悪夢と救い
人工島で私は呟く。
「まあ、彼女が死んだり、魔物になる事はないだろう」
その日の私は、奴隷服を着ながら散歩を楽しんでいた。
ボロボロになった奴隷服は風通しが良い。
そして私の足にはクラシカルなデザインの足枷が付けられている。
どうやら人工知能は「鎖」や「足枷」も服の一部と勘違いしたようだ。
ジャラジャラと長い鎖を引きずりながら、私はお気に入りの散歩コースを進んで行く。
(理由はよく分からないが、魔力臓器を失っても新人類は魔物になりにくい。
恐らく、元々が魔力を生み出す肉体をしている為、魔力臓器が無くともある程度の耐性はあるのだろう。
それについて詳細に調べたいが、その為には彼らの体を一度解剖する必要がある。
・・・まあ、そこまでして調べる必要も無い事柄なので放置しているが。
それと、これは予想通りであったが、あのホムンクルスの少女は魔力カスに影響されないな。
ホムンクルス研究が始まった頃からずっと見てきたが、結局、あの子は「生き物」にはなれなかった。
あの子を簡単に表現するならば・・・、「生体パーツで作られたロボット」とでも言うべきかな?
極めて生き物に近い存在ではあるが、分類上は「物」となる存在・・・、それがあの少女だ。
「物」であれば魔力カスに影響される事もない。
事実、少女は呼吸をしたり、心臓を動かしているが、それらが無くても活動出来る。
一応、臓器は人間を正確に真似ているが、所詮は真似ているだけで機能はしていない。
だから少女はいくら食事をしても意味はないし、子供を作る機能もないのだ。
そんな少女のエネルギー源は、魔力そのものだ。
解剖すれば分かる事なのだが、少女の体内には高性能な魔石が備わっている。
その魔石に蓄えられた魔力を使って、少女は活動しているだけだ。
まだ魔力を補給する施設には数十年分の魔力が残っているし、少女が活動停止になる事は当分ないだろう)
頑丈な鎖をジャラジャラと引きずりながら、私は思った。
(彼女が目覚めたら、世界は変わる。
まだ彼女も完全に世界の謎を解き明かしたわけではないが、彼女が知った「答え」は世界を激変させるに足る力を持っている。
今までの常識は非常識となり、新しい常識が広まる。
権力を持っていた者達は権力を失い、虐げられていた人々が台頭する・・・)
私は立ち止まり、深呼吸を繰り返した。
(さあ、これから面白くなる。
今までの日常は消え去り、人々は新しい常識を受け入れるしか生き残る術は無い。
劇的に変わる世界において、彼らの輝きは更に増すだろう。
人は困難な状況に陥ってこそ、本当の実力を発揮できるのだ。
ああ、考えるだけで身震いしてしまう。
神学校で女神教の聖書を必死に学ぶ学生達の将来は、どうなるのだろうか?
横柄な態度で人々を小馬鹿にしている特別神官達の未来は?
虐げられながらも女神教に媚びるしかない人々は、どんな行動を選択するのか?
ドキドキする。
ワクワクする。
ああ!! もう駄目だ!!
我慢出来ない!!)
