責任者の日記
それから毎日、一行は件の小屋に通う事になる。
女性学者は杖を構え、様々な攻撃魔法を小屋に放ち、魔力が無くなれば魔石を回収し、魔道具屋で高性能な杖を探し出す。
そしてまた、小屋に向かって攻撃魔法を放つのだ。
そんな様子を、少女と魔物は脇にちょこんと座りながら見つめている。
既に数週間も女性学者は攻撃魔法を撃ち続いているが、未だに小屋には傷一つ付いていない。
だが、女性学者が諦める様子は全く無かった。
むしろ、彼女は楽しんでいたのだ。
これはまさしく、一世紀前の天才達との知恵比べに他ならない。
毎晩毎晩新しい攻撃魔法を考え出し、翌日には小屋に向かって新型の攻撃魔法を放つ。
そんな日々を、彼女は送っていた。
それから数週間後。
彼女は今日も小屋の前で攻撃魔法の準備を進めている。
いつもなら杖を構えて攻撃魔法を放つのだが、今回は違った。
彼女は重要エリア内で研究されていた未完成の攻城魔導具を偶然発見し、それを引っ張り出して来た。
彼女が見つけた攻城魔導具は巨大な城壁を攻撃する魔道具だ。
しかし、今回の相手は小さな小屋である。
その為、全ての魔力を一点に集中するように彼女は魔導具を改造した。
そんな、彼女自慢の魔道具兵器を魔物に引かせ、一行は小屋目指して進んでいく。
鼻息の荒い女性学者の目はランランと輝き、口元はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。
一方で、こんな状態の女性学者に話しかけても相手にしてもらえないというのを理解しているホムンクルス少女は、魔物の背中でお気に入りの猫達と楽しそうに遊んでいた。
そして終に、一行は小屋の前に辿り着く。
既に、魔道具には膨大な魔力が注ぎ込まれている。
そんな魔道具を小屋に向けて設置し、女性学者は天を見上げて高らかに宣言した。
「見ているか天才ども!!
今からお前達の傑作を消し去ってやる!!!」
そして宣言が終わると、彼女は魔道具の起動タイマーをセットする。
この魔導具には大量の魔力が充填されており、最悪の場合、魔導具が大爆発してしまう可能性があった。
その為、彼女はわざわざ起動タイマーを魔導具に取り付けたのだ。
そして一行は重要エリアから避難する。
この日の為に、家からは大切なものは回収しておいた。
それから1時間後。
魔道具にセットされたタイマーが作動し、魔導兵器は強力な貫通魔法を発動した。
その衝撃はすさまじく、巨大な衝撃波が重要エリアを囲う城壁を揺らし、女性学者や少女にまで衝撃を伝えた。
そして小屋のある場所には黒煙が立ち上り、魔道具が向けられた方向にあった山は吹き飛び、そして遥か先の空にあった巨大な雲にも丸い穴をあけたのだ。
一行が小屋のあった場所まで戻ると、そこは更地になっていた。
貫通魔法は小屋を消し去り、その先の城壁に巨大な穴を開け、かろうじて残っていた城を破壊し、進行方向上にある全ての物を貫通していったのだ。
そんな更地を見て、女性学者は立ちくらみに近い感覚に襲われる。
視界はグニャグニャと歪み、更には酷い頭痛に襲われ、真っ直ぐ立っていられ無い程だった。
彼女はフラフラとよろめいたが、頬を叩いて正気を保つと、直ぐにガッツポーズを決めた。
そして、彼女は滅茶苦茶なダンスを踊り始めたのだ。
彼女は歌まで歌い、呆然と更地を見つめる少女の手を取り一緒に踊り始める。
それはステップも何も無いダンスだったが、女性学者も少女も楽しそうに踊る。
久しぶりに笑顔になった女性学者とのダンスを、少女は心の底から楽しんだ。
それから暫くの間、二人のダンスは続くのだった。
最終的に、少女が目を回すまでダンスは続いた。
フラフラと千鳥足で歩く少女を座らせてから、女性学者は小屋のあった場所を調べる。
すると、小屋があった場所には地下に通じる階段があった。
それを見つけた彼女は杖を掲げ、一切の躊躇も無く階段を下りていく。
一番強力な防御魔法があったのは小屋の扉だけで、中に入ってしまえば大した警備も無かった。
彼女は真っ暗な階段を杖の灯りを頼りに進み、時折立ち止まっては探索魔法で周辺を調べる。
だが、長い階段はずっと先まで続いているだけで、特にめぼしい物は見つからない。
それから数分間、彼女は階段を下り続ける。
そして、いい加減疲れ始めてきた時、目の前に扉が現れたのだ。
その扉には何の防御魔法も無く、彼女がドアノブを引いたら抵抗なく扉は開いた。
扉の向こう側には、広大な地下室が広がり、巨大な魔石が並んでいた。
そして壁や天井には所狭しと魔法陣が描かれ、所々に魔法陣を制御するための魔導具も設置されているのだ。
そんな地下室を彼女は進み、奥でいくつかの部屋を見つける。
その部屋には、様々な書類が山積みのまま放置されていた。
そんな書類の山を進み、終に彼女は「求めていた答え」を見つけ出す。
「これは・・・、こいつの日記か?」
それは、部屋の一番奥にある机の上に放置されていた。
その机は地下施設の総責任者が使っていた机で、本人は白骨死体となって豪華な椅子に座っている。
そんな死体の足元には、総責任者が自殺に使った高性能な杖が転がっていた。
彼女は杖を拾い、己の腰ベルトに差す。
そして、見つけた日記を詳しく調べ始めた。
「今日、王様に呼び出され、とんでもない事を言われた。
まさか、魔物を完全に消滅させる魔法を生み出せと言われるとは・・・。
好きなだけ予算や人員、施設を与えると言われたが、果たしてそんな事が出来るのだろうか?
