「魔法」の誕生
それから時間が流れ、新人類は旧人類が持つことの出来なかった技術を手に入れる。
そう、所謂「魔法」だ。
それ以外、説明が出来ない。
ある日の事、ブタ族が耳長族の縄張りに進入する。
この二つの種族はお互いに森に住む種族だったこともあり、生存範囲が似ていた。
その為、彼らは何度も戦争をしていたのだ。
まあ戦争と言っても実際は体格に勝るブタ族が細身の耳長族を蹂躙し、略奪を繰り返していただけなのだが。
耳長族も必死に弓を使って戦いはするのだが、分厚い皮膚と強靭な体を誇るブタ族の前には無力だった。
知恵があり、手先の器用な耳長族は様々な工夫をして戦うのだが、数も体力も圧倒的に優位なブタ族に毎回虐殺されていたのだ。
その日も、まるで近所に買い物でも行くような感覚で、耳長族がひっそりと暮らしている集落を目指してブタ族の戦士達が列を成して進んでいる。
いつもなら木々から細い矢が飛んできてブタ族を攻撃する筈なのだが、その日は矢が全く飛んで来ない。
その時、ブタ族の戦士達には、細い矢など比べ物にならない程に「恐ろしい物」が迫っていたのだ。
そんな事に気が付くはずも無く、大きなこん棒を持ち、腰ミノしか身に付けていないブタ族の戦士達が肩で風を斬りながら森を進む。
あと少しで戦闘が始まるというのに、ブタ族の戦士達は暢気に雑談をしている。
「今日は連中から何を貰おうか?」
「やつらは色々持っているからな、持てるだけ持って帰ろう」
「そうだな・・・、俺は新しい麻袋が欲しいな」
「嫁が新しい鍋を欲しがってたからな。良い感じの鍋が無いか探さないと」
「な~~に、丁度良い鍋が無いなら何匹か捕まえて、その場で作らせればいいさ」
「それもそうか。あいつらは本当に便利な連中だよな。いっそ何匹か飼っておこうかな?」
「やめとけやめとけ。あいつら手間はかかるし直ぐに死ぬぞ」
「確かに。まあ何か必要になった時に貰いに行けばいいか」
「それが一番良いさ」
等と既に勝った後の事を考える程の余裕が彼らにはあった。
そんな時、森の奥にある耳長族の集落では人々が集落の中央にある広場に集まっていた。
広場には何やら呪術的なデザインが施されており、人々は事前に決めてあった場所に立つと、意味不明な言葉・・・、「呪文」とでも言うべき「音」を唱え始める。
森の奥で耳長族がそんな事をしているとは露知らず、ブタ族の戦士達はズンズンと森を進み、段々と強くなる耳長族の匂いを感じ取ると自然と武器を持つ手に力が入った。
そんな時だ。
何の前ぶれも無く、地面がモコモコと盛り上がり始めたのは。
盛り上がった地面からは、ブタ族の身長よりも大きい「土の手」が現れた。
それだけではない、周りの木々もまるで意志を持つかのように動き出すではないか。
ブタ族の戦士達は何が起こったのか理解出来なかった。
戦士達はキョロキョロと周辺を見回し、身を強張らせる。
そんな中で、一番強い戦士は何かを感じ取り「土で出来た巨大な手」にこん棒で殴りかかった。
「ブヒィィィィィ!!!」
という雄叫びと共に、彼は巨大なこん棒を「土の手」に叩きつける。
こん棒は巨大な手にめり込み、土で出来た小指部分がポロリと取れてしまった。
一番強い戦士は叩き落した小指を見てニヤリと笑い、己の勝利を確信した。
しかし、戦いは終わっていなかった。
巨大な手は残った4本の指を器用に使いこなし、己を殴った戦士を捕まえたのだ。
捕まった戦士は手の中で必死に暴れる。
意識を取り戻した周りの戦士たちも攻撃を開始し、捕まった戦士を助けようとこん棒で土の手に殴りかかる。
しかし、その行為に意味は無かった。
