全体に対して啓蒙活動をしたかったわけではなく、ただ単純に辛い生活からいち早く抜け出したかっただけなのだ。
実際、彼らはメディアを集めて出発した訳でもなく、広域に自分達の活動を発表した訳でもない。
その結果、数人の若者が地球から消えた事に殆どの人は気が付かなかった。
しかし、この出来事はそれ以降の時代において続々と発生しつづけた。
それは何故か?
理由は単純だ。
全ての新人類は、現状の生活が嫌だったからだ。
そんな新人類は共通して、まさに神の如き力・・・、そう「極めて高度な魔法」を持っている。
そして現状の生活に嫌気が差した新人類は、その力を使って地球社会を捨てるという発想に至っただけだった。
これは誰に強制されたわけでもない。
彼らが選んだ、一つの結論に過ぎない。
その結果、新人類は地球から、そして地球が管理する広大で強大な社会から次々と姿を消した。
最初の若者グループが地球を捨ててから僅か数世紀という短時間で、地球はもちろん、宇宙全域に広がる地球軍の基地からも、新人類は姿を消していった。
姿を消した彼らは無人の惑星や人気の無い宇宙空間に移住し、地球社会とも、そして他の文明圏とも交流を一切せず、細々と自由に生活する事にした。
そう、まるで黄昏のように、新人類はその姿を広大な宇宙から消していったのだ・・・。