新しい研究対象
ホムンクルスである少女の住む家は、学園の中心部にあった。
そして、そこは極秘扱いの研究をしていたエリアでもあり、エリア全体が分厚い城壁で守られている。
しかし、その分厚い城壁にも大きな穴は開いており、内部にあった建物も大半が崩壊していた。
そんな廃墟が並ぶ重要エリアを、笑顔の少女を先頭にした一行は進む。
そして時折、少女は振り返ると女性学者にニコニコとした笑顔を向ける。
そんな少女が着ているのは、穴だらけになったボロボロの白衣だけだ。
その為、少女が動くたびに白衣も動き、彼女の後を歩く女性学者は少女の可愛いお尻をじっくりと観察出来るほどだった。
どうやら、少女は己の肌を見られても別に恥ずかしく無いらしい。
いや、むしろ久しぶりに誰かと会話出来る事が嬉しいようだ。
当たり前といえば当たり前だが、一世紀も無人の地で過ごしてきた少女にとって、「会話」という行為は何よりも楽しいものだった。
更に言えば、女性学者が身にまとう雰囲気は己を作り出した親達に近い雰囲気があり、それも少女を安心させた。
暫くして、一行は一つの建物に到着する。
その建物は少女を生み出した研究所であり、少女の家でもあった。
その為、建物の周りの雑草は抜かれ、窓から見える部屋も掃除がされている。
誰も居なくなった家を、少女は毎日管理していたのだ。
そんな大切な家に初めて客人を招く事が出来た少女は嬉しそうに軽くスキップをしながら建物に近寄り、入り口を開けた。
そして少女はクルリと振り返り、
<ようこそ我が家へ!>
と元気良く女性学者を招き入れたのだった。
家の中はキチンと整理がされており、生活する分には全く困る事は無かった。
女性学者は空いていた部屋の一つを借り、そこに荷物を移す事にする。
当分の間、ここが彼女の研究室になるのだ。
少女はそれが嬉しくて堪らないらしく、女性学者の荷物を運ぶのを一生懸命に手伝った。
荷物を下ろしやすいようにしゃがんだ魔物の背中から、少女と女性学者は一緒に荷物を下ろし、部屋に運び込む。
そして女性学者が荷運びの手伝いをしてくれた事に感謝すると、少女はピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶのだった。
その日は一日中、引越し作業で終わった。
そして夕飯時、女性学者は二人分の夕飯を作り、少女と二人で食事を楽しんだ。
ホムンクルスである少女は、一生食事をしなくても生きていける。
一応、消化器官は備わっているが、少女にとって食事とは娯楽の一種であり、嗜好品の類でしかない。
しかし、久しぶりに親に似た雰囲気を持つ人とおしゃべりをしながら食べる夕飯は格別だった。
少女は口の周りをベトベトにしながら女性学者の作った料理を美味しそうに食べる。
そんな少女の口の汚れを女性学者はフキンで拭き取り、二人は楽しそうに雑談をしながら食事を続けた。
そして食後、少女は女性学者に風呂場の場所と使い方を説明する。
やはり魔法技術が大変進んだ国の最重要エリアにある研究所だけのことはあり、その風呂は女性学者の祖国には無いような風呂だった。
基本的に風呂は魔法で動いており、暖かい湯が適正量まで一瞬で満たされる様に作られていたのだ。
そんな、最新とも骨董品とも言える風呂に浸かり、女性学者は旅の疲れを落とす。
「・・・ああ・・・。久しぶりの風呂は気持ちがいいな・・・」
彼女は心の底から気持ちよさそうな声を出しながら、風呂を楽しんだ。
そんな時、彼女は扉の向こうに人の気配を感じた。
不思議に思った彼女は、探知魔法を使って扉の向こうを調べる。
するとそこには、ジッと風呂場の扉を見つめる少女の姿があった。
「・・・? どうしたんだろうか?
