「女神」から「魔王」へ
・・・さて、私生活話が長くなってしまった。
いい加減、新人類の話に戻ろう。
長い研究の結果、耳長族以外も魔法を使えるようになったが、どうやら耳長族の使う「魔法」と耳長族以外が使う「魔法」は「似て非なる魔法」の様だ。
簡単に説明するなら効率が段違いなのだ。
耳長族が100の魔力を使って魔法を発動した場合、約90程の魔力が魔法となる。
しかし、耳長族以外が使っている魔法は効率が圧倒的に悪い。
100の魔力を使って魔法を発動しても、精々が20~30程度の魔力しか魔法にならず、他の魔力は体外に排出されてしまうのだ。
まあ、耳長族の魔法は森の中でしか使えず、魔法も戦闘関連が多い一方で、耳長族以外の魔法は世界中どこでも使えるし、日常関連の簡単な魔法も開発されている。
もし区別するならば耳長族の魔法は「古代魔法」であり、耳長族以外の魔法は「現代魔法」というべき物なのかもしれない。
そんな現代魔法を使いこなす彼らは日常の様々な物に応用していった。
もちろん航海技術にも魔法は応用され、原始的な帆船は姿を消し、代わりに魔法を原動力とした魔法船が開発された。
魔法船は風が無くとも進むことが出来る船であり、広い海を進む場合は便利だった為、何隻もの巨大な魔法船が作られ、新人類の活動範囲は一気に広がりを見せる。
大海原を進む海路も作られ、そのうちのいくつかは人工島を目印に海を進んだ。
その結果、最近では人工島の直ぐ側を巨大な魔法船が通る事が増えた。
最初の頃は私の事を「死神」と教育された人々も多かったが、世代を進むたびに私を「女神」として扱う船乗りも増えてきている。
最近では、人工島外周部を散歩をしている私を見かけると、船乗り達がワラワラと甲板に集まり、大きく手を振って来るようになった。
中には投げキッスする者や、手を合わせ航海の無事を祈る船乗りまで居る。
まあ、私から彼らに何かをする事はなかったが、彼らはそれで満足な様だ。
実際、港の酒場で船乗り達が、
「俺さ!女神様に微笑んでいただけたよ!」
「はん!若造が!ワシなんて手を振ってもらえたぞ!」
「バッカ!俺なんて投げキッスしたら投げキッスを返された事があるんだぞ!!」
とギャーギャー騒ぐ事も多い。
言っておくが私は彼らに対して微笑む事は無かったし、手を振る事も、ましてや投げキッスなんて一回もしていない。
彼らが勝手に脳内で思い込んでいるだけだ。
その内、人工島に現れる船に特殊な船が混ざるようになった。
今までの船はどこかに行く途中で人工島を通り過ぎるだけだったが、最近では人工島目指してやってくる船も多い。
バリヤーがあるからある程度以上は接近出来ないのだが、彼らは少し離れた場所で停船し何やら儀式を甲板で行うのだ。
そんな彼らの正体は、各国から派遣された神官や占い師だ。
彼らは国の行く末を占う為に苦労して人工島の近くまでやって来るのだ。
この頃には人工島を神の島と各国が認め、私を女神とした宗教が世界中に乱立していた。
それら宗教の神官や占い師達が、わざわざ広い海のど真ん中まで占いに来ているのだった。
彼らは毎回、美しい外見の少年少女達を生贄として人工島に捧げるべく、彼らを簀巻きにして船から海に投げ入れている。
それはなかなか異様な光景ではあったが、これが彼らの選択ならば受け入れるしかないだろう。
かといってバリヤーを解くつもりもないし、彼らに助言するつもりも毛頭ない。
今までどおり、私は外界と一切の連絡をするつもりは無い。
占い師達は麻薬の一種を飲み込み、巫女と共に甲板で不思議な踊りを一晩中踊り狂うと、翌朝帰っていく。
国に帰った彼らは「女神から伝えられた事」として教会に様々な報告をするのだ。
もちろん私は何も助言なぞしていないが、彼らはまるで私の言葉のように無いこと無いこと報告している。
隣国とは戦争をするべきだとか、あの山を掘れば金塊が埋まっているだとか、これとこれを調合すれば不老不死になれる薬を作れるとか・・・。
よくもまあ、ポンポンと嘘が飛び出るものだと感心してしまう。
報告を受けた教会は、国家の中枢部に「神の言葉」を伝え、それによって国家政策が作られていくのだ。
それなりに国家の規模も大きくなっているのに、国家の行く末を決めるのが占い頼りというのはいかがなものだろうか?
