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7トラウマと僕


【ギアリア・トゥカタリオ】なんてこの世界では名乗っているけれど、本名は、勿論、別にある。住んでいる場所も東京から離れた地方都市だし、そのせいか、いままで生きてきた中でおしゃれを意識することなんてなかった。髪の毛も───まぁ、これは一応理由があるが───伸ばしっぱなしだった。


 そもそも普段の学校生活は学生服だった、ということもあるのかもしれないけれどね。


 思えば、休日も友達とも外でそんなに遊ばないかった。そんなこと言うと、友達がいない可哀想な奴と思うかもしれないが、田舎は外の娯楽が乏しく、また積極的に休日に遊ぼうというやつが少なかったので必然的にMMOに費やす時間の比率が高くなっただけの話だ。いや、まあ、友達が多い方ではないのは事実なんだけども。


友達も少なければ彼女もいないのか?


 悔しいがイエスと答えざるをえない。クラスや学校には可愛い女子もいたけれど、残念ながらそこまで密に接することはないに等しかった。

 寧ろ、避けられていた気すらある。いや、避けられるのも当たり前のことか。





 僕は、人と接することが苦手だった。



 決してコミュニケーションが怖かったわけではない。






 僕には、顔に大きなコンプレックスがあったから。だから他人と正面なんて向けなかったから。なるべく僕の顔を見て欲しくなかったから。






 だから、どうしても対話ができなかったのだ。










 あれは、忘れもしない雪が降る寒い2月のことだった。


 小学2年生の僕らは育てた大豆を節分で使うべく炒り豆に調理をしていた。今となっては懐かしい、生活の時間、というやつだ。


 僕も素朴で純粋な少年として、炒り豆を作るために大豆の殻をせっせとむいていた。



「おーい、からむき部隊兵!ちゃんとむいているかー!」



 昨日やっていた映画の真似だろうか?フライパンを得意げに持つ豆を炒る係の男の子が僕を指差して騒いでいる。普段ならそのセリフに乗って、おちゃらけてやるところなんだが、僕は火を使いたかったのにじゃんけんで負けて使えなかったこともあり、騒いでいた炒り豆部隊にやや無愛想に「うん」とだけ返した。


 やはり、年幼い少年というのはそういった心の機微に聡いか。僕の適当な返事にムッとした炒り豆部隊兵の歯抜けた坊主の少年が、つかつかと近づいて来て、あろう事か、手に持ったフライパンを僕の右頬に押し付けてきた。

ちょっと熱いものを当ててやろうくらいの気持ちだったのかもしれないが、それを食らったこっちは溜まったものじゃない。



 ジュウウウ!



 と意外にも大きい音がしたのを今でも耳にこびりついている。「あ!」と思った時には遅く、僕はあまりの痛さに涙と泣き声が止まらなくなっていた。

 涙と痛みでぼやけた視界に映る腰抜けた坊主の表情が今でも忘れられない。無責任にヘラヘラと笑う顔はさっと青くなり、持っていたフライパンを俺の手に落とす。


 ゴキッ!……ジュウゥ


 僕の左手から音がした。ひどい追い打ちだった。


 そこからは女子は貰い泣きするわ先生は慌てふためくはの阿鼻叫喚。ふらっと自己防衛が働き意識がなくなってしまった僕は、両親に迎えに来てもらい直ぐに向かった医者に、痛々しく膨れている火傷を鏡で見せてもらうまでの記憶がイマイチない。


 結局、右頬とフライパンが落ちた先の俺の左手には三日月型の跡が残ってしまった。目頭とは逆の目の端から頬まで続く三日月と、小指の第二関節から親指の付け根まで続く三日月。二つの跡は消えることなく残り、成長とともにむしろ大きくなっていった。坊主頭は両親に土下座させてさっさと転校していなくなったのにな。

 残念ながら化学は医療を大きく進歩させたけれど、跡まで完璧に治してくれることはなかったのだった。



 残った傷はこの後の人生に大きな障害となる。



 一番は交友関係。虐められることはなかったけれど、腫れ物を扱うような対応を取られることが多くなった。火傷だけにな。中学上がりたての頃と高校の入学当初は札付きの不良だと思われていた。


 その頃から傷を隠したくて伸ばしていた髪の毛もイメージを助長したのだろう。気がつけば仲のいい友達以外からの評価は、不良、もしくは根暗だった。







 そして、そんな僕は今システムと運営の優しさを感じている。







「やだイケメン!!」







 久しぶりに見た鏡の中には顔の整ったアバター。


 ベースは確かに僕だけれど、面白いほどに魔改造されている。コンプレックスだった大きな頬の火傷跡があった場所には、目から頬の先まで大小様々な種類の歯車が連なり隠してくれている。モノクルのように右目を覆う一際大きな歯車から頬の先にある小さな歯車まで、連なる歯車群は歯車の上に歯車と、二重にも三重にも重なり、複雑に凸凹を描いている。そして、どうやらこの歯車は装着型ではなく埋め込まれているものらしく、何かと連動して時々動いていた。今は錆だらけだが磨けば相当カッコよくなりそうなアイテムである。