・・・まあ、用事があるなら何か言うだろう。
今はそれより、この風呂を味わいたい・・・」
そして彼女は少女に気が付かないふりをしつつ、風呂桶に身をゆだねた。
その後、風呂から上がり寝巻きに着替えた女性学者が自室に入ろうとすると、そこには少女が立っていた。
何やらモジモジとしている少女に、女性学者は話しかける。
「どうかしたのかい?」
すると、俯いた少女は何やらボソボソと小さい声でつぶやいた。
<・・・もし・・・迷惑でなければ・・・一緒に・・・寝て・・・欲しい・・・です・・・>
まるで親に甘える子供のように、少女は女性学者に甘えたのだ。
その様子を見た女性学者は驚嘆する。
(これでは、まるで本物の少女ではないか。
最初に人工魂を作り出したと聞いたときは信じられなかったが、この様子を見る限り、この子には本当に魂があるとしか思えない。
私如きにこのホムンクルス技術を全て解明出来るとは毛頭思わないが、やはり気になるな・・・。
よし、魔物研究と同時進行でこの子の研究もしよう。
これからは積極的に行動を共にして、この子の行動を隅々まで観察し、ホムンクルス技術の一端でも理解したいものだ)
女性学者は新たな研究テーマに武者震いしながら、少女の提案を受け入れた。
それどころか、これから毎晩一緒に寝ると約束までしたのだ。
すると、少女は割れんばかりの笑顔となった。
そして少女は自分の部屋に駆け出し、お気に入りの枕を持って戻って来る。
そんな少女を女性学者はベッドに招き入れ、二人は一緒に寝るのだった。
少女が女性学者のベッドに入ってから、少しだけ時間が経った。
女性学者はスヤスヤと可愛い寝息を立てる少女をジッと観察し、少女の頭と顔を優しく撫でる。
(やはり凄いな。
この髪の毛は本物の髪の毛にしか思えない。
いや、髪だけで無い。
この顔も繋ぎ目が一切無い。
本当の少女のような肌触りだし、体温も人間と同じだ。
体臭までも再現されている)
すると彼女はベッドから起き上がり、幸せそうに眠る少女の体を調べる事にした。
昼間と同じく、ボロボロになった白衣だけ着ている少女の全身を調べる事は容易だった。
彼女は少女の白衣を完全に脱がし、体を隅々まで入念に調べる。
(・・・どこを探しても肌に繋ぎ目は無いな・・・。
外見は人間と殆ど違いは無い・・・、唯一の違いは首に金属製の首輪が埋め込まれているくらいか。
指先や顔、胸、下腹部、腕や足といった部分を入念に舐めてみたが、どこも若干の塩味・・・、ここも人間と同じだ。
指先には爪もあるし、口内には人間の子供と同じ数の歯も存在している。
呼吸にあわせて胸は動いているし、小さな胸に耳を当てると心臓の鼓動も聞こえる。
脈拍も人間と同じ・・・。
それとやはり予想通りではあるが、この子には第二心臓は無いな。
だから魔物に襲われなかったのだろう。
何故、第二心臓を作らなかったのだろうか?
・・・いや、もしかすると作れなかったのかもしれないな・・・。
一応、体温計を口に入れたり、脇に刺したり、肛門に刺したりして全身の体温を測定したが、どこを測定しても体温も人間と同じ・・・。
ここまで人間を再現しているとなると、首輪を隠されたら区別が付かなくなるな・・・。
まあ、そんな事よりも、私が一番気になるのは「このホムンクルスは子供を作る能力は有しているのか?」という部分だ。
まさに神の領域と言って良い能力まで再現しているのか、どうしても気になる。
一応、女性器は内部まで正確に再現されていたが、機能まで再現されているのか実験したいものだ・・・。
はぁ・・・、私は己が女であった事がこれほど恨めしいと思えたことは無い。
もし私が男だったなら、実際この子と子作りしてみればいいだけの話なのだが・・・。
この少女は私に懐いている様だし、頼めば実験に協力してくれる可能性は高い・・・。
いや、気になるのは肉体だけでない。
精神的部分も人間と同じなのか調べたい。
食欲は薄いようだが、それは食事を必要としないからだろう。
では肌を他人に見せても恥ずかしいと思わない部分は、どうだろうか?
羞恥心がほとんど無いように思えるが・・・、・・・まあ、一世紀も他人と会わなければ羞恥心も薄れるか・・・。
睡眠欲や性欲、知識欲、自己顕示欲と言った部分も再現されているのだろうか?
ああ、気になる。
どうしようもなく気になってしまう)
作られたままの姿を晒しながら眠る少女を前に、女性学者は興奮し始めた。
(これからは常に、行動を共にしよう。
そして、この子の観察をしなくては。
まさか、ここまで面白い研究対象が眠っていたなんて・・・。
本当に人生は何が起こるか分からないな)
女性学者は荒い息を抑え、震える手で少女に白衣を着せてからベッドに戻った。
だが彼女の興奮は暫く続き、眠りに就くまで大分時間がかかってしまう。
翌朝。
ほとんど寝ることが出来ず、意識が朦朧としながらもギラギラと目を光らせる女性学者を、少女と魔物は心配そうに見つめるのだった。