遥か未来の地球 挿絵あり
遥か未来の地球。
広い海の真ん中に巨大な島がある。
それは太古に栄えた旧人類が作り上げた人工島だ。
島には小さな家がポツポツと作られているだけで、商店街も、工場地帯も、ビル群も存在しない。
家々の間隔は広く、どの家にも広い庭が存在しているが、人の気配は殆ど無い。
ほぼ無人と言っていい人工島は、様々なロボット達によって維持管理されているため、家々は人間が生活していた当時の姿を維持している。
そんな人工島にある一軒の小さな家から、少女の鼻歌が聞こえてくる。
少女は小さな自宅の可愛らしいキッチンで祝いの料理を作っていた。
そして時折、少女はエプロンを外して散歩に出掛け、人工島を覆うバリヤーの解除作業がどの程度まで進んだのか様子を見に行く。
少女はそのまま暫く解除作業を眺めると満足気に微笑み、また自宅に帰って祝いの料理を作り始める。
人工島内には、そんな少女しか存在していない。
いや、もっと正確に言うなら、宇宙にはこの少女しか旧人類は残っていない。
この少女こそ、旧人類最後の生き残りであり、科学技術の結晶でもある。
猿から進化した人類が地球に産声を上げたのは、今から約2億年前の事だ。
それから人類は様々な科学技術的発展を遂げると、資源を求めて地球から飛び出し、遠い宇宙の果てまで活動範囲を広げる。
そして強大な戦力を誇る軍隊を使って他の星々と戦い、活動範囲を広げ続けたのだった。
地球に侵略された星々は「惑星連盟」を結成して地球と戦ったが、圧倒的な戦力を誇る地球軍の前には無力だった。
星々は次々と地球に制圧され、惑星連盟は追い詰められた。
まるで大航海時代と植民地支配時代を再現したかのような時代だったらしいが、それも長くは続かなかった。
簡単に言うならば、人類は疲れ果てたのだ。
広大な宇宙を支配するために管理される己の人生。
支配を維持するために、侵略を繰り返す日々。
更に新しい物質も、新しい技術も既に発見出来なくなっていた。
人類はこの世の全てを知り尽くしてしまったのだった。
ワープ航法なんて赤ん坊でも理解出来る。
社会に属さず、たった一人でも十分に生きていけるだけの力も持っている。
太古の権力者が求めた不老不死も、望めば誰でも手に入れる事が出来る。
エネルギー問題、環境問題、人種問題、宗教問題・・・、様々な問題も既に過去の事だ。
全知全能となった旧人類にとって、宇宙は既に魅力を失っていた。
その結果、人類が生活するためには広大な空間も資源も最早必要無く、地球は支配していた星々を次々に放棄して行った。
巨大な宇宙艦隊も、栄華を極めた都市郡も、人類を管理する完璧なシステムも・・・。
人類は全てを捨て去り、宇宙を去った。
そして人類は、まるで黄昏の様に、広い宇宙から姿を消した。
それから暫くして、帰巣本能に従った人類がチラホラと地球に帰還しはじめる。
どうやらその頃は人口も億単位で存在していた様だが、時代が進むにつれて人口は減り続けた。
そしてある時点で人類は大陸を捨て、この人工島を建設し、そこに移り住むことにしたのだ。
人類の知恵の結晶である人工島が完成した時、すでに総人口は1万にも満たなかったが、誰も問題視していなかった。
「やっと長い人類の歴史を終えることが出来る」
そんな想いが人々の間に流れていたのだ。
ひょっとしたら、未だにどこかの星に地球人が居るかもしれないが、もはやどうでも良かった。
「地球に帰りたいなら帰ってくればいいし、そうでないなら勝手にすればいい」と人々は考えていたのだ。
そんな人類が住む人工島では、ゆっくりとした終焉の時間が流れていた。
不老不死となった人々は、己の人生に飽きた瞬間に次々と死んでいった。
人類が作り出した様々な芸術も、料理も、科学技術ですらも、人々をこの世に繋ぎ止める事は出来なかった。
そして今から約1億年前、私は最後の地球人となった。
私が最後に見送った人は、隣人だった。
会話どころか挨拶すらした事が無く、相手の顔も遺影で初めて見たという関係だった。
それはお互い家から一歩も出ることも無く、ただ時間が過ぎるのを待っていたからだ。
