「魔法」の完成
岩鳥との戦闘から数時間後。
終に青年は魔力カス発生源に辿り着く。
そして青年が予想したとおり、そこは耳長族の集落があった。
だが、一つ青年が予想していなかった事もあった。
集落の入り口には耳長族の男達が集まり、弓を構えて青年を狙っているのだ。
すると青年は、その場でピタリと立ち止まる。
そして彼は、己に弓を構える耳長族をじっくりと観察した。
(布で顔を隠しているからよく分からないが、確かに耳は長いな。
伝承では、彼らは全員が弓の達人との事だが・・・、あの矢は普通の矢だな。
ならば防御魔法を抜くことは出来ないだろうし、警戒する必要はないか。
それよりも、気になるのは彼らの態度だ。
明らかに怯えている。
恐らく、顔を隠す事で怯えている事を悟らせないように努力しているのだろうが・・・。
素人目に見ても腰が引けているし、彼らから向けられるのは殺気や敵意ではなく、恐怖や戦慄という感情に近い気がする。
・・・もしかして、さっきの岩鳥が彼らの切り札だったのだろうか?
確かに強力な攻撃ではあったが・・・。
あの程度なら、装備さえ整えれば誰でも勝てるぞ。
・・・まあ、ずっと歴史の表舞台に出てこなかった人々だし、外の世界の魔法に対抗出来ないのかもしれないな・・・。
・・・いや、それにしても彼らの魔法は魅力的だ。
どうすれば、魔力カスを殆ど出さずに魔法を使えるのだろうか?
何とか、調査に協力してもらえないだろうか・・・)
青年は男達は眺め、そんな事を考えていた。
すると男達の中から一人の老人が現れる。
そして老人は青年を睨みつけながら、声を絞り出す。
「お主が一体何者なのか、何をしに来たのか、ワシらは知らん。
知らんが・・・、もし、ワシらに危害を加えるつもりなら、ワシらは最後の一人まで戦う。
魔法が通じなくとも、矢が通じなくとも、ワシらは最後の一人まで戦うのじゃ!!」
老人の宣言を聞き、彼らは覚悟を決めたようだ。
全員が背筋を伸ばし、力いっぱい弓を構える。
・・・だが、どうあがいても、この青年には勝てないという事を彼らは理解していたのだ。
冷や汗を流し、弓を構え続けている彼らは女子供が逃げるだけの時間を稼ごうとしていた。
その貴重な時間を稼ぐ為に、彼らは己の命を投げ出す覚悟を決めていたのだ。
しかし、その覚悟には何の意味も無かった。
青年はその場に杖を落とし、リュックを落とし、両手を上げ、そして宣言する。
「私は別に戦争をしに来たのではありません。
ただ、あなた達が使う魔法の教えを乞いに来たのです」
と。
入り口のゴタゴタから少しだけ時間が経ち、青年は集落にある長老の家に入る事を許可された。
そんな青年の周りには、耳長族の男達が弓を構えて立っている。
すると、長老は青年に語りかける。
「教えを請いたいというが、お主が使っている術の方が我らの魔法よりも数段優れているように思えるが?」
そんな質問に青年は答える。
外の世界が今どうなっているのか。
外の世界で使われている魔法の魔力変換効率がどの程度なのか。
その全てを、彼は話した。
それを聞いた長老は考え込む。
長老は、これから耳長族はどうするべきなのかを悩んでいた。
(今までどおり蛮族の進入を撃退するのは不可能だろう。
では、外の世界に飛び出すべきなのだろうか?
だが・・・、しかし・・・)
結局、長老はその場で答えを出すことが出来ず、青年に一日待ってもらうことにした。
青年は長老の提案を受け入れ、集落にある一軒家に泊まる事になる。
青年が長老宅をあとにすると、一人の男が長老に話しかける。
「・・・あのガキが寝たら、殺しますか?」
だが、長老は首を横に振った。
「馬鹿を言うでない。もし失敗したら、この村は壊滅してしまう」
「・・・ですが・・・」
「分かっておる。・・・まあ、ワシに任せておけ」
「・・・分かりました・・・」
そして青年が家に入ったことを確認すると、長老は今後の事を考える事にしたのだ。
青年が与えられた家でくつろぎ始める頃には、森の奥に逃げていた女子供は集落に呼び戻されていた。
すると人々は彼の家の周りに集まり始め、窓からチラチラと家の中を覗こうとする。
そんな視線に気が付いた青年は、リュックから何やら取り出し、「それ」を持って家の外に出た。
いきなり家から出てきた青年に人々は驚き、全員が固唾を呑んで青年の行動を見守る。
そんな人々に青年は「それ」を配り始めた。
それは、チョコレートだった。
賢者の国の紋章が入った分厚いチョコレートを、青年は配り始めたのだ。
いきなり青年から黒い板を渡された人々は、困惑し始める。
すると青年は一枚のチョコレートをその場でモリモリと食べ始めた。
そしてチョコを飲み込み、口を大きく開け、口の中にチョコが入っていない事を人々に見せたのだ。
しかし、それでも人々はチョコを口にしない。
彼らはオロオロと戸惑い、お互いに相談を始める。
その内、一人の女性が意を決してチョコを口に入れた。
そして硬く目をつぶり、チョコを噛みしめたのだ。
人々は、そんな女性をジッと見守る。
女性はチョコをモグモグと味わい、そして、叫んだ。
「!! なんですかこれ!?