そして私は、その場で飛び跳ねて踊りだそうとする。
しかし、長く頑丈な鎖が足に絡まり、私はその場でこけた。
その後、暫く私は足に絡みついた頑丈な鎖と格闘し、最終的に鎖を引きちぎるのだった。
魔物化した猫達は、どこかへ走り去っていた。
荷物持ちの魔物も興奮状態となり、猫達と同様にどこかへ走り去ってしまった。
ホムンクルスの少女はピクリとも動かない女性学者を必死に手押し車に乗せ、家まで連れて帰りベッドに寝かせると、急いでお湯を沸かし始める。
少女は献身的だった。
汗ばんだ女性学者の服を脱がし、温めたタオルで全身を拭いてから新しい服を着せた。
何度も失敗しながら、慣れない料理を作った。
そんな料理を食べさせるのも一苦労だった。
いくら口に料理を運んでも、女性学者の口が開く事はなかったのだ。
その為、少女は口移しで料理を無理やり食べさせるしかなった。
少女は何度も何度も己の小さな口に料理を運び、そして女性学者の口に料理を流し込む。
時折、水を口に含み、少しずつ口移しで女性学者に飲ませた。
女性学者が粗相をした時も嫌な顔一つせずに新しいシーツを用意し、彼女の服を着替えさせた。
女性学者の手がピクリと動いた時は、優しく彼女の手を握った。
苦しそうな顔をしたら、己の小さな胸の中で彼女の頭を抱きしめた。
そんな献身的な看護が、既に一週間も続いていた。
そんな時、女性学者は夢を見ていた。
それは、悪夢だった。
どこまでも暗い大地が広がる世界に、彼女はいた。
空は赤黒く、地面に草は一本も生えていない。
そんな場所にいる彼女の姿も、酷いものだった。
彼女の体からは全ての毛が抜け落ち、肌には緑色の斑点が浮き出している。
肌はカサカサに乾燥し、時折「紫色の血」が滲む。
必死に喋ろうとしたが、地の底から這い出してきた亡者のような声しか出せなかった。
そんな時、足元から鏡が生えてきた。
そして彼女は、その鏡を見てしまう。
そこには、二足歩行をした醜い魔物が立っていたのだ。
目をギラギラと輝かせ、口には鋭い牙が並び、汚い涎を流し続けている。
着ている服も紫色の血で汚れ、悪臭が漂っている。
爪は伸び、まるで獲物を探すかの様に先端は鋭く尖っている。
それが、彼女の姿だった。
自慢のピンッと立った形の良い狐耳は醜く変形していた。
生徒達に人気のあったフサフサな尻尾も、毛が全て抜け落ちている。
彼女は雄叫びを上げ、鏡を破壊した。
だが、鏡は次々に彼女の前に現れ、彼女の姿を映す。
彼女は必死になって鏡を壊し続けた。
だが、無駄だった。
いくら壊しても、鏡は彼女の前に現れて彼女の姿を映し出すのだ。
「ヒッ! ヒッ! ヒゥゥゥウウウウ!!」
彼女は声にならない声を出し、必死になって逃げ続けた。
そんな彼女を、鏡は追いかける。
(目を開いたら鏡を見てしまう!!)
彼女は目を瞑り、何度も転び、紫色の血で血だらけになりながら走った。
爪は剥がれ、骨を折り、服をボロボロにしながら走り続けた。
・・・そして、終に動けなくなってしまう。
彼女は泣いた、泣き喚いた。
だが、その声は既に化け物の声になってしまっていた・・・。
・・・そんな時、何か「暖かい物」が彼女の手に触れた。
その「暖かい物」は、彼女の手をしっかりと握り締めるのだ。
その瞬間、何故だか分からないが、彼女は理解した。
(この「暖かい物」は、私の味方だ)
と確信した。
そのうち、「暖かい物」は彼女の全身を包み込んだ。
すると今まで彼女の姿を映していた鏡は消え失せ、世界に光りが広がり始める。
気が付いたら彼女の姿は元の姿に戻っていた。
ピンと伸びた狐耳も、フサフサとした尻尾も、綺麗な金色の髪も、全てが元通りに戻っていたのだ。
そして彼女の体を、ポカポカと「暖かい物」が包み込んだ。
まるで胎児が母親の腹の中に居るかの様な安心感がそこにはあった。
彼女の体からは力が抜け、ペタリとその場に座り込む。
そしてそのまま彼女は横になり、ゆっくりと目蓋を閉じた・・・。
(何やら・・・暖かく・・・、そしてプニプニした柔らかい物が顔に当たっているな・・・。
・・・甘い匂い・・・、・・・小さな鼓動も聞こえてくる・・・)
意識を取り戻した女性学者がゆっくりと目をあけると、目の前にホムンクルス少女の可愛らしい胸があった。
いつも通りボロボロになった白衣だけを着ている少女は、女性学者の頭を己の胸で抱きしめていたのだ。
そんな少女は、彼女を抱きしめながら静かに眠っている。
そして女性学者が少し顔を動かすと、スゥスゥと可愛らしい寝息を立てていた少女はゆっくりと目を開け、ボンヤリと彼女を見つめた。
次第に少女の目には涙が浮かび、終にはポロポロと大粒の涙を流し始める。
<っ!!!!!!!!!>
声にならない声を出し、少女は女性学者に抱きつき、そして泣き続ける。
二人は暫く、そのまま過ごした。
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