たった一人の散歩
変わりつつある世界を、私は感じていた。
私は僅か数十年で激変する世界の様子を、一瞬も目を離さずに観察し続けているのだ。
この頃になると海の魔物も数を減らし、人々は海を使って貿易を再開することが出来るようになっていた。
そして最近では、人工島周辺にチラホラと新人類の大型商船が姿を見せるようになっていたのだ。
まるで数世紀前の時代を再現するかのように、新人類は元気に海の上を進んでいく。
だが、船乗り達の私に対する態度は、ガラリと変わってしまった。
既に女神教は完全に消滅しており、船乗り達は私の姿を見ると戸惑うようになっていた。
彼らは人工島で散歩する私の姿を見る度に、お互いに顔を見合わせてヒソヒソと相談を始めるのだ。
「あの島に住む少女は・・・、結局・・・何なんだ?」
「女神では無かったし・・・、もちろん魔王でも無い・・・」
「では・・・・、一体何者だ? なんであんな場所で一人で生活出来るんだ?」
「そもそも、あの子は何歳なんだ?」
「わからん。しかし、優に1000年は生きているようだ」
「・・・ん? おい、あの子の腕見てみろよ。なんか怪我しているぜ?」
「・・・本当だ。随分と酷い古傷だな」
「なんの傷だろう? まさか、本当に魔王と戦いでもしたんだろうか?」
「そんなわけあるか。魔王なんて居ないのはお前も知っているだろうが。どうせ、転んだ時にできた傷だろ」
「・・・そうかなぁ??」
「困ったよなぁ・・・。俺達は嵐に襲われたら、誰に祈ればいいんだろうか?」
「太陽にでも祈るか?」
「馬鹿言うなよ。太陽はただの恒星だろうが」
「だよなぁ・・・。・・・神が居ない時代かぁ・・・」
そんな相談をしている彼らに私がチラリと視線を送ると、ビクついた船乗り達は急いで船を動かし、ソソクサと人工島を離れて行くのだ。
そんな様子を眺め、私はクスクスと微笑む。
(相変わらず、新人類は可愛らしいな・・・。
周りが「あいつは魔王だ!!」と言えば、私を魔王扱いして恐怖する。
周りが「あの方は女神様だ!!」と言えば、私を女神扱いして敬う。
彼らはフラフラと動いているようだが、その実はしっかりと根を張っている。
まるでワカメみたいな生き方だ。
ユラユラと海流に流されているようで、根はしっかりと地面に張り付いている。
そして海流が変われば、それに合わせてユラユラと動き続ける。
しかし、根本は一切変わらない。
そんな生き方を彼らは得意としている。
そんな生き方が、彼らなりの処世術なのだろう。
もちろん、そういった人生も美しいと私は思う。
だが、やはり見ごたえがあるのは困難に立ち向かう人々の人生だ。
困難に立ち向かうたび、そういった人々は一層輝きを増していく。
女神教を復活させた大神官の男もそうだ。
分厚い弾幕を進んできた連盟のパイロットもそうだ。
人々の間に広がる常識を疑い、己の人生をかけて研究した女性学者もそうだ。
彼らの人生はまるで宝石の様にキラキラと輝き、私を惹きつけた。
悪魔信仰者として死刑にも等しい拷問を受けながらも、瞳の中ではゴウゴウと音を立てて加護者としての使命感を燃やしていた男。
機体に対空ビームが直撃し、己の足に大きな傷を負いながらも前進し続けたパイロット。
貫通魔法が発生させた大量の魔力カスに苦しめられ、夢の中ですら苦しんだ女性学者。
ああ、彼らの人生は何と美しい事だろう・・・。
彼らの全てが、人生の素晴らしさを教えてくれる・・・。
彼らの全てが、生きる事の尊さを教えてくれる・・・。
出来る事なら、私は彼らの前に現れたかった。
人工島を飛び出し、彼らと触れ合いたかった。
・・・しかし、そんな事は出来なかった。
怖かったのだ。
美しい場面をグチャグチャに壊してしまいそうで、私は怖かった。
そして、悲しかった。
遠い場所で輝かしい人生を送る彼らを、私は見ることしか出来ない。
まるで、広い宇宙に住む全ての人々から仲間外れにされているような感覚・・・。
そんな感覚が私に襲い掛かったのだ。
どうしても出来なかった。
私は、人工島に引きこもる事しか出来なかった。
私は・・・、永遠に・・・、一人なのだろうか・・・。
外の世界に飛び出せば、大勢の人々が居る・・・。
しかし、彼らは耐えられない・・・。
私の力に・・・、耐える事が出来ない・・・。
私がどんなに思いやりを持って彼らに接しても、必ず彼らを破滅させてしまう・・・。
私がどんなに親しみを持って彼らに接しても、必ず彼らを滅ぼしてしまう・・・。
私が彼らの発する輝きに惹かれて外に出れば、彼らは輝きを失う事になってしまう・・・。
この世界には・・・、私の力に耐える事が出来る人は誰も居ない・・・、誰も・・・)
私はポロポロと涙を流しながら歩き続ける。
(寂しい・・・、なんて寂しいんだ・・・。
苦しい・・・、なんて辛いんだ・・・。
なんで・・・、私にはこんな力があるんだ・・・。
なんで・・・、私なんだ・・・、なんで私はこんなに苦しまなくてはならないんだ・・・)
「・・・誰も・・・、私と・・・
・・・誰か・・・っ!、私と・・・っ!」
そして暗い表情になった私は、終わる事のない「たった一人の散歩」を続けるのだった。