 右目は歯車となってしまい見えていないが、左目は左目で凄い。瞳孔が大小2つが重なった歯車型になっているのだ。髪の色はリアルと同じ反射によっては茶色に見える黒だが、目は涼しげな水色だった。


 髪型もリアルとは違い、バッサリと切られ整えられている。その長さは目にかかるくらいの長さで、軽く左右に分けられている。その髪型はリアルでは傷を見せたくなくて絶対にできないものだった。毛量も全体的に減り顔が一回り小さく見える。


 まつ毛も何気無く増量されて、目がぱっちりした印象になっていた。






 つーか、髪切って傷なくすだけでこんなに印象が違くなるのか。






 久しぶりに見た鏡の中の自分が物珍しく角度を変えてみていると後ろから呆れたような声がする。



「そんなにリアルと違うの?」

「いや、なんつーか、この右顔面の歯車がいい感じに俺の嫌いな部分を隠しててくれててな、まじグッド!」


 所々苔が茂っているが、そんなのは些細な問題だった。コノカはお茶を飲んで公式サイトで情報集め、時子さんは右顔面の歯車群を細かい歯ブラシで錆落とし。俺はヒビ埋めと苔落とし。目に見えて汚れが落ちていくのが楽しかった。


 ゴシゴシと僕の右顔面を磨きながら時子さんが口を開く。

「そういえば、ギアリアくんはこの汚れのせいでステータスが下がってたんだよね。種族ボーナスのプラスステータスもマイナスになっていたらしいし」

「ギーくんでいいですよ。ジャー坊もそう呼んでくれてますし。……そうですね。全体的にステータスがマイナスされていて、殆どが1になっていました」


時子さんは錆を落とす手は止めずに驚いたように目を開く。


「ジャー坊って、考古学者のことかい?! い、命知らずもいたもんだね」

「食いつくのそっちですか。しかも、命知らずって……。あんなに懐の大きいプレイヤーさんにそんなこと言っちゃダメっすよ」

「いやしかし……まぁいい。1ってのは凄いな。大体種族ボーナス抜きでも平均して12はあるはずなんだけどな。お前のキャラの場合は容姿全振りって感じだな」


 あ!とウインドウと睨めっこしていたコノカが声を上げた。


「どうした、コノカ?」

「ギアリー!これ見てよ」


 ステータスウィンドウを弾いて僕の方に飛ばしてくる。


「なになに……第1回公式イベント……?」


するの今度は時子さんがさっきとは比べほどのないくらいに驚きの声を上げた。いつからここは叫ぶのがトレンドになったんだ……。ここは僕も叫ぶか?


「はああああ!?」

「……なんですか時子さん」

「いや、お前。イベントって、えぇ⁈ここの運営が?うっそだろ」


 狼狽して歯ブラシを取り落とす時子さん。カツンと音を立てて落ちたのは僕の左手の上で、思わずあの時を思い出し顔を歪める。左手は、人形らしく、関節が球体になっていたのだが、火傷跡はなくなり、綺麗な文字で製作者の名前が書かれていた。僕はそっとその名前をさすりながら時子さんを見る。


「なんですか、時子さん。わかるように言ってくださいよ」

「いや、だって!ギーくんは知らないけどここの運営は3年間も私達を放っといたままだったんだよ!それがいきなりイベントって!」

「いや、3年って、リアルだとたった3ヶ月ですよ。1日プレイしないだけで約二週間時間が経つ世界で何言ってるんですか」

「いや、そうだけど。……ああ!掲示板に書き込みたい!」


 極度の廃ゲーマーをここに見た。掲示板に監禁されしエルフハーフ、ただし拘束の魔法は自前。とでもいうのか。


「よし!できた!綺麗なイケメンになったぞ!ということで私は一回ログアウトしてくる!ああ!早く公式運営の掲示板来いよ!」

「あの、ちゃんと綺麗になってます?最後、適当になってませんでした?」

「私が見る限り綺麗だよー、ギアリー。黄金から水色まで綺麗に輝く歯車とその白い肌が人形みたい!」

「ありがと、コノカ」


 その後、時子さんは道具を片付け、僕にフレンドコードを渡すと「服も綺麗になったらまた来い!」と言い残すとそくさくとログアウトしてく。部屋の隅でちらちらと羨ましそうにこちらを見るコノカともフレコを交換して外に出た。自動で鍵がかかるらしく、しめた瞬間にガチャリと扉が音を立てた。


 なんか、嵐のように去っていったな。


「どうします?」

「うーん、イベントの話も聞きたいし、このボロボロの服も整えたいし。ステータスも確認したいし。どっかベンチに座るか」

「そーですね!できれば人の少ない場所がいいです」


 男としては嬉しいことを言ってくれるコノカだったが、残念ながらそこに浮ついた話はなく、先ほどの盛大な鬼ごっこが余程トラウマになっただけのようで、その証拠に僕に隠れるようにやや後ろを歩くコノカを見て僕は苦笑を漏らした。






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