魔物の殲滅
二週間戦争・・・彼らは「魔王討伐戦争」と呼んでいたか・・・、から少しだけ時間が経った。
私は日課となりつつある人工島外周の散歩をしていると、海で何かが動いた事に気がつく。
それはとても大きな「何か」だった。
気になった私は、人工島の地下エリアへ進んだ。
人工島の地下にはバリヤーが壁となり、巨大な水槽の様に海中が見えるエリアが存在している。
もちろん地下エリアにも散歩道は存在しているので、ここはお気に入りの散歩ルートでもある。
地下に降りると、何体かのメイドロボが清掃を行っていた。
私に気が付いた彼女達は、微笑みながら小さく会釈する。
そんな彼女達に私も笑顔で答えると、静かに散歩道を歩き始めた。
そして私は、海中に何が居るのかを理解する。
全長100メートルはあるであろう、巨大な海蛇の様な魔物が100匹近く海中を泳いでいたのだ。
なるほど、二週間も強力な魔法を使い続ければ、魚ですらもここまで巨大な魔物になるのか。
こんなにも巨大な魔物がうようよ居ては、人工島が本当に魔王島の様に見えてしまうだろう。
そのうち、泳ぎ回る魔物達の何匹かが私に気がついた。
彼らはゆっくりとバリヤーに近づき、つぶらな瞳でジッと私を見つめる。
彼らの皮膚は硬そうなウロコに覆われ、大きな口には剣の様な牙が何本も生えており、真っ黒な体はまさしく「魔物」という貫禄すらある。
すると彼らは、真っ赤な舌でペロペロとバリヤーを舐め始めた。
それから少しの間、私と魔物達は見つめ合った。
しかし、そのうち魔物達は私に興味を無くしたらしく、フヨフヨとどこかへ泳いで行く。
恐らく、彼らは私に魔力臓器が無いことを感じたのだろう。
基本的に魔物は、体内に魔力カスを溜め込み、浄化することで地球環境を守っている。
そんな彼らにとって「魔力カス」を発生させる「魔力臓器を持つ者」は敵であり、排除すべき存在だった。
逆に言えば、「魔力臓器を持たない者」に対しては敵対行動を取ることが無い。
流石に攻撃されれば反撃もするだろうが、何もしなければただの大きな動物だ。
そんな彼らは、基本的に魔力カスが存在する状況下では食事をすることがない。
魔力カスは汚染物質でもあると同時に、彼らの栄養源でもある。
彼らは体内に残った魔力カスを浄化し、周囲に残った魔力カスを全て浄化するまで食事を必要としないのだ。
もし今、この魔力カスに汚染された海に魔力臓器を持たない者を投げ込んでも、その者は攻撃されることも無く普通に泳ぐ事が出来るだろう。
・・・足元にこんな大きな「動物」がうようよ居る状況でも冷静さを保てればの話だが・・・。
まあ、たとえ私を食べようとして彼らが全力でバリヤーに攻撃したとしても、バリヤーを破れる筈もない。
こちらからは何もするつもりもないし、私としては観察対象が増えたことを素直に喜ぶとしよう。
海に何が居るのか判明したので、私は地上に戻って散歩を再開した。
魔王討伐軍の敗退を知った各国は対策を練った。
「今すぐに、前回よりも更に強力な軍隊を派遣して魔王を討伐すべき」
という意見と、
「まずは魔物を討伐して国力を回復させてから再度討伐軍を編成するべき」
という二つの意見がぶつかった。
会議は荒れた。
「そもそも!!貴国の戦艦の性能が低いのが今回の敗因では無いのか!?」
「何を言うか!!陸軍しか無いような国家に戦艦の建造がどれだけ困難なのか理解出来るとでも言うのか!?そんなに言うなら我らの戦艦よりも強い戦艦を作ってから文句を言え!!」
「今回の戦いに参加した魔法兵たちは消耗が激しい。暫く使い物にならんぞ」
「魔法兵だけではない。一体どれくらいの金がかかったと思っているんだ。国家予算が持ち直すまで大分かかるぞ」
「なんとか魔王島の黄金さえ手に入れれば資金難も解決するのだが・・・・」