捕まった戦士はそのまま握りつぶされ、辺りに血を撒き散らしたのだ。
巨大な土の手が開くと、掌は握りつぶされた戦士の血で真っ赤に染まっていた。
それからは、まさに地獄と言っていいだろう。
木々は大きくしなりながらブタ族の戦士の頭を巨大な幹で殴りつけ、戦士の頭をバラバラに吹き飛ばした。
至る所で地面が盛り上がり、巨大な手が次々に現れ、戦士達を捕まえてはグチャリグチャリと握り潰していく。
恐れをなして逃げようとした戦士も、意思を持った様に動く草が足に絡みつき、もはや歩くことも出来ない。
そんな一方的な戦い・・・というよりも「虐殺」が始まり、ブタ族の戦士たちが皆殺しになるまで1時間もかからなかった。
森に大量の死体が転がり、戦うべき相手が居ない事を知ると、巨大な手は地面に戻り、木々は動くのをやめた。
そして、何事も無かったかのように森は静まり返ったのだ。
・・・ザワザワと騒がしい耳長族の集落を除いては・・・。
戦場から離れた場所に耳長族の小さな集落はある。
そんな小さな集落は興奮に包まれていた。
初めてブタ族に勝利した耳長族はお互いに抱き合い、全身全霊で勝利を祝っている。
普段は感情を表に出すような人々ではないが、この時ばかりは全員が満面の笑みだった。
そんな様子を私は人工島で感じていた。
耳長族も、そして死んでしまったブタ族の戦士も、・・・ああ・・・、なんと素晴らしいのだろうか。
彼らには旧人類が太古に無くした「必死さ」がある。
辛く、苦しく、悲しく、そして、どうしようもない程に生存を欲している。
彼らは「人生」を謳歌している。
ああ・・・、なんて可愛らしいんだ・・・。
地面に広がる戦士の血や内臓、幹にこびり付いた頭皮や眼球、祝宴の歌や踊り、人々の満面の笑み・・・。
どれもこれもが私を惹きつける・・・。
私の小さな胸が、トクントクンと温かい気持ちで満たされていく・・・。
感動を味わうと同時に、森で何が起こったのかの調査も始めた。
私はドローンを耳長族の集落に集め、正確に分析を始めたのだ。
空中に集まる大量のドローンを見た耳長族の人々は、
「ん?何だ何だ?今日はやけに真珠虫が一杯いるな?」
「ははは、何も気にすることも無いだろう。多分彼らも我々の勝利を祝っているんじゃないか?」
等と他愛無い雑談をしながら祝賀会の準備を進めている。
彼らが祝賀会を行っている間、私はドローンから送られてくる情報を色々と調べて何が起きたのかを理解した。
どうやら「魔法」というに相応しい技術のようだ。
「魔法」が起こる現象の仕組みを正確に文章で説明しようとすると、とても複雑で難解な文章となってしまう為、ここでは割愛しよう。
簡単に説明するならば、彼ら耳長族の体内には特殊な臓器・・・「魔力臓器」とでも言うべき臓器が備わっている。
その魔力臓器が作り出す「力」を「回路」とでも言うべき魔法陣を通して外部に出力する事で「魔法」を使っているようだ。
その力・・・、ここでは「魔力」とでも言うべきか。
彼らは魔力臓器によって生み出された魔力をコントロールすることで、魔法を使いこなしている。
更に彼らが口にしていた「呪文」についても調査を進めた。
何とか呪文を翻訳しようと努力したが、それは人間相手に何かを伝える「言葉」では無く、一種の「現象」に近い物の様だ。
「この世界に直接語りかけ、世界そのものを操作する声。言葉というよりも一種の操作音」
といえば分かりやすいだろうか?
プログラム言語で言うなら、「0」と「1」だけでプログラミングする様な感じだな。
理解するのには、それなりに時間が必要かもしれない。