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コロシアムでの処刑

翌朝。

雨が上がり、大きな広場に作られた市場に人々が集まる。


既に貿易路は魔物に塞がれ、他国との交易は止まっている。

時々、決死の覚悟で商品を運ぶ商人も居るが、その殆どは帰らぬ人となるのだ。

奇跡的に商品を運ぶことが出来たとしても、その商品の値段は目玉が飛び出るほど高額であった。


そんな寂れつつある市場で人々が思い思いの買い物をしている時、市場に大声が響き渡る。


「皆のもの聞け!! 今こそ!! 悔い改める時が来たのだ!!」


広場の中心部、噴水がある場所にボロボロの服を身に纏った男が立っていた。


「魔物は女神様が作り出したという妄言が広がっているが、それは違う!! 女神様は常に我々の生活を守護して下さっているのだ!!」



男の言葉を聞いた人々はざわめき始める。


「おい、誰だあいつ?」

「知らない顔だな」

「っていうか、あれって悪魔信仰者じゃないのか?」

「なんか女神がどうたら言ってるし、通報した方がいいんじゃないのか?」


貧相な服の下に鍛え抜かれた身体を持つ男は話し続けた。


「愚かな王達は真の魔王に操られ! 女神様の聖域に攻め込んだ!! しかし! 慈悲深き女神様は我々を見捨てたりはしておられない!