ある日の事、私は白黒映画を見ていた。
とても古い時代に作られた音の無い白黒映画を、ただ無感動にジッと見つめていたのだ。
そんな時、人工島から私にメッセージが届いた。
そのメッセージには、
<あなたが最後の人類です。この島は全てあなたの物です>
という嬉しくも悲しくも無い文章が書かれていた。
そのメッセージを読み、私は隣人がこの世界に飽きて死を選んだ事を知ったのだ。
隣人の葬式は簡素な物だった。
遺書も無く、本人の意志も無ければ機械達が簡単な葬式を行うことになっている。
隣人の遺体はロボット達が丁寧に火葬した。
私も喪服に身を包んで隣人の葬式に参列し、最後の見送り人となった。
私が死んだ時、もはや私を見送る人は居ない。
私の遺体は隣人と同じくロボット達に処理されるに違いない。
だが私はその事に対して、特に思うことは無かった。
翌日も、私は家の中でゆっくりと本を読んだり音楽を聞いたりして時間が過ぎるのを待っていたのだ。
そんな生活をしていた私がとても興奮した事がある。
あまりに興奮して100年間は感動が続いたくらいだ。
ある日、ふと外を歩きたくなった私は近くの公園で散歩を楽しんでいた。
すると足元で小さな青虫がモゾモゾと動いているのを見つけたのだ。
その時、なぜ私の足が止まったのか分からない。
私はその青虫から目が離せなかった。
青虫はモゾモゾと動きながら葉っぱを食べていた。
私はジッとその様子を眺め続けた。
そのうち青虫は体に糸を巻き付けサナギになった。
そしてサナギから綺麗な蝶になって空に羽ばたいていった。
大空を自在に羽ばたく蝶は番となり、次の世代を生み出して、死んだ。
私はその間、蝶から離れられなかった。
気が付いたら私は散歩に出て1年も家に帰っていなかったのだ。
その間、食事も睡眠も入浴もしていないが、そこは問題無い。
神の如き力を持つ人類にとっては、そんな事は全く問題にすらなら無い。
道端に落ちた蝶の死体を蟻が見つけて彼らの巣穴に持ち帰り、蝶は蟻達のご飯となったのだった。
そこまで見て、私は気が付いた。
泣いていた。
私は泣いていたのだ。
体が感動で震えていた。
目の前が一気に開けた気がした。
理由は分からない。
その時、表現出来ない気持ちがこみ上げて来たのだ。
そして私は生まれて初めて、声を出して泣いた。
その後、私は様々な虫や動物を観察する事にした。
そしてその度に感動を味わうことが出来た。
何も珍しい虫や動物が対象ではない。
そこら辺にありふれた生き物を観察し続けた。
不老不死の我が身にとって時間は関係が無い。
私は好きなだけ観察を続けたのだった。
そして人工島の中に存在する全ての生き物を観察した私は、産まれて初めて人工島の外に目を向けた。
人工島の外には既に人類は居ない。
完全に環境を管理された人工島には居ない生き物がワンサカいるはずだ。
私はワクワクしながら、真珠玉の様なドローンを大量に解き放った。
ドローンは重力なんぞ関係なく、フワフワと飛び回り、人工島から離れると音速の数倍の速度で地球全体に広がっていく。
空中はもちろん、海中、土中の全てにドローンは飛び込んでいった。
今回解き放ったドローンには一見してカメラもマイクも無い。
しかし私はこのドローンが感じた事を感じる事が出来る。
五感をドローンと共有することで、ドローンが見たもの、聞いたもの、感じたもの、味わったもの・・・、その全てが私に伝わってくる。
もし、脳みそが産まれたままの状態ならば、情報過多で死んでしまうだろうが、私はそんな事は無い。
脳みそすらも人類は改良し、今では大量のドローンから送られてくる全ての情報を簡単に処理する事が出来る。
私は椅子に腰掛け、外の世界を楽しんだ。
流れる川、天を切り裂く稲妻、大地を揺るがす巨大地震・・・。
そんな外の世界を生きる様々な生き物達。
私はそれから長い間、外の世界を観察して楽しんだ。
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