貧乏商人達の「美しい仲間意識」
深夜。
大陸から遠く離れた人工島周辺では大量の花火が打ち上げられている。
そして私は花火にあわせて、歌い、踊った。
「終に!! 終に!! 停滞の時代は終わりを告げた!!
新人類の前には平等に!! 新時代への扉が強制的に開かれた!!
君達は最早! 魔物を恐れる必要はない!!
君達は最早! 女神教を恐れる必要はない!!
君達の前には希望が広がっている!!
君達の前には絶望が広がっている!!
君達には変化が求められている!!
最早! 同じ場所に留まる事など出来はしない!!
ああ!! これから世界は変わる!! 激変する!!
この流れを止める事は出来ない!!
どんなに女神教が抵抗しようとも!!
どんなに権力者が抵抗しようとも!!
誰にも止められない!!
これから君達は更に輝く!!
どんな宝石よりも美しく! 誇り高く!! 穢れなく!!
さあ! 私に君達の輝きを見せてくれ!!
さあ! 私に君達の可能性を見せてくれ!!
あああ!! なんて素晴らしいんだ!!
思う存分に踊れよ新人類!!
思う存分に歌えよ新人類!!
君達の未来は! 君達の力で切り開け!!」
そして大きな花火が、夜空を飾った。
「一体!! この怪文書はどこから出回っているんだ!?」
「第二心臓を切除すれば魔物に襲われないだと!?
こんな浅ましい考えは女神教への!! 女神様への反逆だ!!」
「何としても反逆者を見つけ出せ!!
即刻処刑しなくては!!」
「この怪文書を隠し持つ者も同罪だ!!
どんな高名な学者であろうとも処刑せよ!!」
「女神様を疑い!!
またもや魔王に力をつけようとする悪魔信仰者どもめ!
この世を暗黒の世に戻したいとでもいうのか!?」
女神教の総本山では、特別神官達が怒鳴り合いながら会議をしている。
既に、女性学者は殆ど全ての国に本を転送し終えていた。
世界中の国では本に書かれた魔法の再現実験を繰り返し、本の内容が事実である事が明るみになっていたのだ。
そうなると、最早、誰にも止められなかった。
最初に第二心臓の切除を願い出たのは、各国の貧乏商人達だった。
研究者と付き合いの深い彼ら貧乏商人に、何処からか情報が漏れてしまったのだ。
今、世界は魔物によって物流が制限されている。
その為、彼ら貧乏商人達は狭い自国内だけで商いをしなくてはならなかった。
しかし、狭い国内ではどう努力しても大商会には歯が立たない。
他国と貿易しようにも、特別神官が操る魔法車に商品を載せるには大金が必要だ。
そんな大金を貧乏商人が用意出来るわけも無く、他国との貿易は女神教と大商会の独壇場だった。
だが、もし魔物に襲われない体になれるのならば、話は違う。
誰よりも早く国外に出て他国と貿易をすれば、そこには無限とも思える膨大な利益が転がっている。
「何としても! その利益を我が物としたい!」
そんな思惑を胸にした各国の貧乏商人達が、
「第二心臓を切除したら、魔物に襲われない体になれるというのは本当か!?」
という問い合わせを魔法研究所に行った。
当初、
「そんな事実は無い」
と各国の研究所は否定していたが、人の口には戸は立てられず、次第に情報が漏れ始める。
そして研究員の中にも、
(実際に第二心臓を切除したらどうなるのか調べるために、人体実験をしたい)
と思う輩が出始めたのだ。
そんな人体実験がしたい研究員と、第二心臓を切除したい貧乏商人の利害は合致する。
彼らは闇に隠れて第二心臓切除手術を行い、魔物に襲われない「人工加護者」を生み出す事に成功してしまったのだ。
第二心臓切除手術が終わった貧乏商人は、その足で城壁に向かい、魔法で作ったトンネルから大きな荷物を背負って出国した。
その様子を、暗いトンネルの中から数人の研究員達が固唾を飲んで見守る。
そして貧乏商人は見張りの兵士に見つからない様に気をつけながらトンネルを飛び出すと、一目散に隣国目指して走り出す。
汗を流し、大きな荷物を背負い走り続ける貧乏商人を城壁の周りに居る魔物達はジッと見つめたが、次の瞬間には興味無さそうに彼から視線を外した。
いや、むしろ必死の形相で迫ってくる貧乏商人に恐れをなし、魔物達は彼から離れて行った。
その様子を見て、トンネルの中では静かな歓声が上がる。
研究員達は土埃の舞うトンネル内で抱き合い、無言で歓声を上げたのだ。
それから数日後、隣国から貧乏商人が戻って来ると、事態は加速度的に動き出す。
各国に存在する貧乏商人達は一人一人の力が弱い故に横の繋がりが強い。
仲間が病気や怪我で倒れたら、手が空いた者が休日返上で店の手伝いをした。
仲間の誰かが暴漢に襲われたら、皆で暴漢に立ち向かった。
火事や地震で被害が出たら、お金を出し合い助け合った。
彼らはそういった美しい仲間意識を持ち、この厳しい時代を生き残ろうとしていたのだ。
そして、そんな彼らだからこそ気がついた。
仲間の貧乏商人の一人が、ここ数日露天市で見かけない事に気がついてしまった。
数日後。
久しぶりに露天市で見かけた件の貧乏商人が露天で売っていた品は、どうみても隣国でしか採れない野菜や、作れない製品ばかりだったのだ。
そんな珍しい商品を並べる店に客が来ない筈がなく、露天には大勢の客が押し寄せ、件の貧乏商人は今まで見たことも無いような笑顔で商品を売りさばいていく。
・・・そして、そんな様子を他の貧乏商人達がギラギラとした目で睨みつけていたのだった。
開店から僅か1時間で全ての商品を売り切り、ホクホク顔で店の片付けをしていた件の貧乏商人は、大勢の貧乏商人達に拉致されて裏路地に連れ込まれる。
拉致した貧乏商人達は、
「何としてもこいつから仕入れルートを聞き出すんだ!! そして俺も儲けたい!!」
と全員が考えていたのだ。
当初、件の貧乏商人は、
「この商品は、偶然手に入っただけだよ」
と白を切り通そうとする。
しかし、体術の心得がある貧乏商人が後ろから腕をねじり上げ、薬品を扱う貧乏商人は自白剤をハンカチに染込ませ、金物屋を営む貧乏商人は何年も売れ残っているサビだらけのノコギリを持って来ていた。
最早、彼らの間に「美しい仲間意識」など無かったのだ。
「白状するまで決して逃がさん!! お前を殺してでも真実を吐かせる!」
という殺意の篭った視線に負け、件の貧乏商人は最終的に全てを吐いた。
それから、僅か数分後。
その国の魔法研究所の前には国中の貧乏商人が集まり、
「早く!! 俺の糞第二心臓を切り取ってくれ!!」
という大合唱を起こすのだった。