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立場の逆転


女性学者が意識を取り戻してから数日経った。


「なあ、もういいだろう? いい加減体調も良くなったんだし・・・」

<駄目です。病み上がりが一番大切なんです>


「しかしなぁ・・・、もう一週間近く我慢しているんだ。

一杯位なら問題ないさ」

<一杯で済むと思うんですか?

確実に一本は呑んでしまいます。


絶対、絶対、駄目です>


ベッドで横になっている女性学者に、少女が説教をしていた。

女性学者は何とか少女を説得し、集めた高級酒を呑もうと努力している。

しかし、既に全ての高級酒は少女の管理下に置かれおり、少女の許可なく呑む事は出来なくなっていた。


どうやら、彼女達の関係は若干変化したようだ。



女性学者が目覚めてからも少女は献身的な看護を続ける。

女性学者は長期間寝込んでいた為、体力が戻るまで時間がかかったのだ。


更に言えば、彼女の体内には少しだけ魔力カスが残っており、彼女は体が痺れて上手く腕を動かす事すら出来ない。

そんな女性学者に少女は毎日御粥を作って持って来ると、口移しで御粥を食べさせたのだ。


もちろん、女性学者は抵抗したのだが、まともに腕すら動かせない彼女は無力だった。

少女は必死に逃げようとする彼女の顔を両手で固定すると、唇をしっかりと重ね、御粥を彼女の口の中に流し込む。


女性学者は目を見開き、必死に舌を動かして少女の唇を押し返そうと抵抗したが、その行為には何の意味もなかった。

抵抗する彼女の口の中には、少女の甘い唾液がトッピングされた御粥が何度も何度も流し込まれる。


そして、


<プハッ>


という声と共に少女が口を離すと、二人の唇は細い唾液の糸で繋がっていた。




一番最初に口移しをされた直後。


女性学者は目を潤ませ、少女に聞こえないような小さな声で、


「初めてだったのに・・・初めてだったのに・・・」


と呟やくのだった・・・。





そんな看護が数日続き、ようやく女性学者は体を動かせるようになる。

スプーンを手に、己の力で御粥を食べる事が出来る様になった彼女は心底喜んだ。



・・・一方で、少女は何やら不満そうな視線を彼女に向けた。




少女の「献身的な」看護のおかげで2週間もしないうちに女性学者は全快した。

久しぶりに両足で立ち、己の力だけで歩ける喜びを彼女は噛みしめる。


時を同じくして、荷物持ち魔物も帰ってきた。

どうやら魔物も体内の魔力カスを全て浄化したらしく、女性学者が作る鍋料理を目当てに戻って来たようだ。


そんな魔物を、彼女と少女は歓迎する。

そしていつも通り大きな鍋で野菜を煮込み、しっかりと塩で味付けした料理を魔物に与えるのだった。



彼女らの日常が、戻りつつあった。





「よし、こんな物でいいだろう」


荷物持ちの魔物が帰ってきてから数週間後、女性学者は何やら準備を整えていた。

彼女は終に己の解き明かした「真実」を世界中に広める事にしたのだ。


その為に、長い時間をかけて準備を進めていた。


小型の魔導具に記録されていた魔法の中から使えそうな魔法をピックアップして、使いこなせるように練習を繰り返した。

重要施設で開発途中だった様々な魔導具を見つけ出し、使えるように改造していった。

そして、一番重要な研究成果をまとめた「本」を書き上げていたのだ。


それらの準備を済ませ、終に彼女達一行は旅立つ事になった。


彼女達が使う荷物や研究成果をまとめた本は「異空間に大量の荷物を収納出来る小さな魔導具」の中に収納してある。

魔物の背中には立派な屋根のついた椅子が固定されており、長時間座っていても苦痛は一切無いだろう。

既に世界中の国の位置が描かれている地図を調べ、進むべきルートも決まっている。



最早、彼女の前に障害は存在しなかった。

彼女達は魔物の背中に乗り、終に亡国を旅立ったのだ。







「やれやれ、やっと眠れるわい・・・」


一人の老人が疲れ果てた声で独り言を放った。


