リクルーター
まさに地獄としか表現出来ない3ヶ月が終了し、私達はそれぞれが任地に赴く事になった。
一応、軍は個々人の適正を調べた上で、一番適した部署に新兵を配置する事になっている。
しかし、そこにも差別は存在していた。
地球に近い、比較的安全な任地は黒毛人が優先的に配属され、逆に惑星連合軍と戦う最前線には白毛人が優先的に配属されているのだ。
前線では毎日、惑星連合軍との激戦が繰り広げられている。
確かに、地球軍は強力であり、惑星連合軍は劣勢を強いられている。
だが、惑星連合軍も馬鹿では無い。
正面から戦って勝てないのならばと、彼らは地球軍の延びきった補給線を積極的に攻撃している。
その為、かなりの数の地球軍人が前線に辿り着く前に戦死している。
更に、補給が止まった為に軍事物資が欠乏している艦隊も最近では現れ始めた。
噂では、一番酷い艦隊ともなると、白毛軍人はまともに食事すら提供されないのだとか・・・。
そんな危険な前線に大半の白毛軍人が送られる事になっているのだ。
まあ、例外もあるにはあった。
それが私を含めた数人の白毛人の配属先だ。
なんと、私達の配属先は地球にある部署だったのだ。
これを聞いた時、私達は飛び跳ねて喜んだ。
(これで最前線に行かなくて済む!
これで戦死を心配しないでも済む!)
私達は抱き合い、涙を流しながら喜んだ。
しかし、現実はそう甘くは無かった・・・。
私達の配属先は「新兵募集センター」だった。
・・・そう、私は軍のリクルーターになったのだ。
初めて任地のセンターを訪れた時、上官に当たる黒毛人の将校は私に重い鞄を投げつけてきた。
そして、
「その鞄の中にマニュアルがあるから、それをしっかり暗記して新兵を集めて来い」
とぶっきらぼうに言い放ち、自身は同僚の黒毛人将校達とカードゲームを始めた。
もちろん、センターにも大勢のホムンクルス兵がいる。
しかし、新兵を勧誘するのは基本的に人間の役割だ。
この理由は極めて単純だ。
もし、あなたが軍人にならないかと勧誘されたとしよう。
その時、ホムンクルスに勧誘された場合と、人間に勧誘された場合、どちらが心を動かされるだろうか?
それはもちろん、人間に勧誘された方が心が動くものだ。
相手と同じ人間が必死に勧誘した方が、契約書にサインしやすいのだ。
だからこそ、新兵の募集作業は人間が行う事になっている。
私はセンターの隅っこにある自分の机に向かい、鞄の中身を確認する。
鞄には通信用の小型魔導具の他に、様々なパンフレットや冊子、新兵勧誘マニュアルや地図が入っていた。
それらを一つ一つ確認していくと、その内容はとんでもない物だという事が直ぐに分かった。
例えば新兵勧誘マニュアルの一番最初にあった言葉は、
「貧乏人を狙え」
という言葉だった。
そして鞄に一緒に入っていた地図には、募集センター周辺の貧困層が住んでいるエリアや、貧困層が通う学校の場所が詳細に描かれていたのだ。
私はドキドキしながらマニュアルを読み進める。
そこには様々な事が書かれていた。
「スクールカースト上位を最初に勧誘しろ」
「異性の勧誘が難航した場合は、積極的に己の体を活用しろ」
「プライベートでも親密な仲になり、志願者は決して辞退させるな」
「地球軍以外の就職先に希望は無いと信じさせろ」
「地球軍に入れば薔薇色の人生があると確信させろ」
私はポタリポタリと冷や汗を流しながらマニュアルを読み進める。
そしてマニュアルの一番最後のページには、衝撃的な事が書かれていた。
「ノルマを達成出来ない能無しへ。
最前線は、いつでも貴様を待っている」
・・・人生で初めて、血の気が引く音が聞こえた・・・。
さて、話を冒頭に戻そう。
お察しの通り、今月も私はノルマを達成出来なかった。
だが、ここで言い訳をさせて欲しい。
本来ならば、私はノルマを十分に達成している筈なのだ。
では何故、私はノルマを達成出来ていない事になっているのか?
理由は簡単だ。
それは、私が白毛人だからだ。
基本的に一人一人のノルマを決めるのは新兵募集所の所長の仕事となっている。
そして、この募集所の所長は黒毛人だ。
・・・まあ、大半の募集所の所長は黒毛人なのだが・・・。
黒毛人の所長は、同じ黒毛人の軍人に対して厳しいノルマを与える事が無い。
逆に、私達白毛人に対しては、平然と、さもそれが常識の如く厳しいノルマを与えてくる。
現に、私に与えられたノルマは同期の黒毛軍人の2~3倍程のノルマが与えられている。
最初にノルマを聞いた時、私は卒倒するかと思ったが、先輩の白毛軍人達に励まされ、何とか持ち直した。
そして必死に新兵の募集任務をこなしたのだ。
それでも、私は配属されてから3ヶ月の間、一回もノルマを達成していない。
毎回、
「あと一人志願させればノルマ達成だ!」
というところで時間切れとなってしまうのだ。
そんな私に対して、黒毛人の上官はネチネチと嫌みったらしく説教する。
上官の説教に内心煮えくり返るような思いをしながらも、私は耐え続けるしかなかった。
もしここで反抗的態度など見せたら、明日には最前線に送られてしまう。
だらかこそ、私は必死に耐えた。
そんな私の姿を見ながら、黒毛人の同期達はクスクスと笑うのだ。
「おい、またあいつかよ。いい加減しっかり仕事をして欲しいもんだね」
「所長も優しいよな~~。あんな無能をのさばらせておくなんてさ」
「どうせ白毛人だろ? 所長のベッドに忍び込んでお願いでもしているんじゃないのか??」
「ああ、それは可能性が高いな。全く、本当にあいつはプライドも何も無い奴だよ」
「所詮は白毛人よ? 私達とは能力に差がありすぎるのよ」
等と、私のノルマの数分の一程度の仕事しかしない連中が、わざと私に聞こえるように雑談している。
そんな悪意に満ちた雑談を聞き、私は拳を握り締め、唇を噛みしめ、必死に耐えた。
(殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
首をねじ切り、肉を切り裂き、脳みそをぶちまけてやりたい。
全ての能力が劣るクズどもが!
