【第三回・文章×絵企画】雨に溶ける(追記あり)
牧田紗矢乃さま主催、【第三回・文章×絵企画】への参加作品です。
陽一 (http://10819.mitemin.net/)様のイラストです。
雨が降っている。ぼやけた景色から、潮の匂いが、むわっときた。霧吹きで汗を掛けられている気分になった。立ち眩む。デジャヴという言葉が、ブラウン管のノイズのようだ。なにかで見た、液状になった人類の交合。魂の限りない平衡を、主人公は拒んだのだっけ。
空いっぱいの暗さが、目に映っていたものたちに伝う。雨が色を流す。いや、色が雨に流れていくのか。シンナーを吸っていた同級生がいたな。あの子の化粧はピエロのようだった。わたしのあげた香水、付けてたのかな。
透明な黒ずんだフィルムが、たしかにあった。この出歯亀な黒目のなか、幾筋もの影が交錯している。安物のピンク映画のように思えた。父の部屋は暗かった。窮屈だった。これ、いつの靴だっけ。こらえられなくなって、蹴とばすように脱いだ。実際、転がっていった。母もあんな風に倒れた。すぐに、くつ、という綴りだけになって、色や形なんて跡形もない。ほんとうに目に見えなかったんだ、蒸気は。
香りがする。痺れるような甘い香り。頭の奥に稲光がはしる。どこに落ちたかな。
〈いいえ、あなたが、かえったの〉
懐かしい声がする。背にしたドアが冷たい。あの子はなおも囁く。
〈あの香水、覚えてる?〉
白い花が揺れている。ああ、水仙。甘い香り。鼻をつけて、大きく呼吸を繰りかえした。もげてもいいと思った。脳が熟れた果物だっただなんて、知らなかったな。
〈あなたのお父さんだって、咲き誇っているわ〉
雨が降っている。摘みに行かなきゃ。いやだ。一歩踏み出せば、この花はどうなるの。土に還るの?
〈ちがうわ、あなたはまだ知らないだけなの〉
〈そうだ、お前はあいかわらず馬鹿なんだな〉
〈お母さんもそう思うわ、さぁいらっしゃい〉
雌しべと雄しべから、数え切れない水仙が咲いた。鼻がムズムズしたと思えば、目が弾け飛び、発酵しすぎた脳が飛び散った。水仙は、けれど白いままだった。極彩色! 狂女がわたしの体へ放尿する。蛆を勃起させた父が、青白の母と交わる。骨と皮が擦れて喧しかった。わたしは茎を子宮に突っ込んで、処女膜をなぐさめた。仰け反って頭が天を仰いだ。静かに、雲が蟠っていた。稲光がわたしへ抱きついてきた。
色が褪せていく。雨は止んだ。灰色。ただの灰色。灰色だけの空。頭を横にたおす。目の前に花が落ちていた。いや、泥まみれの靴だった。笑ってしまった。土はすこし苦かった。起き上がろうと手をついて、水仙を握っていたことに気がついた。もう、ぐちゃぐちゃだ。これじゃあ、もう嗅げないなあ。どうしようか。また取りに行けばいいか。きっと父の上に咲いているんだもの。一、二本でも手折って、母さんのところに行こう。きっと喜ぶだろうな。
空が晴れてきた。起き上がって靴を履く。そういえばこれ、香水のお礼だったっけ。人肌の泥は気持ち悪かった。潮の匂いがして、わたしはよろめき、足を挫いた。無性に悲しくなって、水仙を食んだ。やはり香りはしなかった。ただ、口いっぱいに不快感がひろがっただけ。
でるだけの唾を吐き捨てた。苦い、臭い! こびりついている。
空が青い。当分、雨は降りそうにもなかった。
◯
作品の解釈についてはお任せします。わからないでモヤモヤする、気になる! という方がもしいらっしゃいましたら、感想なりメッセージなりで「わからん、ふざけんな!」とでも書いていただければ、こちらから解釈の一例を提示しようと考えています。仲間内でも結構、分かりにくいとは言われているので、流石にダメだなぁと思いました。でもなるだけ、この作品だけで完結してくれると嬉しい。そういう風にしてるので。
でも聞かれて答えるのは吝かじゃないです(←