彼は、この国の魔法研究機関を統括する総責任者だ。

彼が住んでいる国はそれ程大きな国では無いが、そんな国にも魔法を研究する機関は存在している。



今、世界は魔物達によって物流も情報も制限されている。

一応、女神教の特別神官達が各国に物や情報を流していたが、それにも限界はあった。


どれほど特別神官達が頑張ろうとも、新しい魔法が世界に広まるには時間がかかってしまうのだ。

その為、各国は自前の魔法研究機関を作り出し、日々新しい魔法の研究をするしかなかった。



そんな小さな研究機関の長は、長い長い会議から開放され、やっとの思いで自宅に帰ってきた。

そして老人が寝室に入り、ベッドへ行こうとした時、「それ」は起こった。


何の前兆も無く、ベッドの上に小さな光りの玉が現れたのだ。


光りの玉は「パチパチ」と小さな破裂音を出しながら段々と大きくなっていく。

次第に破裂音は爆音と言っていい位に大きくなり、光りの玉は天井に届く程に大きくなった。


「な! なんじゃこれは!!

一体!? 何が!?」


老人は杖を構え、己の周りに防御魔法を展開する。

彼は、


(ワシを憎む輩が攻撃魔法でも放ったのか!?)


と勘違いしたのだ。

しかし、大きくなった光りの玉は一転して徐々に小さくなり、最後には消え去る。



そして、ベッドの上には一冊の本が残されていたのだ。






「よし、成功したな」


老人が慌てふためいていた場所から相当離れた丘の上・・・、そこに女性学者が立っていた。


その丘は城壁から100キロ以上離れた国外にあり、もちろん彼女の周りには獰猛な魔物達が居る。

しかし、獰猛である筈の魔物達は彼女に襲い掛かるわけでもなく、月明かりに照らされながらのんびりと草を食べているのだ。



<なんだかよく分かりませんが、これであの本は全部届いたんですか??>



荷物持ち魔物の背中に座っている少女が、不思議そうな顔をする。


「もちろん成功したさ。

やはり、この転送魔法と千里眼魔法は素晴らしい魔法だ。


この魔法があれば女神教を恐れる事無く、世界に真実を簡単にばら撒ける」



そして女性学者は、ヌフフフと気持ち悪い笑顔になる。



そうなのだ。

彼女は己の解き明かした真実を、文字通り世界中にばら撒いているのだ。


彼女は亡国に遺されていた巨大な印刷魔導具を使って、研究結果が書かれた本を大量に作り出した。

そして作った本を転送魔法と千里眼魔法を駆使して、世界中の研究機関にばら撒いているのだ。


その日も、既に彼女は何人もの研究員に本を転送している。

総責任者である老人は、最後に本を送られた人物だった。



「これで、明日からあの国の研究員達は大騒ぎだ」



そしてヌフヌフと笑いながら女性学者は魔物の背中に乗り、次の国目指して前進していくのだった。





彼女の予想通り、翌日からその国の魔法研究機関は大騒ぎとなった。

本を送られた人々は一晩で本を読破し、その内容に驚嘆したのだ。


第二心臓が魔法と深い関係がある事。

第二心臓を切除する事で魔物に襲われない人間を作り出せる事。

魔物は魔王が送り出しているのではなく、人間が魔法を使う事で魔物を生み出している事。


もちろん、彼女が作り出した本には魔物と魔法の関係について書かれているだけではない。

この研究内容が正確である事を証明する為、現代の魔法技術でも再現可能な各種魔法についても詳細が書かれている。



本を読破した人々は、本に書かれた魔法が実際に発動するのか個々人で確かめた。

そして再現に成功した魔法を見て、


「この本に書かれている事は、詳しく調べる必要がある」


と確信したのだ。



世界は、徐々に動き出した。


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― 新着の感想 ―
第二心臓取ると魔物からは襲われないけど魔法が使えなくなるから取るのはちょっと迷っちゃいそう
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