我が国が魔物の浄化に成功すれば、世界のミリタリーバランスを崩す事が出来るだろう。
恐らく、王様はバランスが崩れた世界を牛耳る事を考えているのだと思うが・・・。
・・・果てしなく困難な道のりだが、これが最後の研究となるならば本望だ。
研究者として、これ程興奮する研究もあるまい。
我が全身全霊を持って計画を進めるとしよう」
「やっと人材も集まり、巨大な地下施設も完成した。
王様に言われた通り、予算が好きなだけ使えるのは研究者として嬉しい事この上ない。
今まで私がやっていた研究も、何が一番困難だったかといえば予算の確保だった。
国から貰える研究資金には限りがある。
その為、有力な貴族や商人といった無知蒙昧共に研究の素晴らしさを説明し、必要な金を集めなくてはならなかった。
そんなくだらない行為から開放され、集中して研究が出来るというのは、何と素晴らしい事だろうか。
今日も偽装された搬入口から次々と必要な資材が運ばれてくる。
巨大な魔石、魔法陣を制御するための魔道具、大量の魔法陣を描くための高性能なペンキ・・・。
私も、ここまで巨大な魔石は見たことがない。
さて、下準備は整った。
研究を始めよう」
「研究は難航している。
どうやら当初の計画よりも大量の魔石が必要なようだ。
大量の魔石が必要だと国に報告すると、
「直ぐには用意出来ないが、数日待てば納品する」
と連絡があった。
流石、国家が力を入れている研究なだけはある。
まさか、ここまで簡単に資材が入手出来るとは。
何としても研究を成功させねば」
「我が国周辺を偵察していた軍隊から連絡があった。
どうやら、魔物は我が国を中心とした半径200キロ程度に集中して存在しているらしい。
それを調査するために軍では多大なる損害があったようだが、それらは人類の発展のため必要な尊い犠牲なのだ。
噂では、偵察をしていた部隊の隊長が城に怒鳴り込んできたらしい。
「一体! この調査は何のためにしているんだ!
俺の部下は何で死ななくてはならなかったんだ!!」
と隊長は怒鳴り散らしていたとか。
申し訳ないが、これは極秘研究だ。
軍でも研究内容を知っているのは極一部だけだ。
死ぬ理由を知らされる事なく、魔物に殺された兵士達を想うと心が痛む。
しかし、この研究は人類の平和の為に絶対に必要な研究だ。
研究が成功した暁には、死んだ兵士の為に慰霊碑を作る事にしよう」
「軍の尊い犠牲や大量の税金を湯水の如く使う事で、研究の終わりも見えてきた。
最初のターゲットは我が国周辺に存在している魔物どもだ。
こいつらを殲滅し、次に大陸中に存在する魔物どもを皆殺しにする。
そして我が国が世界で最も力のある国家として君臨し、最終的には魔王を殺すのだ。
そうなれば、人類は永遠の繁栄が約束されたも同然だ。
見ておれよ魔王。
我が国の力を思い知るがいい」
「終に明日、魔法を発動することになった。
我々は何度も小規模な実験を繰り返してきたが、その全てで実験は成功したのだ。
ならば、明日の本番も成功するに違いない。
終に、終に、魔物と人類の戦いに終止符を打つことが出来るのだ。
もう午前3時だが、年甲斐も無く興奮してしまい、寝る事が出来ない。
どうやら私の体は衰えたが、心は青年時代のままらしい。
ちらりと研究室を覗いたが、私以外の研究員も全員起きていた。
全く、研究員というのは罪な生き物だ。
しかし、だからこそ面白い」
「やり遂げた!! 我々はやり遂げた!!
我々の開発した殲滅魔法は魔物を殲滅する事に成功したのだ!!
軍の偵察部隊からも報告が上がってきた!!
周囲200キロに魔物は一匹も存在していないという!!
我々は、どの国も成功した事の無い、魔物の完全なる殲滅に成功したのだ!!
年甲斐もなくはしゃいでしまい、文字が乱れてしまうが、仕方ないではないか!!
これ程の成果を前に興奮出来ない程、私は老いてはいない!!
これで! これで人類の未来は開けた!!
魔物の存在しない世界を実現し、終に人類は魔王を倒す事が出来るのだ!!
私はこの計画に参加出来た事を誇りに思う!
冥土の土産としては最上級の物に違いない!
私が死んだら、あの世に居る人々に伝えなくてはならないな!
「もう魔物に殺された人が、この世に来る事は有り得ない!!」
と胸を張って伝えよう!!」
そんな日記を、女性学者は静かに眺める。
(喜びにあふれた文章が延々と書かれ、文字が濡れた跡もある。
どうやら、彼は嬉し涙を流しながら日記を書いていたようだな。
・・・次のページが、この日記の最後か・・・)
そして彼女は、ページをめくった。