ちゃんとした知識を身につけ、それによって未来を予測するという当たり前の行為を放棄しているようにしか思えない。
・・・まあ、人も国も試行錯誤を繰り返して成長していくのだろう。
もし失敗して死んでしまったり滅んだりしても、それはそれで一つの立派な結果だ。
私がどうこうする必要も無いだろうし、するつもりもない。
ただ観察を続けるだけだ。
そうやって観察を続けていたが、段々と世界に異変が起こり始める。
新人類以外の動物達が凶暴化し始めたのだ。
いや、凶暴化というレベルではない。
明らかに暴力的に進化を始めている。
例えば小さなネズミが世代が進むにつれて凶暴化、そして巨大化していった。
毛は抜け落ち、肌の色は緑に変色し、二足歩行を始め、手にはこん棒や石を持って新人類に襲い掛かる。
もちろん変化したのはネズミだけではない。
様々な動物や虫、魚、果ては植物まで凶暴化し始めたのだった。
新人類は軍隊をもって対処したが、次第に軍隊だけでは対処が追いつかなくなる。
そのうち、民間から協力者が現れた。
新人類は彼らを「冒険者」と呼び、一種の職業として凶暴化した動物を処理していく。
各国は凶暴化した動物を「魔物」と呼び、魔物を処理した場合は報奨金を出したり、部位を市場に流すことで冒険者の収入を支えた。
しかし魔物の数は減ることは無く、むしろ増え続けた。
新人類は強力な魔法を開発し、これに対抗した。
炎を出して魔物を焼き払う魔法はもちろん、己の肉体を強化したり、魔物を弱体化したりと魔法の幅はドンドン広がっていく。
しかし、それと比例するかの様に段々と魔物達は増え、強くなっていった。
どれほど新人類が魔物討伐に力を注いでも、大した意味が無かった。
大規模な魔物掃討作戦を実行しても、翌月には掃討前よりも魔物の数は増えているのだ。
新人類が魔物に頭を悩ませている時、私は魔物の発生原因を調べ始める。
まあ、ドローンから得られる情報を整理するだけで簡単に原因は分かった。
魔物の発生原因は「魔法」そのものだったのだ。
魔法を使うことで大気中に「魔力のカス」、つまりは「汚染物質」が発生していた。
その汚染物質を動植物が吸引する事で、動植物は凶暴化し魔物になっていく。
これが魔物が生まれた原因だった。
特に現代魔法は魔力変換効率が古代魔法に比べて極端に悪い。
精々30%程度の変換効率であり、70%近くの魔力が魔力カスとして体外に放出されてしまう。
その為、耳長族が暮らしている森には魔物が殆ど居らず、現代魔法を積極的に使う大国ほど魔物に苦しめられた。
では動植物が魔物になるのに、新人類は何故魔物にならないのか?
それは魔力臓器が汚染物質から体を守っていたのだった。
例え魔法を使えない者であっても、臓器として体内に備わっている限りは魔物になる事は無い。
多少体内に魔力カスが入ろうとも、魔力臓器が栄養として吸収してしまうため、魔物になることが無いのだ。
確率は相当に低いが、生まれつき魔力臓器が無い者、事故や病気で魔力臓器を失ってしまった者が魔力カス濃度が極めて濃い場所で半世紀以上も生活すれば魔物になることはあった。
しかし、それは一種の奇病という事で新人類は処理していたため、誰も気が付いていなかったのだ。
旧人類も大気汚染や水質汚染、土壌汚染には苦労したものだ。
これは新人類に与えられた試練の一つなのだろう。
私は、新人類がこの試練をどうやって乗り越えるのかをワクワクしながら観察し続ける。
そのうち新人類は世界会議を開催し、世界中の知識人を招いて魔物に対する抜本的解決方法を話し合った。
何故、魔物は生まれたのか?
一体、魔物は何をするために存在しているのか?
人類はどうすればいいのか?
私は、会議の様子をドローンを通して観察する。
会場では大勢の知識人が頭を悩ませていた。
もし、私がその会議に参加していたならば、
「魔物は現代魔法が原因で生まれた」
「魔物は体内で汚染物質である魔力カスを浄化しており、彼らのお陰で地球の自然環境は維持されている」
「魔物の発生を防ぎたいのならば、魔法を使うことを即時停止し、汚染物質が出ない魔法、もしくは汚染物質を除去する方法を検討するべきである」
と助言していたであろう。
もちろん私に会議への招待状は届いていないし、たとえ招待状が届いたとしても参加はしない。
これは彼らの成長に絶対必要な事なのだから。
私は会議室に潜り込ませたドローンから送られてくる情報を感じていると、会議は変な方向に進み始めた。
「この魔物達は人知を超えた力を持つ何かが作り出している違いない」
「その者は神の力を持つ者に違いない」
「では女神様が我々を苦しめている可能性が高い」
段々と会議は「女神が魔物を作り出して人類を苦しめている」という結論に近づいていく。
そして最終的に、
「女神が全ての魔物の発生源であり、この会議以降、女神は「魔王」と呼称する」
という事が決定したのだった。
その結論に、私は震えるしかなかった。