第6夜
物事が怒涛のように流れていって、レイドはいい加減うんざりしてきた
なぜ、自分はここにいる
なぜ、クラウドは何も教えてくれない
唯一の頼みの綱であるクラウドにありとあらゆる疑問をぶつけてみたが、黙るか、あとでな、などといって、何も答えてはくれなかった
ちらりと、レイドは隣の青年に目を見やる
視線に気づいて、青年がこちらを向き、にやっと笑った
「なんだ?」
「べ、別に…」
おもわず、そっぽを向く
「はーん。本当かねぇ」
はにかんだような顔をして、その青年はじろじろと見てくる
一方で、クラウドはまったく気づいていない
「悩みがあるなら、俺様に言ってみな」
「…」
なんでこう、どいつもいちいち当てるのか、疑問に思わされた
「なんでって、顔に書いてあるから」
「?!」
「いやぁ、レイド君って意外と顔に出やすいねぇ。ってありゃりゃ、すねちゃった?」
「べつ」
「まぁまぁ」
「行かないのか?」
クラウドが割って入った
「行くよ。んじゃ、さっさと乗った乗った!」
青年は手をひらひらさせる
うなずくと、クラウドはレイドを伴い、鷲の背に、まずレイドを乗せ、続いて自分が飛び乗った
その身のこなし振りをみて、青年が低くうめいた
「あんた、なれてるだろ」
「まぁ、昔に少し経験した程度だ」
「ふーん。には、みえねぇけどな…。ああ、自己紹介が遅れてた」
簡単に声音を変えてみせる青年に、レイドはある程度の違和感を感じた
「俺様はレウ・ハルセルフ。よ・ろ・し・く」
ずいぶんと色気使ったな
それに対して、クラウドは実に淡々と言った
「クラウド・ロジェルスだ」
レイドも、口を開きかけたとき、制された
「知ってるぜ。レイド君」
「あ」
そいえばさっき、そう呼んでいたな
って、なんだか変な気分だな
「んじゃ、行くぜ」
前に一回、本当に一回だけ空にあこがれたことがある
翼あるものに跨って自由自在に空を駆け巡る竜騎士に飛翔騎士
あの頃は、あこがれていた
そう、あの頃は…
では、今は?
現状は最悪
なんで、あこがれたんだと頭を抱えさせられている
気圧変化で耳がおかしくなっているし、手足もがちがちだ
「…」
それに対して、クラウドは無言で何の変化もなく、レウは口笛を吹いていた
「レイド君、ひょっとして寒い?」
「…」
沈黙を肯定だとみなして、レウはピースした
「もう少しの辛抱だよん」
「…」
もっと、ましなポーズでいえよ…
やがて、鳥達は徐々に降下していった
眼下にあるのは瑠璃色の世界と、緑色の大陸
帝国に次ぐ勢力を持つローラント大国
「国土はアルテナの約二倍。自給率がかなり高い国だぜ」
すぐ隣でレウが赤毛を風に靡かせながら言う
「へぇ…」
相槌を打った時、目的地はもう目と鼻の先だった
ローラント城には、戦鳥のための大きなテラスが上に設置されていた
迷うことなく、そこに着地し、降りたときだった
レウが、たじろぐのと、クラウドが顔に険を宿すのはほとんど同時だった
「ありゃりゃ…」
「ずいぶんとした出迎えだな」
三人の前には、一人の女性が鞭を構えていた
その後ろに、二人の従者を連れている
首元で一つに結った薄茶の髪が風にたなびく
「捕獲しろ」
一言、その女性が言うと、従者はぱっと、二手に分かれた
無言のままクラウドが剣を引き抜く
その隣でレウが腕をレイドの前に突き出した
「正面からなんて…、ずいぶんと見下されたな。レイド君は下がって」
レイドは、黙って指示に従う
その際、レイドは不思議なものを見た
レウが取り出した剣はなぜか緑色の光に包まれていた
いや、剣そのものが光であった
クラウドがそれを見て感嘆する
「魔法剣か」
「あったり〜」
「なにそれ」
間髪を入れずにレイドが問う
すると、クラウドが答えた
「魔法剣とは、その名の通り魔法の力を持つ剣だ。魔法にはそれぞれ属性があり、使い手の本来持つ属性にのみ扱うことを許されている」
「ちなみに、俺様は陣=風《ジン=ウィンダム》だ。だから、こいつの属性も陣=風」
「はぁ…」
さらにと、クラウドが補足をする
「この世のすべての人は必ずいづれかの陣を持っている。と、これより詳しい説明は後だ」
ひゅっと、剣を一閃させる
続いて、鮮血が吹き上げた
その隣でも、同じことがおきていた
従者は体中を切り刻まれ、尚も、息があった
わざと、殺さなかったのだ
瞬時にレイドは、レウの考えを理解してしまった
クラウドは、苦しまず、いや、即座に終わらせる方法をとる
けれど、レウはそれをしない
死に至るほどの傷を負わせ、動けないようにさせる
そして、苦痛にあえぐ姿を見て楽しむのだ
「ずいぶんと、悪趣味だな」
クラウドが、剣についた血をぬぐいながら言う
と、レウがそちらを見て、ふっと笑う
「おやおや…。…ま、このくらい当然さ」
次の瞬間、レウの顔から笑みが消え去った
変わりに、氷のように冷たい光が宿った
「苦しいか?今、楽にしてやる。…第一形態解除」
その光景に、レイドは思わず顔を背けるのだった
クラウドは微動だにせず、もはや人であるかでさえわからないものを見下ろしていた
「ばかな…」
かすれたうめきは、女性のものだった
「あんたが首謀者だろ?おとなしく縄にかかれ」
レウが駆け出す
けれど、その足を止められた
煙だ
「ゴヘ、ゴヘ、ゴフ、前がみえねぇ…」
涙目になりながらレウが言った
どこからもなく、女性がレイドの前に現れる
「しまっ…」
クラウドが動くが、それよりも女性のほうが早い
「お前が《エリエゼル》か?なら…」
はっと、女性の身が横に行く
「引け。ここはお前のような裏切り者が来る場所ではない」
凛とした声は別の女性のものだった
この場にいたものの視線が一点に注がれる
そこにいたのは、短髪の女性
鋼のような黒髪を切りそろえている
「セリス…。なぜここに」
「それは、私が聞きたいよ。なぜお前がここにいる」
セリスと呼ばれた女性は食いつくような目で見返す
「まあ、いいさ。いずれ回収命令が下される。せいぜい守ってみることだな…」
そう、言い残すと、女性はつむじ風のようにいなくなった
「…怪我はないか?」
「セリス、遅い…」
両目を真っ赤にしたレウが言う
その姿を見て、セリスは哀れむような視線で返した
「許せ、こちらも襲撃されたんだ。…気づかれたのも当然だが」
「何が?」
「別に」
「?」
視線をそらしたとき、たまたま、レイドと目が合った
面食らった顔になるが、セリスはすぐに微笑んだ
「ようこそ。風の国ローラント大国へ…」