「貴殿はあんな世迷言を信じているのか?誰も見たことも無い黄金の山なぞあるわけが無い」
「しかし、あんな辺鄙な場所で一人で生活するには相当な金があるはず。ひょっとしたら・・・」
「馬鹿馬鹿しい。多分魔法なり使っているのだろう。むしろ、その技術こそ値千金だ。世界を混乱させた代償として、何をしてでも魔王から回収せねば」
結局、長期間行われた会議では結論を出すことが出来ず、各国代表はそれぞれの思惑を胸に帰国することになった。
そんな会議が行われていた場所から大分離れた所に、大きな国が存在している。
ここは新人類国家の中でも最大の魔法国家だ。
現代魔法を最初に生み出し、日々その研究を続けている現代魔法の聖地といっていい場所である。
そんな国の中心部には、分厚い壁で厳重に管理されたエリアがある。
そこには極秘扱いの研究を行っている研究施設が集められていた。
研究施設ではホムンクルスを作り出す研究や、物質を転送する転送魔法の研究、更には不老不死の研究までも行われていたのだ。
そんなエリアにおいて、更に極秘施設として扱われている地下室に大勢の人が居た。
巨大な地下室には天井まで届くであろう大きな魔石がいくつも並び、魔石を制御する為の十数人の優秀な魔法使いも整列している。
この日の為に、ここに並んだ巨大な魔石には数ヶ月もの時間をかけて魔力を充填し続けてきたのだ。
その光景を見ながら、この国の王である男が隣に控えた老練な魔法使いに
「準備は整っているのか?」
と訊ねた。
すると老練な魔法使いは自信に満ち溢れた声で、
「もちろんでございます。我が国が世界で初めて魔物の完全なる殲滅を達成出来るでしょう」
と答える。
その言葉を聞いた他の魔法使い達も胸を張り、床や壁に巨大な魔法陣を浮かび上がらせた。
「ふむ・・・なら良い・・・。これは極秘だ。決して他国に知られてはならんぞ?」
「ご安心ください。この施設の警備は万全です。ねずみ一匹入り込む事など出来ませぬ」
「しかし、あそこに真珠虫が飛んでおるぞ?」
「ははは。真珠虫はどこにでもおります。あれを防ぐ方法などありますまい」
「まあ、それもそうか。・・・では始めてくれ」
「はっ!! 皆の者!! 発動準備を始めよ!!!」
命令が下され、魔法使い達は動き出した。
彼らは魔法陣に魔力を注ぎ込み、長い呪文を唱え始めたのだ。
暫く儀式が続くと、次第に地面が揺れ始める。
そして地面の揺れが大きくなると、巨大な爆発音が地上から響き渡った。
爆発音が響き渡ると同時に、魔力を制御していた魔法使い達はバタバタと倒れる。
老練な魔法使いはその様子を目を細めながら眺め、
「陛下、成功いたしました」
と誇らしげに報告した。
成果を確認するため、彼らは高い塔に登って辺りを見回す。
そこには信じられないような光景が広がっていた。
国と魔物を隔てる巨大な城壁の向こう側が、見渡す限り焼け野原となっていたのだ。
焼け野原となった大地を見て、国民は呆然としていたが、誰かが
「これで魔物は死滅したぞ!!」
と大声で叫ぶと、人々は一斉に歓声を挙げた。
人々は抱き合い、魔物への勝利を祝ったのだ。
商人は「これで商売が上手くいく!!」と喜んだ。
恋人を魔物に殺された少女は恋人の形見を持って屋根に上り、焼け野原を今は亡き恋人に見せた。
魔法学生達は「これぞ我が国の力! 人類の力だ! 思い知ったか魔王よ!!」と叫び、空に祝いの光魔法を放った。
国中が祝いの声で溢れ、そこかしこから様々な魔法が空に打ち上げられる。
その光景を見て、魔法使いも王族や貴族も魔物への勝利に沸き立ち、これで人類は魔物から開放されると信じた。
そして魔物から開放されたら次は魔王を討伐し、平和な世界を築けると確信していた。
しかし、その「希望」はたった数時間で「絶望」へと変わる事になるのだった。