毛の色しか取り得の無いゴミどもが!
この場に居る全ての黒毛人を、今すぐ全員殺してやりたい!)
そんな想いを周囲に悟られないように、必死に体内に隠して私は耐え続けたのだ。
所長の説教が終わると、就業時間となり、その日の業務は終了した。
就業を知らせるラッパが鳴り、ようやく長い説教から開放され、フラフラと事務所を後にする私を迎えてくれたのは、白毛人の先輩軍人だった。
彼女は優しそうな声で、
「お疲れ様。良く我慢したね。偉い偉い」
そう言って私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
その瞬間、私の瞳からポロポロと涙がとめどなく溢れ出す。
私は先輩に抱きつき、先輩の豊かな胸の中で泣き続けたのだ・・・。
その後、先輩は私を連れて近くの酒場に連れて行ってくれた。
私と先輩はその後暫くの間酒場で日々の愚痴を言い合った。
(ああ、軍に入って、この時間だけが唯一癒される時間だ・・・。
毎日毎日、厳しいストレスを強いられる世界において、唯一リラックス出来る時間・・・、それが先輩と酒場で過ごす時間だ)
そして、飲み始めて1時間程度が経過した時のことだ。
先輩が意を決し、まるで呟くように私に語りかけた。
「・・・私ね・・・、明日から最前線に異動する事になったの・・・・」
(・・・え?)
「実は・・・、前々から所長から愛人になれって言われててね・・・、それを・・・、断っちゃったの・・・」
(・・・は?)
「それでね・・・、私が管轄しているエリアを貴方に譲ろうと思うの」
(・・・何を・・・、何を言っているんですか?)
「貴方みたいな優秀な子が、最前線になんて行く必要は無いわ」
(ちょっと・・・、待ってくださいよ・・・)
「私が担当するエリアの詳細なデータをまとめた書類は、貴方の机の中に入れてあるから」
(待って・・・、待って・・・)
「これさえあれば、貴方は前線になんて行かなくて済むわ。
貴方は無事に軍を勤め上げて、しっかりとした職場で働くべきよ」
「待ってください!!」
私は立ち上がり、叫んだ。
「一体! 何なんですか!?
いきなりそんな! だって! そんな素振り全然!
先輩が居なくなったら! 私! どうしたら!?
それに最前線って!? そんな! 補給線は!!
最近じゃ友軍の被害も甚大で! 戦死だって!?
最前線じゃ死体の回収も!
だって! だって! だって!! どうして!?」
そんな私に対して、先輩は笑顔を向けてきた。
「落ち着いて、大丈夫。
あなたならちゃんと任務をこなせるわ
ノルマが達成出来ないって叱られていたけど、足りないのは一人か二人程度でしょう?
ノルマさえ達成してしまえば、所長は何も言ってこないわ。
むしろ、一定以上契約を取れば、勲章だって貰えるのよ?
そしたら除隊後に貰える年金だって増額されるんだから」
そう言うと、先輩はニコニコと素晴らしい笑顔を向けてきたのだ。
「・・・あっ・・・、ごめんなさい。職業柄、相手を説得しようとするとこの顔になっちゃうのよ。
確かに前線は色々と大変な職場かもしれないけど、大半が白毛人だから実際はかなり気楽なのよ。
変に差別される事も無いしね。
あと、これは噂なんだけど・・・、近いうちに地球軍は新型戦闘ゴーレムを実戦投入するらしいわ。
その新型戦闘ゴーレムは素晴らしい性能らしくてね? それさえあれば惑星連合なんて簡単に壊滅出来るらしいの」
そこまで言うと、先輩はニコニコとした素晴らしい笑顔を止め、優しそうな笑顔を私に向けてきた。
そして、
「必ず、貴女は五体満足な状態で除隊するのよ?」
と言ってきた。
私は、その優しそうな笑顔を呆然と見つめるしかなった・・・。
翌日、先輩が使っていた机には白毛人の新兵が座っていた。
そんな新兵に対して、所長は硬くて重い鞄を投げつけ、
「マニュアルを読んで新兵を集めて来い」
と言いつける。
新兵は床に落ちた鞄を拾い上げ、中に入っているマニュアルを読み始め、そして、まだ幼さが残る顔を次第に青くするのだった。