凄く美味しい!! 甘い!!」
・・・この時、意外な場所から耳長族の将来を決定する「きっかけ」が生まれたのだった。
チョコを口にした女性の喜びに満ちた叫びを聞いた人々は、恐る恐るチョコを口に入れる。
そして、全員がその美味しさに目を見開いて驚いた。
「なんだこれ! こんな美味しい物は初めて食べたぞ!」
「こんな美味しい物が外の世界にはあるの!? 森の中には無いわ!」
「おい! お前のは少し多いぞ! ずるいぞ!!」
「何を言っているのよ! 私はあなたよりも年上なのよ!?
少し位良いじゃない!」
人々は僅かなチョコを奪い合うように貪り始める。
そして、チョコを食べる事が出来なかった人々は、物欲しそうな視線を青年に向け始めた。
そんな視線を受けて、青年は戸惑い始める。
まさか、ここまで反響があるとは彼も予想していなかったのだ。
既にチョコは残っておらず、精々が体力回復用の飴やビスケットがある程度だ。
魔法車に戻れば多少は残っているが、それでも集落に居る全員に配れるほどの量は無い。
青年が申し訳なさそうに事情を説明すると、説明を聞いた女性達は長老の家を目指して駆け出した。
そして彼女達は長老の家に飛び込み、一人でウンウンと唸りながら耳長族の将来について考えていた長老の肩を揺さぶり、直訴する。
「もう森の中だけで生きていける時代は終わったのです!」
「外の世界に目を向ける時が来たのです!」
「外の世界に居る人々は蛮族などではありません! 彼らは進んだ技術を持っています!」
「彼らが私達から学びたいのなら、私達も彼らから学ばねばなりません!」
「「「「是非! 私に教師役をお命じ下さい!
そして留学許可も下さい!!」」」」
目を点にした長老は、鬼気迫る彼女達の気迫に負け、彼女達の要望通り教師役と留学の許可を出した。
それから数日後。
青年は、長老が「厳選」した教師役兼留学生の少女数人を連れて賢者の国に帰還する。
丁度その頃、彼の他に派遣された研究員達も様々な森で耳長族の集落を見つけ出していた。
そして、どこの集落からも、長老が「厳選」した少女達が賢者の国に訪れていたのだ。
それからというもの、賢者の国では耳長族の魔法の研究が行われる。
様々な実験を行った結果、彼らは古代魔法と現代魔法の違いを理解する事が出来た。
いかに現代魔法の魔法陣や呪文に無駄が多いのか。
そして古代魔法の使える魔法の幅は狭く、日常生活では使えないのかを彼らは理解した。
更に、耳長族の少女達も賢者の国で様々な事を学んだ。
彼女達は現代魔法の利便性の高さを学んだ。
彼女達は古代魔法の魔力変換効率の高さを学んだ。
だが、それだけではない。
彼女達は、一番重要なことも学んだ。
「今日よね? 間違い無いわよね?」
「もちろん間違いないわ。絶対間違えるものですか」
「ああ・・・、私なんて興奮してしまって昨日から殆ど寝ていないのよ・・・」
「まだ食べてないけど・・・、絶対に美味しいに違いないわ・・・」
少女達は朝から列を成し、とある小さな店の前に並んでいた。
まだ太陽が地平線から顔を出していない時間だというのに、耳長族の少女達だけでなく様々な種族の少女達が行儀良く店の開店を待っているのだ。
そして終に待ちかねた時が来る。
硬く閉ざされていた店の鍵が開けられ、ガラガラと大きな扉が開かれる。
そして優しそうな顔をした女性が顔を出し、
「お待たせしました。開店します」
と少女達に知らせた。
この店は、世界的に有名な菓子職人が開業した小さなお菓子屋だ。
そんな店が今日、開店するのだ。
しかも開店特典として「今日限定」の「特別なお菓子」が販売される事になっている。
それを目当てにして、賢者の国に住む様々な種族の少女達は朝から店の前に並んでいたのだ。
店の扉が開かれ、少女達は続々と店の中に入る。
そして色とりどりのお菓子を前に、歓声を上げるのだった。
各集落から派遣された耳長族の少女達は立派に教師としての仕事と留学生としての勉強をこなしていた。
それと同時に、自分達が今までいかに貧しい生活をしていたのかを理解してしまったのだ。
外の世界には森の中にはなかった様々な娯楽や甘味、考え方や活躍の場があった。
それらを少女達は、知ってしまったのだ。
森の中では質素な服を来ていた彼女達も、今では華やかな服を好んで着ている。
集落では男性が威張り散らしていたが、外の世界では女性ですらも知識人として活躍している。
なによりも、外の世界の生活は格段に快適なのだ。
森の中では寒い冬でも冷水を使って洗濯をしなくてはならなかった。
暑い夏はもっと悲惨で、川で水浴びでもしないと涼む事も出来ない。
しかし、賢者の国では違う。
賢者の国では、どんな季節だろうとも魔法を使って快適に生活が出来る。
更に男性は威張り散らすこともなく、皆が紳士的に接してくれる。
そんな事を知ってしまった彼女達は、自発的に森の集落に帰る事はなくなった。
事実、集落の長老から一時帰国命令が書かれた手紙を受け取った少女は、死刑宣告でもされたかのような表情を浮かべ、周りの少女に慰めれられていた程だった。
その後。
少女達の努力と賢者の国の総力を挙げた研究の結果、終に新人類の魔法は完全な物となった。
新しく開発された魔法は魔力変換効率は古代魔法並みだが、利便性は現代魔法と殆ど変わらないという画期的な物である。
完成した魔法は世界中に一瞬で広がり、人々は新しい時代を肌で感じるのだった。