まだ間に合う! 今こそ信仰を取り戻し!! 真の魔王から開放される時が来たのだ!!」


そんな男の話しを聞き、人々は確信する。


「おい! あいつやっぱり悪魔信仰者だ!」

「とんでもないやつだ!! とっ捕まえろ!」

「出入り口をふさげ!! 絶対逃がすな!」

「女子供は家に避難させろ!! 男達は武器をもってこい!!」


男はなだれ込んだ民衆に捕まり、散々殴られ蹴られてから城の兵士に引き渡された。

ボロボロになった男は地下牢に放り込まれ、その日のうちに処刑が決定するのだった。



この国では、悪魔信仰者の処刑方法は追放では無い。

国の中心にある巨大なコロシアムで、魔物と戦わせて殺される姿を民衆に見せるのだ。

一種の娯楽としてこの処刑法は人気があり、王族の支持獲得にも役立っている。



男が地下牢に放り込まれた頃、城の中ではこの国の王が頭を悩ませていた。


年々、国を取り巻く状況は悪くなる一方だ。

貿易は殆ど停止状態だし、最近では他国の情報すらも入りにくくなった。


それでも何とか民の生活を守るために、王は知識人を集め、必死になって国家を運営している。

本来ならば王としての威厳を保つべく、立派な服を着るべきなのだろう。

しかし、その為に税金を上げる事を良しとせず、王は少し古い服を着ていた。


毎日毎日、報告される頭の痛くなる様な情報にも屈することなく、彼は王としての責務を全うしているのだ。


増え続ける貧困者の為に、王族の所有地を開放し、そこに私費で集合住宅を建てて人々を救っている。

商品の値段を上げ続ける商人達を説得し、何とか経済を回そうと努力している。


それでも国の運営は上手くいかない。

毎日毎日、悪化の一途を辿っているのだ。


そんな王の元に大臣が報告書を持ってきた。

その報告書には悪魔信仰者を一人捕らえたという情報も記載されていた。


報告書を持ってきた大臣は、王と同じく少し古く、裾が解れつつある服を着ている。

普段は難しい顔をしていた大臣だったが、彼は久しぶりに笑みを浮かべた。


「いやはや、悪魔信仰者が捕まるとは運が良かったですな」

「全くだ。最近はあまり良いニュースが無いからな。これで民衆のガス抜きになるだろう」

「数年前が懐かしいですな・・・、裸にした教会の騎士達と魔物達の戦いは盛り上がりました・・・」

「民衆は血生臭い娯楽が好きだからな。しかし、あの時の騎士達を少しでも残しておけば、定期的なガス抜きに使えたのに・・・、惜しいことをした」

「まあまあ、王様。今回捕まった悪魔信仰者はなかなか生きが良い様です。少しは楽しめるでしょう」

「そうだな。さて、久しぶりにワシもコロシアムに行くとしよう。民衆の支持は大切だからな」


そう言うと、王様は民衆に対して威厳を保つ為に唯一残した豪華な服に着替え始める。

そして大臣と数名の護衛を連れて、豪華な馬車でコロシアムに向かうのだった。



昼時になると、コロシアムは最高の盛り上がりを見せていた。


今回の目玉イベントは魔物を生み出す魔王を信仰する大悪人の処刑である。

ここ最近は魔物が強くなったため、碌な貿易も出来ずに国力は衰えるばかりだ。

これも全て魔物のせいであり、それを信仰する輩は同じ人の形をしているが、人間ではないと人々は考えている。


人々は悪魔信仰者である男が魔物に八つ裂きにされ、男の血と内臓によってコロシアムが彩られるのを望んでいた。


捕らえられた男は闘技場の中心部に立たされている。

その足には頑丈そうな鎖がつながり、その鎖は闘技場の中央にある柱に繋がっていた。

これでは男は決して逃げる事は出来ないだろう。


そんな男の周りには、殺された女神教徒達の骸が転がっている。

転がっている骸は魔物に食いちぎられ、踏み潰され、引き裂かれた教徒達の成れの果てであった。

そんな骸に、男は静かに手を合わせる。


静かに手を合わせる男に、観客席を埋め尽くした人々は罵声を浴びせた。


「くたばれ! この悪魔が!!」

「お前らのせいでどれだけの人が苦しんでいると思っているんだ!」

「これでもくらえ!!」


人々は鎖で繋がれた男に石や棒切れを投げつける。

しかし、広い闘技場の中心に繋がれた男まで届く事は無かった。


そのうち、ドーンドーンという太鼓を叩く音が聞こえ始める。

この太鼓は処刑が始まる事を民衆に知らせる太鼓だ。

太鼓の音を聞き、民衆は狂ったように歓声を上げる。


「さあ!! 久しぶりのお楽しみタイムです!!」


声を大きくする魔法を使い、司会者が言い放つ。


「皆さん見えてますか!? 闘技場の中央に居る恐ろしい男の姿が!?

あの男こそ! 魔王を信仰する人類の敵であり!! 世界の敵なのです!!」


司会者が観客席に耳を向けると


「早く殺せー!!」

「八つ裂きにしろー!!」

「生まれた事を後悔させてやれー!!」


観客から聞こえる怒気を孕んだ声に司会者は頷き、


「ばっちり見えているようですねー!! では!! これより! 悪魔信仰者の処刑を始めます!!」


司会者の宣言と共に太鼓の音が鳴り響く。

そして闘技場に続くゲートが開かれ、こん棒を持った子供位の大きさの魔物達が飛び出してきた。


この魔物は魔物の中でも最弱に分類される魔物であり、怪我をした男でも闘技場に落ちている棒を拾って戦えば倒す事が出来る魔物だ。

そして、それを人々は望んでいた。


魔王を信仰する者が、魔物に殺されるという最高の余興。

それも直ぐには殺さない。


最初は弱い魔物を放ち、徐々に強い魔物を放つ。

必死に戦う悪魔信仰者だったが、腕をかまれ、足を折られ、段々と動けなくなる。

最後にはボロボロになった悪魔信仰者が、己を囲む魔物を見て、絶望の表情を浮かべながら殺される・・・、これが最高に盛り上がるのだ。


人々は男が必死に足元に転がる棒を拾って戦う事を望んでいたのだが、男はそんな事はしなかった。


男は天を見上げ、


「む、そろそろ祈りの時間ではないか」


と小さな声で言うと、闘技場のど真ん中で跪き、祈り始めたのだ。


それを見た人々はがっかりした。


あの男は生きることを諦めてしまったのだ。

あいつは魔物と戦うことは無いだろう。

なんとつまらない奴なんだ。

これでは盛り上がらない。


さっきまで盛り上がっていた会場に白けた雰囲気が漂い始める。

そんな雰囲気を敏感に感じ取った王様は、脇に控える近衛兵に指示を出した。


指示を受けた近衛兵は己の腰にぶら下がっている剣を引き抜き、闘技場目掛けて投げつける。

投げられた剣は男の足元にグサリと大きな音を立てて突き刺ささった。

それを見て観衆は大盛り上がりし、大声で騒ぎ立てる。


「おい! そこの剣を使って戦え!!」

「ひょっとしたら生き残れるかもしれないぞ!!」

「最後の魔物を倒したらお前は無罪放免だ! 早く剣を取って戦え!!」



人々は男に戦えと罵声を浴びせる。

それでも男は動かない。

今、男は長い長い祈りの時に入ったばかりだったのだ。


すると、人々は不思議な光景を目の当たりにする。


闘技場に放たれた魔物達は男に攻撃を仕掛けることなく、うろうろと闘技場内を歩き回り始めたのだ。

時々、祈りを捧げる男の側に魔物が近寄ることもあるが、クンクンと男の匂いを嗅ぐと興味を無くした様に去っていく。


それどころが魔物達は観客席に向けて威嚇を始めるではないか。


「おい、どうなっているんだ?魔物が襲わないじゃないか!!」

「きっとあの野郎は魔法を使って魔物から姿を消しているんだ!!」

「なるほど! そういう事か!! もっと強い! 魔法耐性のある魔物を解き放てー!!!」



人々の想いは一つになり、大きな波となってコロシアムを覆う。


「そ、それでは! 少し早いですが! 次の魔物を開放します!!」


司会者が焦りながらも進行を続ける。

太鼓の音が鳴り響き、次の魔物が解き放たれた・・・。

・・・・・・。

・・・・・。

・・・・。


「どうなっているんだ!! 何が起こっているんだ!!」

「俺は頭がどうにかなっちまったんだろうか??」

「なんで!! なんで!! あの男は生きているんだ!?」


闘技場には様々な魔物がうごめいている。

だが、どの魔物も男に興味を示さず、ウロウロと闘技場内を歩いているだけだ。

その中心部で男は祈りの姿勢を崩さず、ただひたすらに女神へ祈りを捧げている。


「あの野郎!! 何か仕込んでやがるな!!」

「ふざけやがって!!」


そして、人々は終に叫んだ。




「「「キングを出せーーー!!」」」


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