新人類の幸運
新人類は運が良かった。
そう、まるで「女神の加護」があるかの如く、彼らには幸運が続いている。
まず一つ目の幸運は、惑星「連盟」が既に崩壊していたという事だ。
何故、彼らは滅んでしまったのか?
それは、私が彼らに賠償代わりに贈った科学技術が原因だった。
私としては彼らの文明の発展を願い、彼らでも使えそうな技術を厳選した・・・つもりだった。
しかし、私の考えは甘かった。
彼らは、私が贈った「力」に耐える事が出来なかった。
彼らは与えられた科学技術に振り回され、翻弄され、最期には暴走してしまったのだ。
そして惑星連盟は内部分裂した後に大規模な宇宙戦争に突入し、最終的には無数の有人惑星が粉々に破壊されてしまう。
僅かに残った星も生き物が住む事が出来ないレベルに汚染されてしまい、数年後には全ての生き物が死に絶えてしまったのだ。
その結果、惑星連盟は宇宙全域に僅かばかりの「遺物」を残して消滅してしまった。
二つ目の幸運は、新人類が地球で産まれたという事だ。
この時代、宇宙に存在する知的生命体が用いる基本的な技術は「魔法技術」だ。
地球を含めた殆ど全ての星々が、魔法技術を基本として生活しているのだ。
この事実に関しては流石の私も疑問に思い、色々と調べてみる事にした。
まず、死亡した新人類の体を手に入れて解剖した。
次に、地球軍に殺された知的生命体の死体も解剖した。
そんな事を私は数年間も続けたのだ。
その結果、一時的とはいえ人工島内部には様々なタイプの知的生命体の死体が溢れかえり、私の体は常に濃密で生臭い血の匂いを纏う事になってしまう。
(ああ・・・、今でも思い出す・・・あの時の苦労が・・・、あの時の喜びが・・・・。
やろうと思えばロボット達に解剖を全て任せる事も出来たのだが、私としては自らの手を動かして彼らに触れてみたかった。
だからこそ、わざわざ太古の昔に設計された手術機器を再生産したのだ。
そんな手術機器に新人類の冷たい死体を丁寧に並べた時など・・・、感極まって涙がポロポロと流れ出た程だ・・・・。
その時、私は初めて新人類に直接触れる事が出来た・・・。
既に物言わぬ体になってはいたが、私は優しく、冷たくなった体を撫でた・・・。
指先から伝わる冷たい皮膚の感触を、私は何度も何度も味わい続けたのだ・・・)
その後、手術機器を駆使して遺体の解剖を開始したのだが、色々と問題も発生する。
新人類の解剖は比較的簡単だったが、他の星の知的生命体ともなると中々に骨が折れる作業であった。
腹かと思って解剖してみれば、そこには巨大な脳みそがあった事もある。
足が3本あるのかと思って解剖してみれば、そのうちの一本は巨大な性器の一種だったらしく、大量の精液が噴出して私の頭からつま先まで生臭い白濁液まみれになってしまった事もある。
時には、一体の大型知的生命体の死体と思って解剖してみれば、実は小さな知的生命体の塊で、ボロボロと小さな死体が辺り一面に散らばった事もある。
(・・・そういえば・・・、解剖で汚れた私の家を人工島に存在するメイドロボ総出で掃除をしてもらったりもしたな・・・・。
私の興味半分で始めた事だったが、最後の方は大騒ぎになってしまった・・・)
色々とトラブルもあったが、今にして思えばどれもこれもが楽しい思い出だ。
実際、メイドロボ達も久しぶりにやりがいのある仕事を得た事を喜んでいた程だった。
(・・・まあ・・・、・・・生臭い体液まみれになったメイドロボ達が嬉々として壁床天井に散らばった臓物の掃除をする姿は、何と言うか異様な光景ではあったが・・・)
そんな努力の結果、私は「魔法」の正体を突き止めることに成功した。
魔法の正体・・・、それは旧人類の作り出した「ナノマシーン」であった。
黄昏の時代以降、旧人類は宇宙全域に散った。
そして彼らは無人の星に住み着き、そのままその星の土となった。
その時、旧人類の体に備わっていたナノマシーンが、その星にばら撒かれてしまったのだ。
ばら撒かれたナノマシーンはその星に元々存在していた生物のDNAに潜り込み、様々な生き物を強制的に進化させていった。
その過程において、ナノマシーンは変異を起こして魔力臓器を生み出してしまう。
その結果、この時代は「魔法技術」が一般的な時代となったのだ。
そこまで理解し、私は一人納得してしまった。
(魔法が科学技術を基礎としているならば、科学技術を用いて簡単に人工魔力臓器を生み出せたわけだ。
魔法技術が科学技術に比べて不安定だったのも、魔法そのものがナノマシーンがエラーを起こした結果生み出された技術だった為か・・・)
そんな時代において、新人類は高度な魔法技術を有していた。
もちろん、理由は単純だ。
魔法がナノマシーンによって生み出されているのならば、最新のナノマシーンを体内に有する新人類の魔法が発展しないはずが無い。
新人類の体内に存在するナノマシーンは、旧人類が最期まで改良を続けた最新式だ。
更に言えば、地球には他の星に比べて大勢の旧人類が最後まで住んでいた。
その結果、新人類の体内に存在するナノマシーンは、量も質も他の星に比べて圧倒的に優れているのだ。
だからこそ、新人類は絶対的といっていい力を有し、徐々にではあるが宇宙の支配者になりつつある。
新地球軍は他の星の軍隊を蹴散らし、我が物顔で宇宙に勢力圏を広げ続けている。
新地球軍に制圧された星々は、様々な制約の中で生きていくしかない。
支配される側は貴重な資源を奪われ、自由も、人権も、その全てを地球に管理されている。
・・・では、そんな時代において新人類は幸せな人生を送れているのだろうか?
圧倒的な力を持つ強者として、彼らは自信に満ちた人生を送れているのだろうか?
残念ながら、そうでは無い。
新人類は互いに壁を作り出している。
そして、その壁に苦しめられているのだ。
経済的な壁、毛色の壁、宗教の壁、性別の壁・・・。
まさに、旧人類が味わった物と同等の苦しみの中で彼ら彼女らは生活している。