相棒として
駆け足で自室に戻った少年兵を待っていたのは、カタミミだった。
彼が部屋に入るとカタミミは「ピシリ」と音が鳴る位に美しい敬礼をする。
その時、彼は先程の古参兵の台詞を思い出し、少し赤面しながらカタミミに向けて軽く頭を下げた。
<隊長、先程基地司令から命令書を受け取りました。ご確認ください>
カタミミは封印のされてある命令書を手渡し、直立不動の姿勢を取る。
手紙を受け取った彼は命令書を開封し、何が書いてあるのか確認した。
命令書に書いてあった事を簡単にまとめると、
「駐屯地周辺を偵察して来い」
という物であった。
それを読んだ彼は、基地司令の考えを理解する。
(ああ、成る程な。
これはつまり、
「駐屯地周辺の地形を見ておけよ」
という事なのだろう。
それと「ホムンクルス兵士の扱いに慣れておけ」という事なのかもしれない。
教育隊では一人のホムンクルス兵士しか扱った事が無いし、丁度いい訓練になるだろう)
彼が命令書を読んで納得している間、カタミミは不動の姿勢のまま動かない。
そんなカタミミに気がついた彼は「休め」と号令をかけ、カタミミに楽な姿勢をとらせる。
そんなカタミミを、彼はジッと見つめた。
(ホムンクルス兵は確かに命令に忠実だが・・・、本当にこの子達を使って戦うのか?
耳が片方ないが、こんなに可愛い子は故郷の村でも見た事が無い・・・。
教育隊では、
「ホムンクルス兵士は消耗品だ」
と教わったが・・・、この子達がバタバタ死んでいくのか・・・)
そして彼はカタミミを上から下まで眺め、カタミミの体に小さな傷がいくつも残っている事に気がつく。
(そういえば、何でカタミミの耳は片方無いんだ?
それに、何でこんなに体中に傷が残っているんだ?)
不思議に思った彼は、カタミミに尋ねた。
「カタミミ、どうしてお前の体にはそんなに傷があるんだ?賢者の国では最初からそんなに傷だらけのホムンクルス兵士を量産しているのか?」
<隊長、自分はここに納品されてから一ヶ月経過しています。
自分は一昨日まで前任者と共に戦場で戦っていました。
これらの傷は今、までの戦闘で付いた傷です>
そんなカタミミの答えに彼は驚いた。
(カタミミは一ヶ月も戦っているのか。
凄いな、ベテランじゃないか。
ホムンクルス兵は基本的に一週間も生き延びる事は出来ないと教育隊で教わったが・・・。
一ヶ月も戦場で戦い続ければ、そりゃ傷だらけにもなるわな)
「ん? という事は、耳が片方無いのも戦闘で失ったのか?」
<はい、耳は4日前の戦闘で吹き飛びました>
「そういうことか。ちなみに前任者はどうなったんだ? どこかの駐屯地に異動したのか?」
<前任者は2日前の戦闘により負傷し、昨日死亡しました>
(なんだ、前任者は死んでたのか。
それで手空きになったカタミミが俺の装備となったわけだな)
「カタミミ以外のホムンクルス兵も、そんな長期間生き残っているのか?」
<彼女達は隊長が到着する2時間前に納品された新品です。戦闘の経験はありません>
(・・・そうか。
彼女達は俺と同じ新兵なわけだな)
「了解した。では明日からよろしく頼むぞ」
そう言うと彼はスッと手を伸ばした。
彼は単純に握手したかっただけなのだが、カタミミは伸ばされた手をジッと見つめたまま動こうとしない。
それを見た彼は不思議そうに、
「? どうした? 握手したくないのか?」
と尋ねると、カタミミはゆっくりと手を伸ばし、彼と握手をしたのだ。
「では改めて、明日からよろしく頼む。お互い背中を預けられる相棒となろうじゃないか」
<はい、「相棒」ですね。了解しました>
そう言うと彼は手を離したが、カタミミは彼を見つめ続ける。
「どうしたんだ? まだ何かあるのか?」
不思議そうに思った彼が尋ねると、
<隊長、今夜はどのホムンクルス兵を部屋に送ればいいでしょうか?>
とカタミミは逆に質問してきたのだ。
「質問の意味が分からないな。どういう事だ?」
<隊長は今夜、性処理を行わないのですか?>
そんなカタミミの言葉に、彼は噴き出し咳き込んだ。
「いらん! いらん! 何を言っているんだお前は!」
<でしたら自分が性処理をお手伝いいたしましょうか? しかし、自分は3回程前任者に使用されています。それでよろしければ・・・>
「だから! いらん!! 今夜は一人で寝る! カタミミも変な事を考えないでいい! 明日に備えてさっさと寝ろ!」
<隊長、ホムンクルス兵に睡眠は必要ありません>
「ああ! もちろん知っているさ!! もういいから! 部屋で待機していろ!!」
<了解しました。待機します>
その後、カタミミは敬礼をすると部屋を後にする。
彼はハァハァと肩で息をしながらカタミミを見送った。
そしてベッドに倒れこみ、身悶えたのだ。
(頭の中がグチャグチャになってしまった!
あんな可愛い子から誘われたのはとても嬉しいが・・・。
・・・やはり俺は彼女達と寝る事は出来ないな。
カタミミの言葉を聞いて、確信した。
俺は彼女達に惚れていると同時に、友になりたいと考えているようだ。
お互い背中を預ける事が出来る相棒、悩んだ時に支えあえるパートナー、共に人生を歩む友・・・)
すると、彼は枕元に置いた絵本を開いた。
それは賢者の国の伝説が描かれた絵本だ。
魔物に乗り、世界を旅する一人の女性学者と、彼女を支えるホムンクルス少女の話。
絵本には、人間とホムンクルスの喜びに満ちた話が描かれている。
彼は、この話に出てくる二人のような関係を望んでいたのだ。
性処理の為に道具としてホムンクルス兵を使う上官達。
己が起こした戦争なのに、己が死にたくないという理由からホムンクルス兵を人間の代わりに前線に送り出す人々。
そして、ホムンクルス兵の血の上に成り立つ世界。
そんな、ホムンクルスを犠牲にする事で成り立っている全てを、彼は嫌っていた。
彼は、ホムンクルスと人類は友となるべきだと考えている。
そしてお互いがお互いを愛し、共に未来へ向けて歩むべきだと考えていたのだ。
一方的にホムンクルスの意思を押さえつけている現在の関係は、いつか誰かが正すべきだと彼は考えていた。
・・・だが、それはそれとして彼はまだ思春期の少年でもある。
今までの人生で見たことも無いような美少女から夜のお誘いを受けたのだ。
頭の中では否定しても、体はカタミミの言葉に興奮していた。
その後、彼は部屋に残ったカタミミの匂いを嗅ぎながら、己の身を慰めるのだった。