魔物の正体
「何故だ、何が起こったというのだ。
確かに、確かに魔物は皆殺しにしたはずだ。
一体、どこからこんな大量の魔物が現れたというのか。
最早、地上は地獄と同じだ。
この地下施設に魔物が来る事はないだろうが、そんな事はどうでもいい。
この国は終わりだ。
今、地下施設には私しか居ない。
他の研究員は地上にある家に帰り、家族と団欒を楽しんでいたはずだ。
私だけ地下施設に残り、巨大な魔石を眺め感傷に浸っていた。
そんな時、通信魔導具に連絡が入ったのだ。
通信魔導具の受話器を取った私の耳に、王様の罵声が飛び込んできた。
そして今、地上がどうなっているのかを知ったのだ。
私は信じられなかった。
実際、地上の様子を魔法で見てみたが、そこには我が目を疑う光景が広がっていた。
見たことも無い巨大な魔物が城壁を突破し、人々を殺していたのだ。
私は急いで殲滅魔法を再起動しようとしたが、魔石には魔力が残っていなかった。
そこで私の魔力を魔石に注いだが、意味は無かった。
そもそも、優秀な魔法使い数十人が数ヶ月という時間をかけてやっと一回だけ殲滅魔法を放てる量が溜まったのだ。
私一人の魔力で、何が出来るというのか?
魔力が空になり、冷静になった私は、こうして日記を書くことにした。
殲滅魔法を放った結果、我が国の周囲200キロに居た魔物は皆殺しに出来た。
その先、200キロ以上先には普通の動物しか居なかった筈なのだ。
それは多大なる犠牲を払いつつ、軍の偵察部隊が確認していたので間違いない。
魔法を放った後、残るのは「国」と「焼け野原」と「200キロ以上先で生きている普通の動物」だけになる筈だったのだ。
一体!! どこにこれ程の魔物が残っていたというのか!!
もしや!! 魔王は転送魔法を完成させていたとでもいうのか!?
我々も転送魔法は開発していた。
だが、転送できる距離は短く、転送できる物も小さいものしか転送できなかった・・・。
あれほどの魔物を転送するなぞ、不可能なはずなのだ!
・・・我々は、とんでもない輩を相手に戦争をしているのかもしれない・・・。
・・・これから人類は・・・どうなってしまうのだろうか・・・。
・・・この日記が読まれる事はないだろう・・・。
もし、この日記を読む人間が現れたのならば、どうか、生き残って欲しい。
魔王を倒せなどとは言わない。
どうか、生き残り、子孫を残し、人類という種を存続して欲しい。
もし、必要とあらば机の引き出しに魔道具が入っているので使ってくれ。
その魔道具には、私達が研究していた全ての研究データが入っている。
殲滅魔法はもちろん、転送魔法研究、ホムンクルス研究、攻城兵器設計図、不老不死研究、医療魔法・・・、我が国で研究開発した全てのデータを記録しておいた。
・・・こんな物しか遺せない我が力が憎い・・・。
・・・私は・・・無力であった・・・」
これが最後だった。
これを書いた後、彼は自決したのだろう。
日記に書かれていた通り、引き出しには小型の魔道具が入っていた。
その魔道具には大量の情報が詰まっており、軽く魔力を注ぐだけで空中に様々な研究データが表示される。
(記録されている内容も素晴らしいが、これ程の情報を記録出来る魔導具というのは初めて見た。
この国の商店街にも無かった物なので、恐らく貴重な物なのだろう。
こんな物を作り出しておきながら、「私は無力だった」などと日記に書くとは・・・。
もし、私がこの魔導具を開発したならば、一生自慢し続けるだろう。
・・・どうやら彼は、私よりもずっと優れた人物だったようだ)
そして彼女は魔道具をポケットにしまい、白骨死体に手を合わせた。
その後、暫く彼女は地下施設をウロウロと歩き回り、何があるのかを調べる。
流石は国家レベルで進められていた研究なだけの事はあり、そこにある魔導具はどれもこれもが素晴らしい物だった。
彼女はそれらを眺め、「羨ましい」という気持ちと「妬ましい」という気持ちがグチャグチャになったような顔をする。
そして、いくつかの魔導具を回収すると、彼女は地上に戻る事にした。
段々と地上の太陽光が見え始めると、次第に彼女は眩暈に襲われ始める。
それでも我慢して階段を上り続けると、今度はズキズキと頭が痛み始めた。
彼女は軽く頭を押さえながら、ゆっくりと階段を上っていく。
(ああ、やはりな。
これほど興奮したのは久しぶりだ。
ずっと探していた答えを見つけたのだから、興奮するのは仕方ない。
だが、あまりに興奮しすぎたせいで、長い間に溜まった旅の疲れが出てきたのだろう。
家に帰ったら、少し横になろう)
そんな事を考えながら、彼女は地上を目指した。
そして地上に出ると、フラフラになった女性学者に少女が泣きながら抱きついてきたのだ。
そして少女は、泣き叫んだ。
<皆が!! 皆が!!>
女性学者は最初、何が起こったのかわからなかった。
そんな彼女を、少女は必死になって引っ張る。
女性学者は痛む頭を手でさすり、フラフラとおぼつかない足で少女についていった。
少女は小屋から少し離れた場所で立ち止まり、泣きながら「何か」を指差した。
少女が指差した「何か」は酷く見苦しい生き物だった。
体には毛が無く、皮膚には所々に緑色の斑点が浮き出ていた。
口からはボタボタと涎を垂れ流し、目は既に正気を失っている。
そしてギャーギャーと気味の悪い声で鳴いているのだ。
女性学者は、その「何か」をボーと眺める。
(あれは・・・、一体なんだ?
魔物の亜種だろうか?)
そんな事を女性学者は考えていたが、少女は叫んだ。
<皆が!! 私の友達が!!>
・・・その言葉で気がついた。
女性学者は「気味の悪い生き物」の正体が「猫達の変わり果てた姿」である事に気がついたのだ。
女性学者の頭痛は激しさを増していく。
視界はグニャグニャに歪み、既に少女の言葉も彼女には届いていなかった。
・・・薄れ行く意識の中、彼女の頭の中には様々な情報が飛び交っていた。
「魔法の歴史」と「魔物の歴史」の相関性。
故郷の獰猛な動物と、ここの穏やかな動物の違い。
「魔法を放った後、残るのは「国」と「焼け野原」と「200キロ以上先で生きている普通の動物」だけになる筈だったのだ」という日記の文章。
貫通魔法を放った結果、変わり果てた姿となった猫達。
(・・・そうか・・・。
私は「魔物は魔法に引き寄せられる」と考えていたが・・・、違った。
大量の魔物・・・、やつらがどこから現れたのか・・・、・・・今・・・、・・・理解した。
・・・魔物達は、200キロ以上先に居たんだ・・・。
・・・そうだ・・・、現れた魔物達の正体は・・・、元は普通の動物達だったんだ・・・。
・・・やはり・・・、・・・魔王なんて存在しない・・・)
「・・・魔物は・・・、・・・私達人間が生み出していたんだ・・・」
そう呟いた女性学者は、そのままバタリと倒れ、意識を手放した。
いきなり倒れた女性学者にホムンクルスの少女は驚き、彼女に駆け寄る。
そして少女は涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、必死になって女性学者の名前を叫び続けた。
だが、気絶した女性学者が少女の叫びに答える事は無かった。